森の賢王(VS狼の女王 まるで頂上対決!)①
エンリによってカルネ村で起こった殺戮劇が語られる。ンフィーレアは義憤に駆られつつも、これを二人の距離を縮めるチャンスとも考えていた。だがエンリはンフィーレアを友人(←超重要)と断言してくれる有様である。世の中なかなか思い通りには行かない。
エンリはカルネ村を救ったアインズ・ウール・ゴウンの活躍を、それは熱くンフィーレアに語っていた。様付けの時点でエンリのただならぬ想いをうかがい知ることが出来る。頂いたアイテムによりゴブリン達を召喚し、彼らが村人のために働いていることまで触れられる。ンフィーレアとしては、想いを寄せるエンリが別の男性を敬愛するのは、非常に心苦しいところがあった。
赤いポーションでエンリが助けられたことがンフィーレアの関心を激しくかき立て、語られたアインズ・ウール・ゴウンの正体をあれこれと想像してしまう。
今まで誰も目の当たりにしたことのない赤いポーション、それをアインズとモモンの二人が所有している、そして常識的に考えて、極めて貴重であろうポーションを他人に対して使い譲り渡す……これを偶然で片付けるのは余りにも無理がありすぎる。
魔法や魔法のアイテムを使用すれば、声を変えることは可能である。それこそ変装をして男性が女性のフリ、または女性が男性のフリをして、本当の顔を隠しているのではないか。
だが、ルプー
……辺りは霧かもやに覆われていた。少々ながら自然界の営みに関心のあるンフィーレアは、視界の通る距離からそれがどちらかを判断しようとしたが、対象が何もないためにそれは叶いはしなかった。……いや、何かがある……正確には何かがいた。
これまた白い地面に倒れ伏した見慣れた少女であった。背に傷を負い、あふれる赤い血とそれ以外の白がきついコントラストをなしている。
「エンリ!」
ンフィーレアは駆け寄ろうとした。普段持ち歩いているポーションを使えばエンリを助けられると。だが、走っているつもりでも二人の距離は全く縮まらない。そして、もう一人の人物が登場する。エンリのそばに剣を携えた帝国風の騎士が……
「エンリ、エンリ!エンリ!」
少しでも相手の注意をそらそうとンフィーレアは叫ぶ。それでも騎士は脇目も振らずエンリにトドメを刺そうと剣を振り上げた。
「ちわーっす」
突然明るい声が聞こえる。高級なローブに身を包んだアインズ……いや中身はルプーだ。高級なローブは何が相応しいだろうか。客として来店する冒険者を頭に浮かべる。ローブ姿の魔力系魔法詠唱者は数多く目にしてきたが、どれも相応しくない。
王様の着るようなローブが似合うだろうか。以前に首都で行われたパレードで一目見た国王の姿を思い出す。他にも絵本で見たことのある服装をいくつも頭に陳列する。しかしどれもしっくりこない。いっそうのこと王様ではなく女王の方が似合うだろうか……
その単語で
「第九位階の<
第九位階!?その単語にンフィーレアは驚愕の色を隠せないでいた。先ほど頭の本棚から引っ張り出してきた御伽話で語られる魔法なのだから。
「ちがうよ、それ<
ンフィーレアが否定するが、それで止まる
もう一人の騎士が現れるが、彼はすでに逃げ腰であった。
「毛色が変わった相手は無理っすか?……そう言えば、変身したときの私の毛って何色なんっすかね?」
何を言っているんだこの
「……ンフィーレア、ンフィーレア?」
エンリの心配そうな顔がアップで目に飛び込んできた。一呼吸の間を置いて、存分にその顔を堪能する。愁いを含んだ表情もンフィーレアにぐっとこさせるものがあった。
「どうしたの?ボーッとして、時折何か叫んでいたけど?」
「うん……ちょっと夢を見ていたみたいだ。白昼夢ってヤツかな」
いろいろいっぺんに聞いたから、適当な言い訳を後ろに付けてごまかすンフィーレア。アインズの正体が何であろうとも、このエンリを救ってくれたことは確かだ。もちろん妹のネムもカルネ村全体も。
こうして深淵から生還できたンフィーレアは、エンリと共にアインズに感謝を捧げるのであった。
そのころ、
武器を使ったことのない老若男女の村人達であったが、ゴブリン達に教えられたことによりなかなか上達しつつあるのがうかがえる。もちろん騎士達によって襲われた恐怖や逆に怒りが原動力にあるのは確認するまでもないだろう。それだけに皆真剣そのものだ。
「た、助けてくれっす」
「痛い、痛いっす!」
「ぐわぁーっす」
アインズの隣から、実況中継(標的役)の声が響く。かなり黙って欲しい。二人がいるのは崖の上であり、広場で訓練している村人との距離はかなりあるため、ルプスレギナの声は聞かれてはいないだろうが非常に恥ずかしい。
「貴様も終わりっす」
「ここがお前の墓場っす」
「跪け!命乞いをしろっす」
再び村人の弓を構えるのにあわせ、今度はルプスレギナの配役が村人に切り替わる……いや、これでは悪役ではないだろうか。
何がルプスレギナを興奮させるのかアインズには到底分からなかった。ナザリック地下大墳墓の面々からすれば、大したことのない技術とも呼べない程度であるにもかかわらずだ。
人間達が切磋琢磨する姿を見て、アインズは自身と先に挙げたナザリック地下大墳墓、そして現地民のレベルや戦力について想像と比較を行ってみる。アインズはもうこれ以上強くなれないと考えている。それに引き替え現地の彼らが百レベルを超えることが出来るのなら、ナザリックに勝ち目がなくなるのではないか。そう考えるとアインズは頭が痛くなる。
それにプレーヤーの存在を色濃く示唆するスレイン法国……ナザリックの利益を考えるのならば、このカルネ村の一件も別のやりようがあったのではないか。目先の情にほだされて大局を誤ってしまったのではないか……心配の種は尽きない。
「ちょっと武器の使い方を教えただけで強気なものっす」
「同族同士で殺し合うとは、人間どもは愚かっす」
「争え……もっと争えっす」
今度は村人に指導を行っているゴブリン役のようだ……ルプスレギナの挙動の方が強力に頭を痛めつけてくる。ルプスレギナに比較すれば、他のナザリックNPCは圧倒的にしっかりしている、大丈夫だ!
そんなこんなで、この旅の主目的である薬草採取の時間がやってきた。
アインズ・ルプスレギナと依頼人のンフィーレア、漆黒の剣のメンバー合計七人が村から森への入り口付近に集まっている。
これからの薬草を求めに森の中へと探索にゆくのだが、当然のことながらンフィーレアをしっかり警護する必要がある。何せ昨日、滅多にないオーガとゴブリンの大群に出会って、森に何らかの異変があるかのように考えられるからだ。
「まぁ、ルプーさんがいれば大丈夫だとは思いますが」
まぁ、そう言われるわな。
自らが賞賛されることを半ば諦めていたアインズであったが、はっきりと言葉に出されると少々凹むものを感じる。
森の賢王と呼ばれるモンスターが出現した場合、皆を逃がすためにアインズが最後尾で敵を防ぐと自信のほどを見せてやりたかったが、彼らの注目はルプスレギナに注がれており、彼女さえいれば何が来ようと大丈夫と信頼を寄せていた。
少々ばかりアインズ自身が流石と感心されたいところではあるが、今までの戦闘での活躍から料理の文字通り美味しいまで含めて、美味しいところ全てルプスレギナが持って行ってしまっている以上、望むべくもない。
一息ついたところで、ンフィーレアが鞄から植物を取り出して皆に見せた。この薬草を見つけてくれと言うのだ。
「ングナクの草であるか!」
流石
「ンから始まって呼びにくいっす」
ルプスレギナが苦情を申し立てる。以前同じ台詞を聞いた気がするが、もう考えないでおこう。
「そうですね。僕もこの薬草を使うときはたびたびそう思います」
「呼びにくいですよね。誰が名前を考えたのでしょうか?」
「俺もそう思うな」
残り二名もうなずく。
またか。それはともかく、ルプスレギナが注目されることで、アインズにお鉢が回ってくることがないため、欺瞞する必要がなくなるのはありがたいことであった。
さてアインズとしては一度ルプスレギナと二人きりになり、森の賢王を利用して名声を高める作戦を行いたいところである。
ルプーが<
その上、ルプーなら一人で大丈夫ではないか、モモンまでついて行く必要があるのか?と疑問を挟まれる可能性は大きい。アインズはどうすれば自らの望み通りに事を運べるか頭を悩ます。
「どうかされました、モモンさん?」
アインズの様子を疑問に思ったのか、ペテルが問いかける。
「その、広場に着いてからですが、一度ルプーと一緒に周囲を警戒したいと思いまして」
余り考えをまとめる前に口に出してしまうアインズ。生じるであろう反対に対して、どのように説得すれば良いか出たとこ勝負となる。
「そうですね、ルプーさんにお任せすれば安心できますよね」
「森で迷子に……いやルプー氏なら大丈夫でありますな」
皆のルプーに対する評価は異様に高い。細かいことなんて考えずにルプーに任せればオールOKな雰囲気である。
本来であればアインズがその賞賛を受けていたであろうに……またも凹まされるアインズ。
「俺もついて行こう。ルプーさんたちがヘンなことをしないように、しっかり見ないとな」
アインズとルプスレギナ、主にルプスレギナについて行こうとするルクルット。
「野外で獣のようにヘンなことするっすか!」
アインズの前にルプスレギナが躍り出、ヘンなこと(詳細を確認するつもりはない)したそうにしていた。
獣のようにって、比喩じゃないじゃん、この獣っ娘。
依頼者のンフィーレアが生暖かい眼差しを向けてくれる。主にアインズに対して。これは『行ってらっしゃい』との意味なのか。
漆黒の剣のリーダであるペテルも、ルクルットに制裁をかましながらアインズ達の行動を認めたため、作戦の障害が無事取り除かれる形となった。
一行が森の中へと進入していく。入り口近辺こそそれなりに歩きやすかったが、次第に容易ならざる光景へと移り変わっていく。
うっそうと茂る木々と同じく茂った下草のため、方向感覚がにぶり足場の悪さも相まって心身両方への不安定さを醸し出していた。
漆黒の剣の皆もルクルットを初め、真剣そのものである。
アインズももし一人であったり同行者が森に不慣れなNPCであれば、若干ながらでもその感情に囚われていたかもしれない。
だが何せルプスレギナが隣にいるのだ、心配する必要は何もない。このようなときには本当に頼りになるのだ。
「森の賢王って美味しいと良いっすよね、モモン様」
小動物の鳴き声がかすかに聞こえる静寂の中、それでも人間に聞こえないボリュームでルプスレギナが熱く語った。
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