旅路(カルネ村は誰がお世話するの?)⑤
朝早く一同は出発した。
アインズの昨晩抱え込んでしまったわだかまりは、ルプスレギナのおかげですっかり解け去っていた。おかげで朝食前にニニャがアインズに対して謝った際、あっさり許すことが出来た。
……許す許さないを考えている状況でなかったのも一因ではあったが。
その朝食の準備は何を思ったのか……恐らく美味しい食事を作る自信があったのだろうが……ルプスレギナが実行犯となっていた。火にくべられた鍋のそばが犯行現場であった。
ナザリックとの連絡を取るため、及びルプスレギナによだれまみれにされた全身を洗いに、朝の肩慣らしと称してアインズが皆から距離を取ったその一瞬の隙が犯行時刻となった。
アインズとナザリックのNPCは、ユグドラシル時代に実行不可能であったことは、この世界でも実行不可能である。
ゲーム中に剣を装備することの出来なかったアインズは、小細工が無ければ剣を振ることすらままならず、料理のスキルが無ければ料理は失敗に終わってしまう。
実体験・NPCからの報告はそれらを裏付けていた。
ルプスレギナに料理のスキルは無い。食材を無駄にしてしまうのは、文字通り火を見るより明らかであった。
いや、無駄にするので済むのであろうか?危険な現象が発生することも十分に考えられた。恐ろしい化学反応により致命的な毒ガスをまき散らし、あらゆる生ある者が目的地に到着してしまうこともあり得るのだ。
そばにはルクルットとニニャがしゃがみ込んでいたが、ルプスレギナの凶行を止める気配は微塵も無い。それどころか身動き一つなかった。
懐かしきユグドラシル時代。そのイベントの一つ<黒の叡智>の光景を幻視したアインズ。二人が既に事切れているのを覚悟した。
「ルクルットさん、ニニャさん大丈夫ですか?」
おそるおそる安否を確認するアインズ。
「やあ、モモンさん。おはようです」
「お、おはようございます、モモンさん……え、ええ、大丈夫です、昨晩は済みませんでした」
二人は生きていた。ニニャは何を勘違いしたのか、昨日のことを謝罪していた。そちらの心配をしていた訳では無かったのだが。あと大丈夫と聞いてしまったのが気恥ずかしい。
「おはようございます……いえ、気にしていませんよ」
この際だからと謝罪を受け入れるアインズ。それよりも懸念事項があるのだ。
「えっと、ルプーは何を?」
「朝食は任せて欲しいと言われまして、準備をお願いしたのです」
「ああー、良い香りがしてきたー」
今の今まで息を止めていたアインズ……もちろん息をする必要がないのだから当然ではあるが……再び嗅覚を活動させると、確かに食欲をそそる匂いが感じられた。
「何か違和感は感じていませんか?」
発話に異常はないために、ろれつが回らないと言った症状は出ていないが、念のため聞いておかなくてはなるまい。
「違和感?……えっと、ちょっと味見の回数が多いかなとは思います」
「ルプーさんごと美味しくいただきたいですね」
さすが魔法詠唱者、観察眼はなかなかのものがある。それとルクルットには異常が、主に頭に発生しているようだ。
「ぱくぱく、まだちょっと堅いっすね」
ちょうどルプスレギナが味見をしていた。煮ている鍋から食材を取り上げて火の通り具合を確認している。
アインズの中身……鈴木悟が人間をやっていた頃、このような調理風景を目の当たりすることはなかった。せいぜい編集された動画中で視聴する程度であったため、ルプスレギナの料理とはいえ興味津々である。
そのような視点に立てば、怪しげな儀式に見えるルプスレギナの動きも、なかなかに関心を引く動作であった。
「こんなものっすかね?」
何度となく繰り返された味見の末、満足するルプスレギナ。なるほど、料理はこのようにするのかと感心するアインズであった。
皆が集められ朝食が始まった。
「まずはモモン様ー」
ルプスレギナがモモンの椀に芋を主体としたスープが注がれる。雇い主のンフィーレアや他パーティーの漆黒の剣を優先させろと思うところであるが、一も二もなくアインズ優先のNPCなので仕方がないだろう。今までさんざん『モモン様』と言い続けたこともあり、誰もルプスレギナの行動が当然のように捉えている。
そしてンフィーレア、ニニャと配られていく。ペテル、ダイン、そしてそこで打ち止めであった。
「ルプーさん?俺の分は?」
ルクルットが空の椀とルプスレギナに視線を行き来させている。
「ないっすよ?」
鍋の底を見せつけるルプスレギナ。五人に配っただけで尽き、ルプスレギナ本人を含めて二人分の食事が足りないのだ。
「ルプーよ、自分の分はどうしたのだ?」
自身の分を死守しないとはルプスレギナらしくなく、小さく尋ねるアインズ。もちろんルクルットはどうでもいい。
「もう食べたっす。お先に頂いて申し訳ないっす」
返答があったが何を意味するのか即座に分からない。だが、断片的な情報からも必要な分析を行えるのがアインズの特技である。
1.七人分の食材から五人分の料理しか出来上がらなかった。
2.スキルがなければ料理は出来ない、だが食事は可能である。
3.ルプスレギナは既に食事済みと証言した。
4.普段、ルプスレギナは二人分の食事を取る。
……これ、ルプスレギナは料理をしていたのじゃなくて、自分の食欲を満足させるための朝食を取っており、そのついでで余り物を配っていただけじゃないか?
昨晩のお預け事件から、ルプスレギナにはわざわざアインズの指示を待たなくて食事して良いと言い聞かせてある。その言いつけがきっかけなのかもしれない。
料理シーンを感心したおっちょこちょいが約一名いたが、その者の名前は極秘事項である。
この世界においても今なお、アインズとNPCを縛り続けるユグドラシルのルール。だが、それにも抜け道があることを発見出来たのだ。
……応用には頭を悩ませそうではあるが。
アインズは料理(余り物)の入った椀をルクルットに押しつける。肩慣らしの際に軽く食べておいたと言い訳も混ぜておいたので、ルクルットの過剰すぎる感謝の効果もあり、今回も無事食事の出来ないことを誤魔化せた。
そのような朝の出来事から数時間、森のそばの道を歩く一行。ニニャから遠くにドラゴンが生息しているとの情報を得、ルプスレギナからは、ドラゴンの味を尋ねられた。
何でも食べないと気が済まないのか。
生返事で、捕まえ料理する機会があれば食べさせてやると約束しておく。
そうこうしていると、遠くに見覚えのある村が見えてくる。もちろん、モモンとしては初めて来たことになっているので、知らない振りはしなければなるまい。
「さて、カルネ村はそろそろ……」
ンフィーレアが皆に言いかけて、異変のために口ごもった。以前にはなかった柵がカルネ村の周囲に張り巡らされていたためだ。
冒険者としていくつかの村を見たことのあるルクルットは特に不審な点はないと判断するが、ニニャは経験談から村の違和感をあげる。
アインズはルプスレギナに不可視化を使わせ偵察させると皆に提案しようとしたときであった。
「モモン様、周囲にゴブリンが十八体いるっす。前方五体、左に七体、右に六体、私たちを包囲しようとしているっすね」
ルプスレギナが相手の種族どころか配置をもバラしている。
「……武装を解除してもらいましょうかね?」
リーダー格と思えるゴブリンが姿を現し、続いて他のゴブリンが各々武器を構えて潜んでいた麦畑から顔を出す。カマをかけているだけにしては正確すぎ、この期に及んで姿を隠し続ける意味は無いからだ。
昨日のゴブリンよりも上等な武装に統率もとれているゴブリン達。中途半端な包囲網ではあったが、漆黒の剣のメンバーからすれば危機的状況であった。
もっとも、アインズにとってはそうではない。周囲に布陣するゴブリン達の正体を看破していた。以前にこの村の少女に渡したアイテムから召喚されたゴブリンであろうと。
「いいっすよ」
危機的状況と全く無縁な返事をしたルプスレギナが、少し左に歩いて手に持つ聖杖を足下に置く。そして元のところに戻ると、軽く両腕を広げ、そして両手も広げた。
まさに武器を持っていないのを証明する行動であった。だが、それで脅威がなくなった等と思うゴブリン達でなかった。
もし彼らが安全なところからルプスレギナを見ていたら、叫んでいただろう。「これが武装解除だって!?どこがだ!」と。
刃物じみた長い爪が生えている訳ではなく、しなやかそうな指先で危険はないはずである。だがその手から目が離せなかった。その手を振るうだけで簡単に自分たちが切り裂かれ、貫かれ、引きちぎられ、ずたずたにされ、始末されると確信できたのだ。ゴブリン達全員が全員の犠牲を想像する。
一方、アインズとルプスレギナを除く他の者達は奇妙な状況に互いに顔を見合わせている。形式上、包囲されてピンチのはずなのに、優位のはずのゴブリン達は顔色を非常に悪くしていた……土色のようなゴブリンの顔色を人間感覚で判断するのは難しいが、それでも血の気が引いているのが見て取れた。
苦境に追いやられているのは間違いなくゴブリン達であった。
ゴブリン達は自分が強敵と戦い、傷を負い死に至っても後悔はしない。明確な優先順位があるからだ。何があっても主人が一番大切で、そのためなら戦死ですら躊躇いなく受け入れられる。
だが、この赤毛の残忍な捕食者を敵に回すのは全く勝ち目がない上に、主人にまで危険が及びかねない。
そしてタイミング悪く十九体目のゴブリンが、よりにもよってその主人を連れてきてしまった。カルネ村への訪問者を判断して貰おうと呼びに生かせたのが裏目に出た形となる。
「姐さん……」
リーダ格のゴブリンがつぶやく。本来であれば直ちにこの危険極まりない冒険者の前から逃がさなければならない。だが、この女性が重要人物であると露見した場合、相手が現状を打破しようと人質に取ろうとする可能性もある。配慮がかえって危険を招く恐れもあり、そのつぶやきは尻すぼみとなってしまう。
「エンリ!」
ンフィーレアがゴブリンに連れられてきた少女の姿を確認しその名を叫ぶ。大切な恋人がまるでゴブリンに捕まってしまっているかのように思われたからだ。
「ンフィーレア!」
呼ばれた少女エンリが友人(←重要)に返事をする。
「おっ、面白そうな展開っす」
アインズだけに聞こえたルプスレギナの声が、新たな危機感をアインズに抱かせるのであった。
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