森の賢王(VS狼の女王 まるで頂上対決!)②
一行が森の中の広場に到着し、段取り通りアインズとルプスレギナが別行動を取る。
漆黒の剣とンフィーレアから十分に距離を取った頃、アインズは名を高めるための作戦をルプスレギナに伝える事とした。
これ以上高める必要がないほどモモン様の名は最高に高まり限界を突破し尽くしてオーバーラン状態とか言われるが、今までの冒険を振り返ると、ルプスレギナの名しか売れていない気がしてならないアインズであった。ここで大物を仕留め、出遅れた分を一気に取り戻したいのだ。もちろんルプスレギナの言っている意味は分からない。
「森の賢王と戦うつもりだ」
伝説となり人々に恐れられている存在である森の賢王を撃退してこそ、モモンという冒険者のことを認めるであろうと力説する。
「そうすると、森の賢王を見つけないといけないっすね」
「既に手は打ってあるとも」
アインズはルプスレギナに内緒で策を巡らせていたのだ。どうだ?この用意周到っぷりは、感心しただろう?とばかりにルプスレギナの反応を探った。
「私たちも手を打つっすよ」
上の方からルプスレギナの声が聞こえて来る。見れば木の上で、密かに呼び寄せておいたアウラとハイタッチをしているではないか。手を打つ……なるほど、ハイタッチか……なのか?
「……いや……えっと、二人は仲が良いんだな」
アインズが目の前やや上方でのやり取りを眺める。あれ?階層守護者は全てのNPCの最上位に君臨とか設定があった気がするが、互いに友達感覚だ。
問題と捉えている訳ではない。逆にアインズとしては結構なことだと考えられた。NPC同士で順列を付けるのは組織としては合理的かもしれないが、家族としてとらえると、いささか残念に思うこともあるのだ。和気藹々結構。
「褐色娘同盟っすからね。元気っすか?」
「はーい、元気ですー。健康かな?」
「健康っすー」
ほほえましいやり取り……なのか?よく分からない同盟も発足している様子である。派閥争いや内輪もめの原因にはなりそうも無いので心配は無用であろうが。
「残念ながらアインズ様は色白ですので、この同盟には入れません。本当は参加していただきたかったのですが」
外見は白骨死体そのもののアインズ、確かに色白と言えば色白だろう、そもそも色を云々言う肌がないのだけれど。
だが、それ以前にまず超えないと行けない条件があったはずだ。そもそも『娘』ではないのだ。心底申し訳なさそうなアウラに言いたくなる文句をこらえるアインズ。
「ヒロイン属性はあるんっすがねー」
なるほど、ヒロイン属性持ちなら『娘』の条件をクリア可能だろう。実に説得力があるではないか……ルプスレギナ、後でチョップな。
アインズの頭上でマーレをいかに引き込むか、花飾りや可愛らしい化粧、etc……危険な言葉が飛び交い、マーレの教育上良くない策が練られていることに戦慄を覚えるアインズ。なお、自身が一番マーレの教育に良くない自覚は持っていない。
見た目子供と中身子供のやり取りに頭を抱えるアインズ。
ややあってアウラが森の賢王をおびき出すために行動を開始する。ようやくだ!
漆黒の剣達と合流したアインズ達。薬草をせっせと集め、それなりの数を収穫した頃、森に異変が起こる。鳥たちが一斉に羽ばたき、小動物達が四散していくのが分かる。
打ち合わせどおり森の賢王がやってきたのだ。
「何かが来るぞ」
ルクルットが皆に警告する。
「何かって、森の賢王っすよ?」
ルプスレギナが訂正する。こらまてバラすな。八百長が明るみに出かねない発言にアインズが慌てる。
「ルプーさんがそうおっしゃるなら森の賢王がやってきたのでしょう。みんな撤収だ」
リーダのペテルの決断は早い。迫り来るそれは大きいであろうモンスターが森の賢王ならば迷いは不要だ。アインズ達が森の賢王と戦うのに目撃者がおらず空回りでした、なんて心配は無用となる。が、ルプスレギナへの過剰な信頼感はどこから来ているのであろうか……
アインズとルプスレギナがしんがりをつとめる位置に付きンフィーレア達を逃がす。
「モモンさん、無理しないでくださいね……ルプーさんは無茶……理しないでくださいね」
言い直すンフィーレア。言いたいことはアインズにしっかり伝わったが、無茶苦茶するに決まっているだろ?と答えかけてぐっとこらえるアインズであった。
地面を揺らす感覚が近づき、いよいよ相手が、森の賢王が近づいてくる。
「お客様のご登場か」
お客様はこちらかもしれないな、アインズがうっかりつぶやく。お客様は神様であり、お客様=アインズ、すなわちアインズ=神様である。
「――アインズ様」
改めてアインズに心酔するルプスレギナ。戦闘目前の雰囲気はひとかけらもない。
アインズはルプスレギナの前に立つ。森の賢王の戦闘能力……レベル換算が不明のため、クレリックである……まで考えて疑問に思う。
ルプスレギナをかばう必要あるのかなと。この子頑丈だし。
軽く頭を振る。仲間の女性を守らずして何が英雄だ。ルプスレギナを前衛に立たせては、やはり格好が付かないのだ。ユグドラシル時代も仲間の女性であるやまいこさんやぶくぶく茶釜さんに守って貰ってい……た……
魔力系魔法詠唱者だから仕方ないよね……
アインズがユグドラシル時代の思い出に浸りつつも、うっかり沈み込んでいるとルプスレギナに動きがあった。
「くんくん、これはネズミの仲間の匂いっすね」
いきなり出オチ潰しをするルプスレギナ。芸人の天敵である。
「ネ、ネズミ??」
「正確にはキヌゲネズミ……ハムスターの一種っす」
「それがしの種族を知っているのでござるか?」
さんざん勿体ぶり尊大な態度を匂わせていたかもしれなかった森の賢王が、あっさりと姿を現した……その姿は、立派な育ちすぎたハムスターであった。アインズはジャンガリアンハムスターではと種族名をハムスターに確認する。
以前、森の賢王の姿をユグドラシルの
ハムスターが種族維持を願望すれば、ルプスレギナも相づちを打ち、ハムスターが子孫を作りたいとのたまえば、ルプスレギナも頷いていた。
生物の常識なのであろうか……アンデッドになり生物の範疇から逸脱したアインズとしては、その輪に加われないでいた。若干孤独を感じざるを得ない。
「そろそろ無駄な話は止して、命の奪い合いをするでござる」
さんざんアインズを話に付き合わせておきながら、無駄と言ってのけるハムスター。かなり腹が立つ。
「それがしの糧となるでござる!」
ハムスターの空腹具合により戦闘開始となる。しょうがないよな、お腹を満たすのは優先順位が高いよな。アインズがルプスレギナと行動していて非常に実感し続けてきた行動原理である。
ハムスターがしっぽの一撃を繰り出すと、アインズがグレートソードでそれを叩き落とし、アインズが切りつけると、ハムスターが手を振るってはじき返していた。
なかなかの接戦である。ハムスターからすれば、自身と良い勝負をするこの全身鎧の戦士に感心するほどであった。
一方、アインズからすれば『争いは同じレベルの者同士でしか発生しない』と言われているのにもかかわらず、自身が百レベルなのに三十レベル程度の寄りにもよってハムスターと争っている現実を見せつけられる。
な、中身、魔力系魔法詠唱者だから仕方ないよね……
「<
膠着状態を打破すべく別の手を繰り出すハムスター。お腹に描かれた紋章が緑色に輝き魔法攻撃を行う。この世界の水準からすればなかなか芸達者である。
「それには人狼にも有効っすか?」
こっそりとアインズに確認するルプスレギナ。
「有効は有効だが、ルプスレギナには効かぬだろう」
目の前の推定レベル三十程度から見ればルプスレギナは圧倒的高レベル。その上、ルプスレギナ自身、高い魔法防御とさらに高い総合耐性を持つのだ、このような小細工が効くはずない。
そもそも聞いている時点で効いていない。うん、うまいこと言えた。
「有効は有効……よしっす」
ルプスレギナが小さくつぶやく。
「あああー、魅了されたっす!魅了されたっす!」
ルプスレギナが突然叫び出す。
酔っ払いまたは夢遊病者かのように、たどたどしい足でハムスターの前に歩み出るルプスレギナ。
「これで二対一でござるな」
ハムスターからすれば、先ほどの全種族魅了が成功し、敵対者の内一人を味方に付けることが出来たのだ。圧倒的有利な状況、とでも言いたげである。全身鎧の戦士に向けたのに、なぜこの軽装の戦士が魅了にかかったのかは理解できなかったが、何にせよ魔法が効果を発揮したのであれば問題なかろうと考える。
ハムスターなのに、有頂天になっている表情がうかがえる。ハムスターのどや顔。これを拝めた者は本当にごくわずかであろう。全く嬉しくは無いが。
しかしながら、当然ルプスレギナは魅了された訳ではない。目で追うと……兜があるため視線で目の前のハムスターには気づかれはしないだろう……その獲物のそばに近寄っていた。
擬音語を交えて表現するならば、そーっとせまって両手をつかみかかるように構え、あーんと口を大きく開けてハムスターのしっぽに近づき、ぱくっとばかりに噛みついた。
ほほえましい風景(錯覚)の後に響き渡ったのは絶叫、森中の草花も木々も吹き飛ばしかねないような、大音量の絶叫であった。
「ぎゃあ!?!」
突如ハムスターが悲鳴を上げる。全身の毛が逆立ってアインズから見ても、そのハムスターに非常事態が発生していることがうかがえる。
得意になっているハムスターに堂々と近づいたルプスレギナが、ハムスターのしっぽの先をかじったのである。
鱗で守られているハムスターのしっぽであるが、ルプスレギナの歯の前には紙の装甲、歯ごたえを提供しているに過ぎなかった。
「魅力的っす、魅力的っす」
「痛いでござる、痛いでござる」
深い森の中に響き渡る叫び声。
「普段良い物食べているっすね。臭みは無く、まろやかで上品な味ながら濃くしっかりしたうまみ。なかなかの絶品っす」
『絶品』……『森の賢王』を初め、『伝説の魔獣』やら何やらと幾多の賞賛を集めてきたハムスターだが、これほどまで嫌悪感のする褒められ方はあったであろうか。
鈴木悟の地球時代の食生活は貧しかった。まろやかさと言った味の機微は正直分からない。だが、バリバリ・ガリガリと硬質な鱗が砕かれる音……それはけっしてまろやかな食材の奏でる音ではないと断言できた。
アインズは手に持ったグレートソードを見る。確かこれと打ち合っていたはずなのだが、咀嚼可能なのかあのしっぽ?レベル差があっても、アインズ自身があのしっぽをかみ砕くことは無理だろう。試したいとも思わないが。
しかしながらルプスレギナは人狼であり、アインズより高い物理攻撃力の恩恵が牙や爪に適用されているのかもしれない。面倒なのでそういうことにしておこう。
ルプスレギナをふりほどこうと、激しくしっぽを振るハムスター。しかし、それくらいでどうにかなるルプスレギナではない。彼女の食への執着は生半可でないのだ。全身が宙に浮こうと振り回されようと手も口も離さない。
振るだけではダメだ、幸いここは森の中、付近にはいくらでも大木が立っているではないか、ハムスターはそこにルプスレギナをぶつけようとした。
だがぶつかる手前で体勢を整えると木の幹に着地し、また飛び上がり別の木にも着地する。体を打ち付けさせる事は出来なかった。身のこなしの様は曲芸師さながらである。
こうなったら直接手を下さんと、何とか操作し、ルプスレギナを目の前に持ってくる。そして大きく腕を振りかぶった。実際には短い腕だが、気持ちは大きく!
が、ルプスレギナの口元でガリッと音が鳴る。口に力を入れたのだ。
「助けてでござるーー」
痛みの余り攻撃する余裕すらない。ボリュームは絶叫に達していた。
「しっぽが終わったら、次は耳っすね」
ハムスターは慌てて耳を伏せさせルプスレギナから隠す。しっぽはもう手遅れだった。あの長かったしっぽは今やハムスターのおしりから目ですぐ追える程度しか残っていない。しっぽ、耳、そして次はどこだろうか?
ハムスターはスキルを覚えた。「絶望のオーラ0(自分だけ絶望)」を。
アインズの前で繰り広げられるのは、まごうこと無く捕食者と被食者の生命をかけた戦いであった。
被食者も食べられる訳にはいかない、だが、捕食者とて飢えて死ぬ訳にはいかないのだ。大自然が生命に課した試練とでも言うべきか、互いに譲れない真剣勝負が繰り広げられていた。
鳴き声……泣き声なのか?……の主が、巷で噂され、冒険者からも恐れられている森の賢王だとはとても思えないが、真剣さだけは評価できよう。
それがしの糧となるでござる!……残念!それがしが糧となったでござる!このような残念極まりない事を横に置いておけば。
「離すでござるーー」
「このしっぽに魅了されたから無理っす」
魅了にかかったフリを続行。いや、これはもう魅了のフリではない。
ルプスレギナは魅力的な物にかじりつくのが当然の行動とでも考えているのかと、アインズは疑問を抱く。
あっ、そうだった。
アインズ自身実体験したではないか。宿屋で自身の骨をさんざんかじりつかれ、しゃぶりつかれたではないか。
またも覚える親近感。相手はよりにもよってハムスターですが。
「ルプスレギナよ、それくらいにしてやれないだろうか?」
アインズの命令により直ちに解放されるハムスター。未だチラチラと物欲しげにハムスターに視線を投げかけるルプスレギナではあるが、もちろんアインズの命令は最優先なのはわきまえている……はずである。
「降伏でござる!」
そのハムスターは腹部を無防備にさらけ出しい、いわゆる服従のポーズをとっている。だがそれで丸く収まりはしなかった。
「そんなのでアインズ様に対して服従しているつもりっすか!?」
ルプスレギナの鋭い指摘。もちろんアインズにとってはどこがどう駄目なのか分からない。
若干横道にそれるが、プレアデス達のメイド服はそれぞれ特徴があり、実に各人にマッチしている。顔だけ入れ替えてコラージュなんて暴挙を行うと、余りの違和感に精神安定化のお世話になるだろうほどに。
ルプスレギナのメイド服も当然ルプスレギナにぴったりに似合っている。ルプスレギナ自身、とても相応しいデザインであると誇りに思っている。彼女のメイド服はお腹の辺りがヒモで結わえられていた。
「こうやって降伏するっすよ!」
そのヒモを外し、お腹を出そうとするルプスレギナ。このメイド服の作りであれば、服をはだけるのは最小限にとどめながら、しっかりと腹を出すことが出来る……何という計算され尽くされた機能性であろうか。
謝れ!s
心の中で叫ぶアインズ。間違っても腹だし用のデザインではないのだ。
「ええぃ、やらんでいいぞルプスレギナ」
アインズが待ったをかける。見ているこっちの方が降伏しそうになるからだ。
「こ、こうでござるか?どうでござるか?」
ハムスターはハムスターで降伏を受け入れて貰うために、そのずんぐりとした体を曲げたり伸ばしたりと姿勢を変えていた。
「だいぶマシになったっすね」
ルプスレギナがいくつかだめ出しをし、ようやく話はまとまったようだ。改めてハムスターの姿を見ても、アインズには何がどうマシになったか全く分からなかったのは言うまでもない。
アインズはこのハムスターの利用方法を密かに考えていた。場合によっては殺してしまって死体を有効活用するのも手であるとさえ。
だが、ここまでされてしまったのに殺してしまうのは流石に非道すぎるのではなかろうか。
「ペットとするか……」
既にいる一ぴk……一人をもてあましているのにもかかわらず、新たなペッ……仲間を加えるアインズであった。
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