死を切り裂く双剣(ただし活躍していない模様)④

「わしの孫が!ンフィーレアがおらん!」

 店内を探し終えたのか、リイジーの悲痛な叫び声が聞こえてくる。アインズにとってルプスレギナに教えられているので、ンフィーレアがいないのは今更驚きはなかったが、それよりも、ここに来られるのは不味い。何せ今死んだはずの漆黒の剣の四人が生きているからだ。しかもその内の三人はゾンビになっており、何とか手当が間に合ったと誤魔化せるはずもない。首まで飛ばしてしまったし。


「ルプスレギナよ、あの四人を隠すんだ」

 リイジーの視界を遮るように出入り口に構えたアインズが命令する。やってきたリイジーに室内を探られないうちに、適当に口車に乗せ店の外にでも出してやらねばならない。リイジーか漆黒の剣のどちらかを。

「いないとなると、ンフィーレアは誘拐されたのだろう」

 ルプスレギナがなぜ、店に入る前の時点で誘拐されたと判断したのかは不明であったが、この状況は誘拐以外に考えられない。その目的まではわからないが、凶行に及ぶ犯人の企みがまっとうなはずがない。


「私に依頼すればどうだ。だが報酬は高いぞ」

 銀の冒険者四人を恐らく軽々と仕留める実力をもっており、相手は手練れでかつ手段を選ばない思考の持ち主だ。そして悠長な事をしていられない。他の冒険者へ依頼する余裕は無いであろう。

 報酬はふっかけるだけふっかけても断られない場面である。ああ、地球で営業していたときに、このような美味しい案件に出会いたい物であった。

「報酬はお前の全てだ」

 びた一文……この世界にはそのような通貨の単位はないであろうが……まけるつもりのない口調のアインズ。

「まさかとは思うがおぬしらは悪魔……」

 困惑とそれでいて自身には選択肢が他にないことを自覚したリイジー、覚悟を決めようとしたときであった。


「そこに……いるのは……モモンさん……ですか?」

 弱々しいながらもはっきりと聞こえてしまうペテルの声。慌てて振り返るアインズ。ペテル及び他の三人がいた。アインズには透明看破の能力があり、それを見破っている手応えも感じている。

 ルプスレギナに四人を隠すように言ったが、<完全不可視化>を使ったのか・・・隠せるは隠せるし、アインズの言いつけ通りであるが、それ音は消せないからな。

 リイジーが室内から聞こえる覚えのない男の声に、アインズの横から中を覗き込む。リイジーにはルプスレギナの姿しか確認できなかったが、「ンフィーレアの、お婆さんですか?」と再び聞こえてきた。


 終わった……

 ルプスレギナへ口だけでも封じ……短縮すると悲劇が起こりそう……を命じておくべきだったと後悔するが、もちろん遅すぎる。もうネタバレしてもいいやとばかりに投げやりにあるアインズ。

「ルプーよ不可視化を解除して良いぞ」

 ルプスレギナに彼らの不可視化を取り消させると、今なお蘇生の影響で本調子ではなく壁にもたれかかるだらしない姿であるが、ペテロ達の姿が白日の下にさらされる。

 リイジーの息を飲む音が聞こえてくる。

「おぬしらは神か!」

 先ほど悪魔と言いかけたのをさておいて、全てを察したリイジーが驚愕する。

「神なのはモモン様だけっすよ!?」

 生き返らせたのはルプスレギナであり、神呼ばわりされるとしたらそちらなのだが、実に謙虚な態度である。ぶっちゃけ、面倒ごとをアインズに振ったも同然であったが。


「そ、それよりもンフィーレアを見つけねば。この街の地図を貸して欲しい」

 この街の地図を持ってきて、恭しくアインズに渡すリイジー。

「ではこれからンフィーレアの居場所を探る」

 アインズの言葉にリイジーは驚くが、先ほどのやり取りを考えると、出来て当然であろうと一人納得する。

「隣の部屋を借りる。お前はひとまず彼らの面倒を見て貰えないだろうか?」

 魔法をいくつも使用する予定のアインズは、リイジーに適当な仕事を与え、好奇心を封じ込めておくつもりだ。もちろん漆黒の剣の皆を足止めする意味もある。


 ルプスレギナと共に隣の部屋に移動し、テーブルに地図を広げ現在地を確認するアインズ。誘拐犯はハンティングトロフィーとして冒険者のプレートを集めているようだ。ならばその場所がすなわち誘拐犯の居場所である。

 さて、今から様々な魔法を利用して……

「誘拐犯は男女二名。共に死体の匂いが染みついており、店から去った方向も匂いから判断すると墓地から来たものと推測されます。男の方は死霊系魔法詠唱者特有の匂いが、女の方はわずかですが多数の別の者の匂いがします。プレートを戦利品として持ち歩いているのでしょう」

 ルプスレギナが地図上の墓地への道筋を指でなぞってみせる。自信はありますが、最終的な判断はモモン様がと、付け加えて。


 えっと、この子だれ?

 普段さんざんおちゃらけておきながら、急に冷静沈着な分析を提示されたため、どう反応して良いのか分からないのである。精神の沈静化が行われる前も、行われた後もアインズは固まっていた。

 ルプスレギナがアインズを見つめている。墓地に踏み込むか否かの答えを待っているのだ。ルプスレギナの判断材料となった匂いが、相手の偽装工作の可能性であるかどうか……

 匂いまでは再現されていないユグドラシルで、匂いを誤魔化す手段があるかと問われると……もちろん無い。関係のありそうな魔法に<完全不可知化パーフェクト・アンノウアブル>があるが、匂いまで対応していると明示されていなかったはずだ。


 この世界の技術・魔法ならあるかもしれないが、消臭にとどまらず、匂いを欺くのは至難の業であろう。元いた世界でも、視覚・聴覚に対する記録と再生技術は早くから発展していたが、嗅覚に対してのそれらは困難を極めていたらしい。

 匂いの元となる化学物質を合成して散布する方式等が考案されたが、コスト面や再現性の低さ、残留物に換気の問題から現実的でなく、結局は嗅覚に関する神経自体を乗っ取る無理矢理な方法で行っているほどだからだ。


 ぷにっと萌えの考案した『誰でも楽々PK術』を自慢するチャンスはひとかけらも無かった。多数のスクロールを使用して、相手の対抗策の裏の裏までかく芸術的な技だったのに。

 貴重なスクロールを節約できたと喜ぼう。


 リイジーのいる部屋に戻るアインズとルプスレギナ。

「もうンフィーレアの場所がわかったのか!」

 自分であれば、忘れ物でも?と聞いてしまうであるほどの短時間であったが、リイジーのアインズへの信仰心は高く、失礼な発言を挟むつもりはないのである。

「ああ、墓地だ」

「そう言えば……アンデッドが……と言っていたな」

 ルクルットが証言する。アインズの……ルプスレギナの意見を裏付けるものであった。

「私たちはこのザマですので……済みません」

 ペテルが謝罪するが、足手まといになりかねない彼らが身を引いてくれるのは歓迎である。


「じゃあ、墓地にぼちぼち行くっすよ!」

 ルプスレギナに久々のチョップをかますアインズであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る