森の賢王(VS狼の女王 まるで頂上対決!)④
ナザリック地下大墳墓第九階層の自室近くに到着する。先ほどのド田舎から打って変わり、ここはまるで別世界のようであった……別の世界からナザリック丸ごと転移してきたのだから、例えでなく別世界そのものと言い切ってもかまわないかもしれない。
カルネ村では日が沈めば、窓から差し込む月の光と手元の頼りない明かりのみしかなかったが、ナザリックでは『地下』『墳墓』の単語からは想像できないほどに光に満ちている。主が光を嫌いそうなアンデッドなのに。
カルネ村では草木や動物たちの匂いが風に乗ってほのかに漂っていたが、ナザリックでは清浄そのもので無味無臭のため刺激に乏しく味けないほどだ。味があろうとなかろうとどのみち分からないけど。
カルネ村では家屋の配置は適当そのもので、計画性もセンスの欠片も感じられなかったが、ナザリックでは人間工学を駆使して見栄えも利便性も共に追求されている。人間って誰よ?
カルネ村では小さな虫やら何やらがうろつき飛び交っていていたが、ナザリックでは虫どころか埃すら存在しない。いるところにはそれはもう大量の<
他にもナザリックは絢爛豪華そのものである。その様は筆舌に尽くし難く……なので省略する。
アインズは自室に入る。この室だけで鈴木悟の頃の生活スペース全てより立派である。当時の頃を思い出してか寝室のベッドに寝転ぶ。
アインズのベッドは最高級の品である。自身は全く使う予定も必要性もないにもかかわらず、コスト度外視の代物である。そして、嗅ぎ覚えのある匂い……香りで満ちていた。
人狼のルプスレギナと行動を共にして、アインズも嗅覚に対してそれなりに関心を持つようになってきた。
ユグドラシル中では嗅覚がなかったし、現実社会も悪臭の方が多い有様で嗅覚に対して恩恵など余り感じてこなかったが、この異世界では様々な匂いにあふれている。もちろんただのアンデッドであるアインズには特別に優れた嗅覚がある訳ではないが、思う存分匂いを堪能するのに支障はない。
その感覚がアインズのベッドの香りとアルベドの香りとが一致することを告げている。
偶然の一致だろうか……いや、流石に偶然ではないだろう。アルベドがこのベッドに自身の使っている香水でも振りかけているのだろうか……それとも……
その先を想像すると重すぎるアルベドの愛へ行き着いてしまう。
「アインズ様、アルベドです」
タイミングよくなのか、その香りの主がドアをノックする。流石にベッドにゴロゴロ状態で迎える訳にはいかない。だらしないのはもちろんのこと、何となくであるが貞そ……身の危険を感じるからだ。
身を整え偉そうにイスにふんぞり返る。これでどこからどう見ても支配者に相応しいだろうと。
アルベドがアインズの無事を祝い、そしてナザリックの運営状況の報告を受ける。
何もかも順調そのものであった。アルベドとデミウルゴスがいれば、アインズがいなくても大丈夫な様子である。
アルベドと一通りのやり取りが終わると、アインズの部屋に次々とNPC達が訪れだした。皆アインズのお姿を一目でも見ようと、お声を聞こうとやってきたのだ。
アインズにとってもそれは嬉しい。だが、<
多大なMP消費は堅牢なアンデッドの精神にすら疲労感を覚えさせる。逆説的に言えばMPが消耗しなければ精神に疲労する事は稀なのだ。なのにMP消費0のはずの<
これが稀なのにしょっちゅう体験してしまう、いわゆる『稀によくある』状態なのか。
アインズとの面会が終わったNPCが一人、また一人と退出していく。そして再びアルベドと二人きりになった。
アルベドがアインズを見て微笑んでいる。何も言わないがじっとアインズを見つめている。
(これ何かこちらから言葉かけなきゃならない流れか?)
固まりきったアインズの表情であるが、内心を反映してよりいっそう硬直する。適当にねぎらっておくか……ねぎらうにしても何を言って良いのやら……女性の取り扱いなど知らないアインズにとって、高レベルダンジョンに一人で潜る以上の緊張を味わう。
営業時代の知識を総動員する。話題は何が良いか、当たり障りなく天候……いや、流石に地下に籠もったままのアルベドに対してそれはないだろう。
ふとアルベドの香りが鼻腔をくすぐる。やはりベッドで嗅いだのと同じ香りであった。ならばそのことを……いや、それはやぶ蛇になるだろうか?
「匂いのことで一つ質問をしてよいかな?」
頭の中がまとまらないうちに口を動かしてしまうアインズ。余りにも黙ったまま時間を無言で過ごすのは、何とかの考え休むに似たりと思われかねないのを危惧してだ……いや、微妙に意味が違った気がするが……
「もちろんでございます」
アインズの質問であれば何でもかんでもウエルカムなアルベドが一歩距離を詰める。一歩引きたいアインズであったが、イスに座っていてはそれも出来ない。
「ルプスレギナが言っていたのだが……」
いきなり別の女性の名前を出すアインズ。かなりダメダメである。
「どうやら私は良い匂いがするらしいのだが、私としては自覚がなくてな。アルベドはどう思うだろうか?ルプスレギナ曰く、アルベドであれば理解して貰えるとか」
ここで、アンデッドであるアインズ様は新陳代謝がないために匂いなどするはずもない。等と答えるほどアルベドの程度は低くはない。
「それは……実際に嗅いでみないと分かりかねます……それでは失礼します」
あれよあれよという間に間合いを詰めるアルベド。そしてアインズに鼻を近づけクンクンと嗅ぎ回る。
嗅ぐ嗅ぐ嗅ぐ嗅ぐ、それはもう黙々と。
「ど、どうかな」
そろそろ白黒付けて欲しいアインズ。美しい女性に触れられるほどに近づかれて、その上匂いを嗅がれるとは、言い出した自身が発端であるのだが、困惑せざるを得ないのだ。
アルベドは小さく否定的な、しかしその否定もまた否定するようにつぶやくと行為を続ける。そして時折鼻を押しつけられる。よりにもよって股間に顔を埋めながら。
いやこれ駄目だろ駄目だろ。この状態で匂いあります言われたら、それだけで数日は引きこもる自信が芽生えるアインズ。
「……私はルプスレギナのように嗅覚に優れている訳ではございません。残念ながらアインズ様の匂いはかぎ取れませんでした……これは私の不徳のいたすところ。何なりと罰をお与えください」
アルベドの声は神妙であった。声は。表情はもうこれ誰だよと言ってやりたくなるほどに緩みきっていた。
「ゆ、許そう」
というか、許して……アルベドの愛が重すぎた。
これ以上アルベドの顔を見ていられないアインズは、彼女を下がらせるとさっさとカルネ村に帰還するのであった。
再びカルネ村の地を踏むアインズ。ルプスレギナの待つ家屋内に<
隣部屋ではルプスレギナが寝ているであろう。さてどうしたものか。このまま朝になるまでじっとしているのが正解に違いない。しかし寝られない体での一人ぼっちの夜はつまらないのだ。
中身のない全身鎧の少年も同じ事を言っていたし、中身骨の全身鎧の中年が同意見に至っても何ら不思議はなかろう。
ナザリックの話を土産にすれば文句はあるまいと決意するアインズ。
「ルプスレギナよ、起きているか?」
ドアをノックする。返事がなかった場合、そのまま入って良いものかと悩むが、それは杞憂であった。
「はいっす」
即座に板一枚越しから声が来る。アインズの気配を察してか、ちゃんと待機してくれていたのだ。ルプスレギナの普段からはとても想像できない対応。早速褒めてやろうとばかりにドアに手をかける。
「本当にアインズ様かどうか、手を見せて欲しいっす」
出かける前に童話を用いて注意した影響であろうか。ルプスレギナは疑り深くなっている。そもそもこのような田舎の、それも一室のドアには鍵がかかっていろうはずもない。正直そのままドアを開け放っても良いのだが、付き合ってあげても良いだろう。
右手の鎧を解除し、少しばかり開けた引き戸の隙間からそれを差し入れる。
「綺麗な白い手っす!アインズ様っす!」
狼と七匹の子山羊の通り、白い手を確認し待ちわびた相手だと確認するルプスレギナ。白い手と言っても白骨ではあるが、本人確認には十分であろう。
ドアを開け広げるルプスレギナ。童話であれば、実は小麦粉で白くした狼の手でした!となるのであるが、ルプスレギナ自体が狼なので問題ない……そもそもこの確認要らなかったよな。
部屋に入り、ルプスレギナをベッドに座らせて、向かい合わせに小さなイスを持ってきてアインズが座る。
「ナザリックでユリ・アルファと会ってな。ルプスレギナがちゃんと仕事しているか心配していたぞ。もちろん、よく頑張っていると言っておいたからな」
ルプスレギナが頑張りすぎて、モモンとしての活躍が奪われがちと愚痴りたくもなったが、流石にそれは言わないでいた。
「あ、ありがとうございますっす!」
感激に打ち震えるルプスレギナ。これでモモンの活躍の場が今まで以上に減るのであるが、もうこれは仕方がなかろう。
他にもナザリックの話をしていると、やはりルプスレギナは途中で目を覚ましてしまったのが効いてきたのか、うとうととし出してくる。
「起こしてしまったからな、もうゆっくり休んでくれルプスレギナよ」
流石にこれ以上はアインズのわがまま全開であろう。就寝の挨拶と共にぐっすりと寝入るルプスレギナ。
少しだけカーテンを開け室内に月光を導くアインズ。闇視能力のおかげで明るくする必要はないのだが、ルプスレギナの寝顔をよりよく見るために、少々明度を上げる。相手がメイドなだけに良いじゃないか。
可愛らしい寝顔を見ていると、ちょっかいをかけたくなるアインズ。もちろんやましいジャンルのちょっかいではない。
骨の手をルプスレギナの顔の前にかざしてみる。それを嗅ぎつけたのか反応があった。やはりアインズには体臭があるのだろう。本当に謎なアンデッドの体である。
鼻先に近づけると、ほんのしばらくのための後、ルプスレギナが噛みつこうと軽く飛びかかる。それ見越して即座に手を引っ込めるアインズ。素早さはほんの少しだけだがアインズの方が上である。あらかじめ構えていれば避けることなど容易いのだ。
「これで一勝だな」
さんざんルプスレギナに振り回されていたアインズにとって、この勝利は大きな勝利である。そしてもう一勝、雪辱戦を制したアインズ。
そして、今までと同じように回避し三勝目を決めようとしたアインズ。だがルプスレギナは思いっきり飛びかかり……
また朝チュンを迎えるアインズであった。
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