死を切り裂く双剣(ただし活躍していない模様)②

 冒険者組合に到着したアインズ達三人……一人と……二人と一匹は、早速ハムスケの登録を行おうとした。

 夕方もだいぶ過ぎたが冒険者組合の中にはそれなりの人数がいる。全てではないが、受付カウンターも複数開いており、なかなか繁盛している様子だ。

 受付嬢に魔獣登録の希望を伝える。羊皮紙がアインズの前に差し出された。さてここからが勝負である。


「よし、自ら名乗るんだ」

「それがし、ハムスケと申すでござる」

 ハムスケに先ほど決めたばかりの名前を名乗らせる。ぴんと背を伸ばし……伸ばしてもたいしたことはないが、それでも身長が高くなった分、威圧効果は周囲には効果はあった様子だ。

 もちろんアインズにはまったく感じられないが。

「ハム、ハムスケ殿ですね」

 巨大な魔獣がしゃべったことに驚いたのか、言い直す受付嬢。だが流石荒くれ者の冒険者とやり取りしているだけあり、度胸は十分にあるようだ。そのまま先ほどの羊皮紙にハムスケの名前を書き込む。なるほど、ハムスケとはそのように書くのか……一つ利口になるアインズ。


「それではこのハムスケ殿の姿を登録いたします。そこで魔法で姿を登録するか、絵を描いていただきます」

 別の二枚の紙がアインズの前のテーブルに出された。一枚は何やらも数字や文言が書かれた用紙、もう一つは先ほど見た、『ハムスケ』の名前の書かれた白い用紙だ。

 前者の紙には数字が書かれている。アインズもいくら何でも金額関係の数字は読めるようにはなってきた。これがおそらく魔法で登録する際の値段なのだろう。びっくりするほど高い。他の文言は『楽ちん』『早い』『正確』等とでも宣伝文句が書かれているあたりだろうか?

 元々手持ちが少ないアインズには選択肢はなかった。自分でハムスケの写生を行わなければならない。だが、お金を節約するためにとは言い出しにくい。そもそも足らない何て、口が裂けても……骸骨の口は裂ける以前かもしれないが……言えたものではない。そうと勘ぐられないか、見透かされないかアインズは不安に思ってしまうのである。


「おっ、ハムスケちゃん良いっすね。モモン様に絵を描いていただけるっすよ」

 ルプスレギナがアインズの心情を察してか、二択を選んでくれる。

「殿、本当でござるか!?それがし感激でござる~」

 ハムスケも後押しする。いやー、ここまで言われたら写生してやらんとな。本当は魔法を頼みたかったのだけど、仕方がないよなー

 アインズは自らハムスケの姿を書き写す旨を伝える。紙を渡され、少し離れた場所を案内された。


「絵に描いた餅ならぬ、絵に描いたハムスケちゃんっすね」

「どういう意味でござるか?」

「餅というのは遠いところの食べ物で、どんなに美味しそうでも絵に描いた餅は、食べることはできないって事っすよ。だから、のハムスケちゃんは食べられないって事っす」

のそれがしも食べられないでござるーーー」

 大勢がいるなか、なに騒いでいるのこの二人……

 アインズが周囲から注がれるであろう生暖かい視線を覚悟する。だが、感嘆にも似たため息が漏れ聞こえてくるのであった。


「規則では登録さえすれば冒険者は魔獣を引き連れることが出来るとなっていますが、このような強大きわまりない魔獣が街中を歩くのには、正直不安がありました。ですが、ルプーさんがいらしたら全く何一つ完全に問題がないと実感でき、皆安心しております」

 受付嬢は感動や感心やらを含ませて納得していた。辺りの職員や冒険者も同じ考えであると表情から読み取れる。ああ、これなら安心だ。あの女性は凄腕のビーストテイマーなのだろう。安堵と賞賛の声が漏れ聞こえてくる。

 何故お前達はそこまでルプスレギナを高く評価する!?あと誰もクレリックと認識していない。ここでも職業を間違えられるルプスレギナであった。


 定位置にハムスケを立たせて早速写生に入る。詳しく見れば見るほど、その姿はただ大きいだけのハムスターであり、とても巷でささやかれているような魔獣といった雰囲気はひとかけらも感じられないアインズ。

 事実、今書いているハムスケの眼も、くりくりっとしてつぶらで可愛らしいだけである。これはアインズの絵が下手だとか表現力に乏しいからではないはずだ。

 昔見た事のある怪獣のスペック画像で、体の部分部分に解説が入った物があったが、それで例えるならば、矢印でこの眼を指し示して『強大な力を持ち全てを見透かす瞳』とか書くのか……

 それなんて、ぼくのかんがえたさいきょうのモンスター?


 ハムスターらしくないのはしっぽだけである。唯一、少しは魔獣らしい部分であるので気合いを入れて書いてやらねばとアインズは思いかけて、フニャフニャと動かされるそれを見て心の中でため息をつく。

 絵に描かれている間の暇なのか、しっぽを動かしているのだ。ちょっとは落ち着けと言ってやりたい。少しばかり手抜きしてやろう。

 書いたり消したりを繰り返して、ようやくハムスケの写生が完了する。見た目も中身も単純な生物であったが、実際に絵を描くとなるとなかなか大変ではあった。だが自画自賛はしたくなるほどのできばえである。


「こんなものかな」

 アインズが完了とばかりにつぶやく。それに反応してルプスレギナが絵を覗き込んだ。

「……」

 ルプスレギナの反応はなかった。絵が下手で言い表しようがなかった?ナザリックNPCであるがゆえ悪口は言わないが、内心ではどう思っているか……

 そして無言のままハムスケに近づきしっぽを掴む。そしてようやく口を開いた。

「このあたりっすかね?」

「な、なんでござるかルプー殿」

 何となくいやな予感を感じたのか、ハムスケの口調は震えていた。

「ハムスケちゃんのしっぽが長いからちぎるんっすよ?」

「ちぎってはダメでござる!」

 アインズは慌てて自ら描いた絵とハムスケを見比べる。絵に描かれた方のハムスケのしっぽは確かに短い。先ほど手を抜いたから適当なのだ。


 ナザリックNPCにとって、アインズは完璧であり真実であり真理である。そのアインズが描いた絵と被写体が異なっていたとき、どちらが正しいか、それは言うまでもなくアインズの方であり、今回であればハムスケのしっぽが長いのは、訂正する必要のある誤りそのものである。

 であれば、ルプスレギナはハムスケのしっぽを真実の姿に変えなければならない。そして余分とされたしっぽは、この後スタッフがおいしく頂きました、とテロップを流せば倫理的にも問題ない。


「こ、これでどうかな、ルプーよ」

 慌ててしっぽを延長してルプスレギナに見せるアインズ。こちらの方が上の立場であるにもかかわらず、どうでしょうか?と判断を仰ぎたくなる。この絵の出来次第でハムスケの運命が決定するからだ。

「素晴らしいできっす!ああ、ハムスケちゃんが羨ましいっすー」

 何故か絶賛されていた。それを聞きつけた訳かもしれないが、受付嬢が近づいて来た。

「本当ですね、一目見るだけでハムスケ殿の恐ろしさを十分に感じ取れます。ええ、素晴らしいできですね」

 この絵から恐ろしさを感じるとは……知らぬ間に絶望のオーラI(恐怖)の効果を持つマジックアイテムを造りだしてしまったのであろうか?

「モモン様、ハムスケ殿の登録はこれで完了です。お疲れ様でした」

 先ほどからハムスケの名前が殿付けの受付嬢。相手が何であろうが接客態度を変えない、良い心がけである。


 ともかくそれなりの時間が経ってしまったが、ハムスケの登録が無事完了した。もちろんハムスケのしっぽも無事である。

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