旅路(カルネ村は誰がお世話するの?)②

 ゴブリン、そしてオーガは装備も見た目もそれはもう貧相で荒っぽい物であった。そして荒っぽいのが大好きなのがアインズの隣にいた。

 モンスターをボコボコにしに行きたい!と訴えるような眼差しをアインズに向けるルプスレギナ。既に背負っていた聖杖を両手に持ち臨戦態勢に入っていた。体を小躍りしているかのように揺らし、精神的にもスタンバイOK状態である。


 その姿を見てアインズは確信した。ンフィーレアの護衛をルプスレギナにさせる計画を、早々に破棄したことが正しかったと。

 ルプスレギナだと彼の事をほっぽり出して敵に突っ込んでいき、気づいたときには護衛対象はやられていました、なんて戦術ゲーム初心者にありがちな、ミッション内容ガン無視あげくゲームオーバーが余りにもリアルにアインズの脳裏に浮かんでくるのである。


 現在は漆黒の剣と共に行動していることもあり、彼らとの作戦を立てなければならないだろう。ンフィーレアの護衛を任せる方向に話を誘導してしまえば良いのだ。

「モモンさん、分担はどうしましょう?」

 ペテルがアインズに話しかけ、互いに作戦のすりあわせを行った。

 アインズの狙った通りに漆黒の剣はンフィーレアを守ることに専念し、アインズとルプスレギナが主体となってモンスターを倒すこととなる。


 彼らは彼らで攻撃・防御・支援の内容を決めていく。アインズはその姿に感心を覚えた。それに引き替え自分たちは何というか、ただ敵に突撃するだけである。

 ルプスレギナに支援魔法を頼もうとも考えたが、目の前の雑魚モンスター相手にそれらを必要とする戦士モモン、それはそれで情けなくもあるため無支援でいくしかあるまい。アインズには脳もなければ筋肉もないのに脳筋プレイそのものであった。

 そしてモンスターとの戦闘が始まる。


「こんにちわーっす」

 アインズ達一団から真っ先に飛び出しゴブリンの集団に駆け寄ったルプスレギナが、ご機嫌に挨拶をかましていた。もちろん戦闘において考えられない行動である。敵対的、それも言葉がどこまで通じるか分からないモンスター相手にのんきに挨拶など、戦う上で全く無意味であるからだ。

 当然、目の前のゴブリンは挨拶を返すようなことはしなかったが、もう一つ返事の行えない重大な事情があった。


「そしてさよならーっす」

 ルプスレギナが聖杖を一振りしていたのだ。それだけでゴブリン四体が激しく血をまき散らして倒れる。それでは挨拶などできようはずもないのだ。

 ルプスレギナの振るうのは凶器であり、振りまくのは狂気であった。

 聖杖に当たった者は悲鳴を上げず、あべこべに当たらなかった者が悲鳴を上げる。もっとも、その悲鳴もすぐに静かになってしまうけれど。


「モモン様ー、オーガって背が高いっすね」

 オーガのすぐ横まで近づき、背の高さを比べる仕草をするルプスレギナ。平均的な女性よりやや背の高い彼女であったが、もちろんオーガはそれよりずっと大柄である。もちろん戦闘において(以下略)

「あっ、低くなったっすよ」

 水平に聖杖を振るうと、そのオーガの背が低くなる。泣き別れた上半身と下半身がドサリと音を立てていた。

 何体かのゴブリンが必死な形相でルプスレギナに向けて剣を振るうが、「必死=必ず死ぬ」なんて有様になるだけである。


「ルプーさんは凄腕の戦士ですね。防御力の低い軽装で不安に思っていましたが、あれならダメージを受ける訳無いので納得です」

「ああ、見たこともない変わった斧だけど、きっと重いんだろ?それをあんなにも簡単に振り回して、ルプーさんの腕力って凄いよなー」

「戦士二人のパーティーって構成としてどうかと思いましたが、これなら全然問題ないですね」

 ルプスレギナから若干で遅れたアインズが、後方から聞こえてくるルプスレギナへの賞賛に思わず振り返ってしまう。

 あれ?可笑しい。ルプスレギナがクレリックじゃなく、戦士と思われている?……アインズには怪訝な表情を浮かべようがないが、それでも兜の中で浮かべる。


 忘れていた!

 出発前に報酬の話があり、その際にも諦めたのだが、ルプスレギナを腕の立つクレリックとして売り込むのをやっていなかったのだ。漆黒の剣の面々から見れば、ルプスレギナは武器を振るっては敵を始末する戦士に見えて当然だろう。


 漆黒の剣達は幾体かのオーガやゴブリンを相手にして、手傷を負いつつそれらをようやく倒す程度であるから、彼らから見ればルプスレギナが一流の戦士に見えて当然であろう。

「ルプスレギナよ。聞こえていたら小さく返事をするんだ」

 アインズが兜の中で小さくつぶやく。離れた漆黒の剣のメンバーには当然聞こえるはずがない。しかも戦闘の中であればなおさらだ。

「はいっす」

 もう少し声を大きくしようとするまでもなく、ルプスレギナからは返事がきた。さすが人狼、耳が相当に良い。


「お前、クレリックと思われていないぞ。クレリックらしく回復魔法も使うんだ」

 ルプスレギナに命令を下すアインズ。この辺りで回復魔法を使って見せ、クレリックだと示すと共に、なんと第三位階までルプーは使うことができると自慢する方向に持って行かねばならない。この位階程度でも、相当の熟練者として扱われるのであるから、チョロい物である。

 折しも漆黒の剣の何人かは少々ながら怪我を負っている。回復させてやれば感謝しつつ感心するだろう。適当な低位の回復魔法でも……


「<大治癒ヒール>・<大治癒ヒール>・<大治癒ヒール>」

 安全地帯で無傷のニニャ・ンフィーレア以外の三人に<大治癒ヒール>をぶっ放すルプスレギナ。ちなみに<大治癒ヒール>は第六位階であり、この世界においては伝説的な位階を意味し、それはもう壮絶にやり過ぎである。すりむいた傷の治療にブラ○クジャックを呼ぶのと良い勝負かもしれない。

 あとリキャストタイムの概念はどこへ?


「お、おい、どうして<大治癒ヒール>を?」

 思わずボリュームが上がりそうになる小言を何とか押さえるアインズ。

「カタカナ三文字で言いやすいからっす」

 ルプスレギナから聞かされた理由に言葉が出ない。

「ありがとうございます、ルプーさん!」

「ルプーさんって回復魔法も使えるのですね」

「回復役もこなせるとは、素晴らしいであるな」

 ペテル達から感謝の言葉が飛んでくる。特に不審な声は聞こえてこなかった。

 何故かとアインズが頭をひねる。てっきり「ルプーさんは第六位階の回復魔法が使えるんですか!?」等と大騒ぎになるかと思ったからだ。


 もう一度漆黒のメンバーに目をやるが、やはり訝しげな雰囲気は一切ない。ルクルットが惚れ直したと騒がしいくらいだ。

 更に考えて一つのあり得そうな予想を思い立つ。これが攻撃魔法でのオーバーキルならば、むごたらしい結果でいやでも高度な魔法を使ったと分かってしまうのだが、回復魔法は気がつきにくいのではないだろうか。

 例えるならば、10ダメージを負っている所に10回復する魔法を使用しても、100回復する魔法を使用しても結果は同じであり、ゲームと異なり回復量が数字で表示される訳でもないため、何気なく見逃してしまう、考えてみれば実にあり得そうなことではなかろうか。


 ルプスレギナは大声で魔法名を唱えてもおらず彼らにはバレてはいないと考えて問題ないだろう。とりあえずセーフである。もちろん後でルプスレギナを絞ることは忘れてはならないが。

 なお、クレリックとして認識されているかは今なお怪しい。

 そうこうしていると、そのルプスレギナがルクルットのわざと外した矢を拾い上げていた。

「とりあえず投げておくっすね」

 オーガに向けて矢を投げつける。投げる仕草はえいっと可愛らしく、着弾音はズドンッと重々しかった。矢がオークの頭をぶち抜き、また一体のオーガが不条理で一方的な暴力に晒され命を散らしていった。


「あ、ありがとうございます」

 ルクルットがよく分からないお礼をしていた。もっとも、この状況で正しい返事の例は誰にも上げようがないのでそれでいいだろう。

 余りにもハイテンションのルプスレギナであったが、それは仕方がないことであった。

 群れのボスであるアインズとともに狩りを行っているのだ。これで高ぶらなければ狼失格である。狩猟本能の赴くまま、モンスターを狩りに狩りに狩りまくりである。みるみるうちにオーガとゴブリンが始末されていく。アインズの活躍のチャンスも同様に始末されていく。


「アダマンタイト級ですね」

「ええ、それ以外考えられませんね」

「オリハルコンでは不足であります」

「さすが、ルプーさん」

 即席の冒険者ランク認定会議が開かれ、満場一致でルプスレギナのアダマンタイト級が認定される。

なお、アインズは議題にも上らなかった模様。オーガを一刀両断しても目新しさもないためか、漆黒の剣の面々からは感想も漏れてはおらず、全くインパクトを与えていない様子である。


「もうパーフェクト・ウォリアー使っちゃおかなー。今更凄い戦士になっても感心されないかー」

 アインズの口から漏れるのは泣き言じみていた。ルプスレギナに活躍の場すべてを持って行かれていたのだ。二本のグレートソードを振りましてゴブリン相手に威嚇してみせたところで、ゴブリンですらルプスレギナの方を脅威に感じ、そして程なくしてそのルプスレギナに二枚に下ろされる。


「オーガさん、後ろからどついちゃうっすよ~」

 ルプスレギナが親切なことに警告を発していた。これにはオーガだけでなく無関係なはずのゴブリンまで、声のする方向に視線を集中させる。

 隙だらけの連中をペテル達が遠慮せず切り伏せていく。チームプレイ(?)のおかげもあり、戦場の趨勢は決しゴブリンが数体を残し、後は無残な姿をさらしていた。


 生き残りの内、大木の陰に隠れたゴブリンがいた。彼はなかなか賢明であった。これならば剣の一振りも、槍の一突きも、矢の……これなら十本でも防げるであろう。

 だが相手、ルプスレギナの武器はそのどれでもなかった。瞬きする間に切り株と切りゴブリンが出来上がる。


 走るのに邪魔だからと武器まで捨て懸命に走り、森にたどり着けたゴブリンがいた。彼もなかなか賢明であった。人間どもは森の中にまでは滅多に追いかけてこない、そのような認識を持っており安全地帯に逃げ込めたのだから。

 だが相手、ルプスレギナは人間でもない上、逃げる獲物を追いかけるのが大好きな狼であった。ためらいもなく森の中まで追跡していく。


「ルプーさん大丈夫でしょうか?まぁ、大丈夫だとは思いますが」

 ルプスレギナの背を見送った漆黒の剣の面々。追いかけていこうとも考えたが、不用意に足を踏み入れれば遭難する可能性もあり見送った。

 もっとも一番の理由は、森の中から木々が倒れる音が聞こえて来たからであった。うかつに近づいたら巻き込まれかねないだろう。


「無茶苦茶暴れ回ってるな」

 アインズが誰ともなくため息交じりにぼやいた。伐採活動は断続的に続き、数分程度経過した頃ようやく止まった。

「ただいまっす」

 聖杖を背負ったルプスレギナが戻ってきた。両手はオーガ二体の腕を引きずり、その上にゴブリンが五、六体乗せられていた。


 増えてる!?

 一体のゴブリン以外は巻き添えを食らった可愛そうな犠牲者だった。もちろん逃げたゴブリンも執拗に追い回され仕留められた訳であり可愛そうではある。冥福を祈ろう。

「え、えっと、ルプーさん凄いですね」

 ルプスレギナが森の中にいた頃、手持ちぶさたになっていたペテル達はモンスターの討伐証明部位を回収していたが、その手を止めてルプスレギナを賞賛する。回収作業の追加となるが、更に収入が見込めるのだから文句が出るはずもない。


「モモン様ー」

 オーガやゴブリンをペテル達に引き渡したルプスレギナは、アインズのそばに駆け寄り、甘えを含んだ声と懇願するような眼でアインズを見つめていた。それはもう、とても褒めて欲しそうなのが丸わかりなくらい。

 ルプスレギナのおかげでアインズ自身は全く良いところを見せることが出来なかったが、ルプスレギナとしては一生懸命頑張ったのだろうし、部下を褒めて伸ばすとも言うし……それに、無邪気に甘えてくる少女を無下に出来るはずもなかった。

 よしよしとルプスレギナの頭を撫でるアインズ。これでルプスレギナのはっちゃけスイッチが入ってしまったのだが、アインズの知る由ではない。そう、OFF状態であの有様である。

 こうしてモンスターがいとも容易く全滅した。

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