死を切り裂く双剣(ただし活躍していない模様)⑤

 アインズ達がエ・ランテルの墓地に到着したときには、既にアンデッドであふれる戦場と化していた。

 普段であれば高く堅牢な城壁も、丈夫で固く閉ざされた門も、アンデッド達の前にはもはや幾ばくかの時間を稼ぐだけの障害物でしかないだろう。城壁の上からアンデッドの群れを捌いていた衛兵達にも、数の暴力に押されて犠牲者が出始め、撤退が視野に入ってくる。


 その衛兵がアインズ達に気づく。頼りになる援軍と思った直後、駆け出しの冒険者でしかないことに悲観にならざるを得なかった。

「すぐにここから離れろ!」

 足手まといは不要とばかりに、ここから去るように叫ぶ衛兵。


「後ろ危ないっすよー」

 彼らの警告を無視して、両手で作った簡易なメガホンを口に当て、ルプスレギナが逆に警告する。なんだか危機感はひとかけらも感じられない。

 それでも衛兵達が振り向くと、壁を越えんばかりの勢いで迫り来る、集合する死体の巨人と呼ばれる巨大なアンデッドの姿がそこにあった。今にも城壁内に進入しようと身を大きく乗り出している。この世界でも、巨人は壁を超えたがるらしい。

 もちろん低レベルなアンデッドにも手間取る衛兵達ではどうにも出来ない。立ち向かったところで……むしゃむしゃと食べられてしまうかどうかは分からないが……簡単にやられてしまうだろう。


 ここで自分の実力を見せつけようと、アインズがグレートソードを投擲せんと構える。アインズの力であれば、一撃でこの巨人を撃破可能だ。そして誰もが驚愕するのだ、すさまじい戦士であると。たちまちモモンの名声はうなぎ登りとなるであろう。うなぎなんて食べたことはないが。

 ともかく大勢の衛兵達に力を見せつけるチャンスである。的は大きい。間違っても外すことはないし、直後に訪れるであろうモモンへの賛辞を期待して、グレートソードを……


「ほーら、アンデッド退散っすよ」

 ルプスレギナが気軽な口調で標的を指し示す。たちどころに、まるでそのアンデッドが光で出来ていたかのように、幾多のまばゆい粒子となり天に向かって立ち上っていく。

 またも活躍の場をルプスレギナに奪われるアインズ。いつものことである。もう慣れた。


「流石ルプー殿!あの大きなアンデッドが一発で成仏でござるな」

 成仏?ハムスケの世界観ガン無視の発言にアインズが頭を抱える。いくら『それがし』『ござる』とサムライ言葉を多用していても、成仏はないだろうと。


「ハムスケちゃん、成仏じゃないっすよ?」

 ルプスレギナが反論する。アインズは信仰系統に造詣は深くないが、宗教上の誤りは些細な物でも大問題になりがちと聞いたことがあった。

 故にその抗議は正当であろう。信仰に関する難しい話をハムスケに説いたところで通用はしないであろうが、アインズも少々好奇心があるため盗み聞きしておこう。


「集合する死体の巨人を倒しただけに、神仏習合っす」

 フルスイングでチョップ。

 この子大丈夫なのか?結構本気で心配になるアインズ。こんなので信仰系の魔法が使えるって、この世界はどうなっているのであろうか?懐が広すぎる神が存在するのか、逆に神が存在しないのか、どちらかなのではと考えてしまう。


 反射的にルプスレギナに制裁をかましてしまったが、大勢が注目する中であることを思い出すアインズ。だが、衛兵達は巨人のアンデッドが消えゆく様に目が釘付けとなっており、こちらに怪訝そうな視線は感じられない。

 そう、皆ルプスレギナの窮地を救った奇跡に魅せられているのだ。両手を組み祈りを捧げる者、両膝を地面に付き神へ祈る者……誰もが神とそしてルプスレギナに感謝していた。

 突如現れた神聖なオーラに気圧されたのか、アンデッドは固まり動きを止めている。ただ単に空気を読んでいるだけでかも知れないが。


「門を開けろ」

 先へ進むためにアインズが衛兵に向かって言う。数瞬考えた衛兵は門のかんぬきに手をやった。神秘的なこの女性がいれば、アンデッドなど恐れる必要は無い。誰もがそのように納得したのだ。そして誰も漆黒の戦士自体には興味は無かった。

 つゆ払い役か何かなのだろうと、先頭をゆく彼を門の外へと見送る。

 ルプスレギナが門をくぐったときには、誰からと無く賛辞の言葉が贈られ、間近で見るその美しさにため息まで漏れている。

「よろしくお願いします」

「任せておくっす」

 お気を付けて、では実力軽視に捉えられ、不敬かも知れないとさえ思った一人の衛兵が頭を下げる。他の者も後に続き、頼もしい返答にみな勇気がわき起こった。


「殿、ルプー殿、待って欲しいでござる」

「おおっ」

 巨大な魔獣が後に続く際にはその立派な姿に感心が寄せられた。先ほど見た巨人のアンデッドも強大に思われたが、この魔獣はそれ以上なのであろう。息を飲み身震いさえ覚える。そして先ほどの女性の名を呼び慕っている。ルプーと呼ばれる女性への評価を何段階にも引き上げざるを得ない。


 最初の殿はモモンのことであるが、誰もそのように思っていなかった。そしてその殿、漆黒の英雄の伝説は始まってもいなかった様子である。


 アンデッドとの本格的な戦闘が始まる。

 アインズの剣が振られるたびアンデッドが粉砕される。一体粉砕される隣で、ルプスレギナとハムスケがそれぞれ十体くらい木っ端微塵にしていた。


 回復役でもあるルプスレギナがいる以上、ハムスケが少々ダメージを受ける可能性があろうとも全く心配は無いため戦闘に参加させているのだ。

「ハムスケちゃん、やられちゃっても心配ないから、ガンガン行くっすよ」

 アインズが指示をするまでもなく、ルプスレギナのフォロー体勢は万全の様子である。それはそうであろう、何だかんだ言いつつも仲の良い二人なのだ。


「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す……ハムスケちゃんは何を残すっすか?」

「死ぬの前提は止めて欲しいでござるー」

 ……仲は……良い……のか?


 それでも伝説(こちらは本物)の魔獣なだけあり、この世界の水準からすれば十分に高い戦闘能力を誇っていた。

 鞭のようなしっぽが一周すると、軌道上のアンデッドがまとめて砕かれる。ルプスレギナの聖杖が振り回されると、これまた軌道上のアンデッドがまとめて砕かれる。

「これでもくらうでござる!」

 ハムスケのかけ声一つで何体のスケルトンの砕かれた白い骨が舞い、時には頭が形を残したまま飛ばされていく。

「これでもくらうっすー」

 ハムスケと同レベルのかけ声一つで、背骨を折り砕かれ上半身と下半身が分かれる者もいれば、叩き潰されて粉砕の文字通りの粉になる者がいる。


 実に痛々しかった。

 アインズはアンデッドであるが、目の前の連中には親近感はないし、同族のよしみも抱かない。それでも少々は同情したくなるほどであった。


 アンデッドは生者を憎むとされており、それはもう生き生きとしたルプスレギナとハムスケに殺到していく。結果、実に効率よく始末されていくのだ。遠目に見ると連中は自殺志願者のようである。もう死んでいるが。

 二人が片っ端から敵を片付けていくため、アインズはおこぼれを回収するだけである。たまに格好を付けて敵の持つ剣を受け止めて、つばぜり合いを演じてみせる余裕すらある。かなり虚しいが。


「しかしこれでは何時までたっても先に進めんな」

 後方の衛兵達までアンデッドが行かないように、十分に数を減らしておく必要がある。彼らには生き残って、モモンの名を高めるために、一働きして貰わなければならないのだ。そのために延々と戦っているのである。決して突破するのが困難という訳ではない。

 しかしルプスレギナはその言葉を正直に受け止める。 


「良いこと考えたっす!ハムスケちゃんを転がして、片っ端からアンデッドをぶっ飛ばしていけば良いんすよ!」

 大玉転がしの要領だろうかと、アインズは鮮明にその姿を想像した。全身鎧の戦士が巨体なハムスターを丸めて転がし敵を一網打尽……

 かなり間抜けすぎる。

 万一、他の冒険者や衛兵に見られたら、もう口封じしか無いよね、のレベルである。

「……よしておこう」

 自信ありげに提案された策をくだらないと却下すると軋轢が生まれかねない、納得いく形で却下するのが上に立つ者としての心得だろう。

 マジでくだらないから問答無用で即効却下だ!


「そ、それがし頑張るのでござるー」

 そのような暴挙が実行されないために慌てて気合いを入れるハムスケ。今まで以上の速度でアンデッドが潰され、数が減っていく。

 とりあえずハムスケに任せておくか、そう考えたアインズは、ルプスレギナを伴って先へ進んだ。霊廟が目の前に見えてくる。

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