死を切り裂く双剣(ただし活躍していない模様)①

 カルネ村を早朝に出発し、途中モンスターに襲われることなく夕方過ぎにエ・ランテルに到着する。

 実は途中でモンスターに襲われるではなく、逆に(断言)。ルプスレギナと巨大ハムスターが二人仲良く、時折あーでもこーでもと言いながら、森に小石を投げつけていたのだ。

 着弾時に獣めいた短い悲鳴が聞こえてくる。アインズ達一行を見つけた森のモンスター達が、襲おうか否かと企んでいたのであろうが、森から出る以前に問答無用で狩られていた。

「ルプー殿、流石でござる。これで五匹連続で倒したでござるな」

「凄いですねルプーさん」

「凄すぎるぜ!」

 きっと円滑に帰還するための行動なのであろう。何となくルプスレギナが面白半分にぶちかましているようにも思えたが、きっと気のせいだ。

 モンスターは何体も始末されるが、わざわざ道を外れてまでも討伐証明部位をかき集めるのも面倒であったので、自然とみんなスルーするようになっていた。

 ともかく、無事到着である。


 エ・ランテルの大通りでは歓楽街さながらのたたずまいを見せている。並んだ飲食店からはそれは美味しそうな匂いが立ちこめ、ルプスレギナが忙しそうに店の品定めをしていた。アインズの手持ちは少ない。この仕事を完了させて報酬を受け取らないことには、不用意なことはさせられない。

 この世界でも食事代が払えなかったら皿洗い、なんてのが通用するか分からないからだ。


 客引きが興味津々のルプスレギナを呼び込もうとするが、流石に巨大ハムスターが隣にいては声をかけづらそうな様子であった。

 その上に乗っている全身鎧のアインズにドン引きしているのではないはずだ。アインズの価値観からすると、ドン引きどころか超位ドン引きのレベルではあるが。


 このハムスターに対して大勢の人間が畏敬の念に近いものを抱いているのは、カルネ村での反応からも分かっていた。

 今なおそのことを疑わしく思うアインズであるが、優れた聴覚から聞こえてくる周囲の声は、ひたすらに賞賛に満ちている。

 それでもなかなか割り切れずアインズは小さくため息をついた。それを察してか、ルプスレギナが内緒話をする。

「モモン様、モモン様、ハムスターに乗るのは大変っすか?」

 ルプスレギナに分かって貰えたのが、アインズには素直に嬉しかった。

「……正直そうだな」

 人を乗せるようには出来ていないハムスターに乗っているため、体勢的にもそうである。心理的にはこっぱずかしくであった。愚痴じみたことを漏らすと気が紛れるのは、アンデッドになってもしてわっていない。


「でしたら、私に乗ってくださいっす」

 愛らしい女の子を四つん這いにさせ、その上に乗る全身鎧の男……変態紳士から問答無用でを取り除く事案発生である。

 ……だが、この世界の価値観からすると、意外におかしな話ではないのかもしれない。ふとアインズはそれを確かめてみたくなった。

「皆さんに質問ですが、女の子を四つん這いさせて馬乗りにするような男って、どう思われますか?」

「死ねば良いと思います」

 即座に返ってきたのは、ニニャの全開になった黒い一面であった。

「ああ、そんな変態ひとまず殴ってやるぜ」

 漆黒の剣の面々も似たような意見であった。アインズのあずかり知らぬ事ではあるが、ニニャはそのような退廃的な貴族に姉を取られているのだ。願望だけでなく、そのまま手を下す勢いがニニャにあった。


「ですよねー」

 適当に相づちを打ち、ルプスレギナの意見を却下するアインズ。ハムスターが格好いいなら、ルプスレギナに非道徳的な事をしても問題ないよね等と勘違いしたら、それは重い社会的制裁を受けるところであった。


 そうしていると、アインズ達は冒険者組合へ、漆黒の剣とンフィーレアは彼の店へと分かれる岐路にさしかかる。何でも魔獣は組合に登録する必要があり、まずは組合に顔を出さなければならず、彼らについては行けない。その彼らは荷物を下ろす作業を買って出ていた。

 行きは荷物の少なかった荷台であったが、今や大量の薬草やら何やらでいっぱいになっている。巨大ハムスターの縄張りでかき集めてきたのだ。

 おかげで追加の報酬まで約束されており、そのため冒頭でのモンスター達を討伐した報酬なんて、誰も目もくれなかったのであった。モンスター達はまさに無駄死にであり、犬死にであり、混ぜると駄犬による死であった。


 その後スケジュールの打ち合わせを行って彼らと別れた。報酬は明日入ることになっている。

 そして財布の中身は心許なかった。二人分の宿代くらいはあるだろう。食事の分は……ちらりとルプスレギナの方を見てかなり心配であった。

 ……ルプスレギナには飲食不要の効果を持つ魔法の指輪を……渡していたよな?

 指輪、それはナザリックNPCに渡すと、自動的に左手薬指に装着される一品であった。ルプスレギナの手を見れば、右にも左にもその指輪は装備されていなかった。渡し忘れたとアインズが判断してしまっても当然なのだ。


「えっと、ルプーには指輪を渡していた、よな?」

 これを持っていろと言いながら渡した記憶はあるにはあるが、自信がないアインズ。

「この指輪っす?」

 胸元からくるまれた綺麗な布地を取り出し、そこから指輪を覗かせるルプスレギナ。


 ……持っているだけか!!

『武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぞ!ちゃんと装備しないとな!』

 初心者向けチュートリアルの文言が頭に浮かぶアインズ。体験から指示するまでもなく、ルプスレギナが左手薬指に装備すると思い込んでいたのが悪いのか?

 それとも……ルプスレギナはアインズから受け取った指輪を喜んで装備するつもりはないのであろうか?

「指輪は嫌いか……」

 少しばかりアインズの心に冷たい風が吹き込む。

「指輪じゃ無く、首輪が欲しいっす!鎖をつなげてモモン様に引っ張られて……はぁああ、それだけでルプー幸せ~」

 美しくかつ可愛らしい女性に首輪を付けて鎖を引いて連れ歩く……先ほどのニニャの反応からすると、確実に通報待ったなしであろう。

 人狼の価値観はとても理解できない。人間にもアンデッドであるアインズにも。

 前の件もそうであるが、ルプスレギナの提案はリスキーである。一歩間違えれば英雄を目指したはずが前科者になっていました、が大いにあり得る。気をつけねばとありもしない肝に銘じるアインズ。


「そ、それは、ちょうど良い首輪がないので難しいな。指輪で我慢してくれ」

 何とかなだめてルプスレギナにその指輪で妥協して貰うこととする。

「ほら、手を出すんだ。装備させてやろう」

 しっかりと左手を差し出すルプスレギナ。しかも薬指以外は曲げられている。しばらく硬直するアインズ。

 だが、ここで前言撤回は出来ない。おずおずとその手を掴み、指輪をはめるアインズ。ぎくしゃくした動きだが、こんなの経験ないし仕方がないじゃないか。

「ありがとうございますっす!はわぁー、これだけでご飯六杯行けるっす!!」

 飲食不要の指輪の意味ないじゃん。

 与えられた指輪を舐めたり口に含んだりするルプスレギナ。幸せそうなのは結構ではあるが、結論としては飲食不要の効果は飲食不可ではないと言うことであった。


「ところで、殿。それがし、殿から名前を頂きたいでござる」

 ここにもわがままなヤツが一匹いた。だが、確かに名前負けとしか思えない森の賢王やハムスターなんてのは呼びづらい。名前を付けてやるのも良いだろう。

 アインズの頭に『大福』の単語が浮かぶ。色、姿形、このハムスターに似つかわしい名前であろう。誰かに命名の由来を聞かれても自信を持って答えることが出来る。大きいを意味する言葉と、縁起の良い言葉を組み合わせであると。

 ルプスレギナには説明するまでもなく通用するだろう。

 アインズの頭に再び浮かんだイメージは鮮明であった。アインズが目を離した隙に大福がいなくなっている。ルプスレギナに問い詰めると、余りにも美味しそうな名前だったので……と白状する。

 そりゃ大福なんて名前付ける方が悪いよな。


 命名:ハムスケ


 こうしてアインズはルプスレギナとハムスケと共に冒険者組合に向かうのであった。

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