旅路(カルネ村は誰がお世話するの?)③

 一行が野営の準備を始める。暗くならないうちに安全な野営地を構築する必要があるからだ。

 野営地と定めた周囲をアインズが木の棒を使って四角く囲う。目立たぬ糸を利用して、モンスターが引っかかったら音が鳴る仕組みを作り上げるのだ。

 なお、アインズは自動的に寝ずの番が行えるため、このような物は不要だったりする。


「モモン様ーこの棒はどうするっす?」

 ルプスレギナが短め約30cm程度の棒をアインズに差し出した。既に作業は終了しており、部品に不足があった覚えはない。

 手に持って眺めてみるが、やはりペテロ達から渡されていた一式の道具の中で見かけた記憶はなかった。

「要らないのでしたら捨ててしまうっすね」

「ああ、そうしようか」

 紛らわしいし、この辺りに放置して踏んづけてしまうのも馬鹿馬鹿しい。見えないところに捨ててしまえば後顧の憂いもないだろう。


 アインズが前方に誰もいないことを確かめて、軽い気持ちで投げつけた。軽くではあったが、その勢いはすさまじく、見事な放物線を描いて飛んでいく。

「これで良いだろう?」

 ルプスレギナに成果を尋ねるアインズ。だが、そこにルプスレギナの姿はなかった。アインズの投げた棒を追って突っ走っていったのだ。

 そして飛び上がり、落下しつつある棒を口でキャッチするルプスレギナ。そして満面の笑顔でアインズの元に戻ってきた。


 その棒をアインズに受け取れとばかりに差し出すルプスレギナ。遠慮とかが若干感じられないが、アインズは快くそれを受け取った。本心では結構楽しいのである。

 自らが投げた棒が取られるか、それとも取られないかと少しばかりハラハラし、華麗なジャンプで棒をゲットする様は、図らずも見とれてしまうものであった。


 ごく一部の人工的な自然(?)しかない地球では、このような大自然の中で愛犬と戯れる遊びなど夢物語に近く、図らずも体験できたので心が躍っているのだ。

 今度は全力に近い投擲を行う。どうだとばかりにルプスレギナを見ると、彼女は投げられた棒をちらっと見ると全力で走り出した。


 棒は山なりにぐんぐん飛んでいくが、やがて高度を徐々に落としていく。ずいぶんと距離はあるが、ルプスレギナが追いつきもう一度位置を確認するとためらいなくジャンプする。

 二つの軌道が交差した。正確には交差よりも二つの線が一本に統一されたといった感じが相応しいが。

 着地したルプスレギナの口には棒が銜えられており、再びアインズの元へ棒を届けに来る。


「よしよし」

 思わずアインズの口から言葉が漏れる。が、慌てて口を閉じた……閉じたところで言ってしまった台詞は回収できないし、そもそも骸骨の口では閉じても音は漏れてしまうだろうが……これではルプスレギナをペット扱い、犬扱いそのものではないか。反省しそうになったアインズ、だが当の本人が頬をゆるめてご満悦なのであるから反省は取りやめだ。いいのか人狼!?


 三度目は意地悪したくなったアインズ。そもそも全力で投げても簡単にキャッチされてしまったのだ。負けず嫌いな気もあるアインズは一度くらい勝っても良いじゃないかと企む。

「いくぞっ」

 漆黒の剣連中とは距離がある。彼らには聞こえない程度に抑えつつも威勢良くかけ声をかけて、前回までと同じように振りかぶり、そして後ろに投げつけた。ゲスである。


 だがルプスレギナはそうなるのを分かっていたかのように、躊躇することなく飛ぶように棒を追いかける。体勢を急変させて投げつけた棒は二回目よりも勢いはない。結果簡単にルプスレギナに空中キャッチされてしまった。

「さすがだ、ルプスレギナ」

 自身の策は失敗したが、相手を褒めておけば問題ない。アインズのお褒めの言葉を受けて、それこそルプスレギナがしっぽを出していればぶんぶん振っていたであろうほどに、表情も態度も歓喜の様子がうかがえた。

 アインズも表情を作り出せることができるのなら、にんまりとしていただろう。

 漆黒の剣の皆が各々野営の準備をしているのに、すっかり遊びに興じてしまったアインズ達。それでも作業を終えてルクルットの元に戻る。


「ご苦労様っす」

 ルクルットがアインズに素っ気なく礼を言う。その何気ない一言にプスレギナが噛みついた。アインズに対して失礼だと言った様子……ではない。

「っす、って私の真似してるっす。こんなので感心買おうだ何て劇甘っす!」

 今回は特別気に入られようと語尾をあわせた訳でもないのに、ルプスレギナが怒り騒ぐ。相手がルプスレギナでなくても、この口調だったと誰か説明して貰えないだろうか?

 狙って外したのならともかく、下心なくこぼした一言だったので、ルクルットはとっさの反論が出ない。


「ルプーよ、ルクルットはご飯のために竈を作っているのだぞ?」

 アインズはルプスレギナの機嫌をなだめるべく、切り札を切る。そう食べ物で釣ってしまうのだ。

「そ、そうっすか!?ルクルット、美味しいご飯のために、ちゃんとした竈を作るっすよ」

「は、はい。ルプーさんのために頑張ります」

 ちょろかった。


 その後、アインズはニニャと魔法談義にいそしむ。ユグドラシルにない魔法や相手の魔法力を探知するタレント、魔法を教育するシステムの話となる。

 あと、ニニャがこっそり黒い事が判明した。

「ニニャちゃん黒いっす~、黒いっす~」

 ルプスレギナは踏み込むつもり満々である。アインズにのみ聞こえるその声は非常に嬉々としていた。

 そうこうしているとルクルットが飯の準備が整い、ここにいない三人を呼ぶように言う。


「呼んで来るっすよ」

 ルプスレギナが手を挙げた。少しでも早く飯にありつくための行動である。別にルクルットのためではない。決してない。

「ルプーさん行っちゃうの?俺と一緒に愛の共同作業として料理しない?」

 無言で背負った聖杖を手に持つルプスレギナ。その姿を見れば何をどう料理するのかだいたい分かってしまうだろう。


 食材:ルクルット、料理方法:たたき

「ル、ルプーさんの好みの味にしますっ!」

 危機を感じたルクルットではあったが、彼には切るカードがあった。つい先ほどアインズの言動をまねれば良いのだ。

「じゃあ、料理のさしすせそを教えるっす」

 とたんに機嫌が良くなったルプスレギナ。食べ物を持ち出すのは効果覿面である。

 料理の際に調味料を入れる順番を覚えやすくした言葉を自慢げに唱える。ルプスレギナ自体にも言動にも興味津々のルクルットであるから、一言一句聞き漏らさないように身を乗り出し聞き入っている。

 アインズもこの言葉を知ってはいたが、人間であった頃でも調味料を巧みに使った料理は高級そのものであり縁遠く、今は食事が出来ない身になってしまったとはいえ、関心自体は十二分にありルクルットに倣った。


「さは砂糖、しはシュガー、すはスイーツ……」

 甘い物ばかりだ!

 思わず突っ込むアインズ。記憶の片隅にあったそれとは大違いであった。そしてルプスレギナの言葉をなんのためらいもなく忠実に実行するルクルット。砂糖ドバドバ投入である。最初の内はスプーンで突っ込んでいたのに、最終的には袋をひっくり返してありったけ砂糖をつぎ込んでいた。

 無駄使いそのものであったが、あれか?魔法で砂糖を作成できるから構わないのか?アインズは魔法があるが故に物を粗末にしてしまう、近頃の若い者に嘆かわしさを感じざるを得ない。


 過剰なまでに甘ったるい匂いが漂ってくる。嗅覚まで失われていないことを残念に思ってしまうほどそれは酷く、元々ないはずの食欲が確かに減少するのを実感した。ンフィーレア達を呼びに行くのを口実に、急いでこの場から立ち去るアインズであった。

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