旅路(カルネ村は誰がお世話するの?)①

 馬車でカルネ村に向かうには二つのルートがある。おおざっぱに言うならモンスターの出やすいルートと出にくいルート。

 アインズとしてはその実力を見せつけるため、モンスターの出やすい道を進みたい所ではあるが、ンフィーレアの警護を考えると自ら言い出すのははばかられる。格下の冒険者なのに護衛対象を危険にさらすような提案など怪訝に思われることであろうからだ。


「さて、どう誘導したものか」

 アインズが小さく約一名を除いて聞こえないようにつぶやき、その約一名がアインズの考えを察してか動き出した。

 ルプスレギナがペテルの耳元で何かをささやく。

「さて、こちらに行きましょうか。こっちの方が近道ですからね」

 モンスターの出やすいと紹介していた道筋を指さしながら、リーダーとして皆に方針を伝えるペテル。

 いったいルプスレギナは何を言ったのだろうか?と思いつつも、自身の考えどおりに事が運んだこともあり、兜の中で誰にも気づかれずほくそ笑むアインズ。


「良くやったルプスレギナよ」

 再びルプスレギナにのみ聞こえるようにつぶやいた。それがスイッチを入れてしまったのだろう。ルプスレギナが他のメンバー、そしてンフィーレアの耳元で同じく何かをささやいていた。

「いざという時は、敵の攻撃は俺が食い止めますよ、ルプーさん」

「今まで通りにやっていれば、必ず生きて帰れるであります」

「僕、この仕事が終わったら、あの子に告……」

 何やら不穏な台詞が続く。アインズが面々を見回すと、皆良い笑顔であった。

 一人、ニニャは何も語らなかったが、語らなかった代わりに古ぼけたペンダントを見つめていた。魔法のアイテムでないそれは、思い出の品か形見あたりだろうか。


 死亡フラグだ……

 ルプスレギナがペテルに近道を選択させたのは、死亡フラグを立てさせることであったのだ。なるほど、相手をそそのかしてやればホイホイと近道を選択するだろうと言う寸法か。

「ちょっと、ルプーよ」

 ルプスレギナを一行から離れたところに誘導し、小言で内密の話を行う。

「あいつらに死亡フラグを立てさせて、どうするつもりだルプーよ」

「死亡フラグって何っすか?」

 厳しく詰問するアインズ。それに対してルプスレギナは小首を傾け、アインズの意図を計りかねていた。

「……ともかく、彼らには生きていて貰わないと困るのだ。私たちの活躍を広めて貰うためにな」

 死亡フラグの意味を解説しても仕方がないため、連中の重要性を説くアインズ。しかし、死亡フラグを知らず、いかに誘導すればこんな現象が起こせるのであろうか……アインズは興味を抱きつつも、それ以上の得体の知れない不安を覚える。詳細は聞かない方が良いだろう。

 しかしひとまず今は先に進まなければならない。二人は漆黒の剣達に合流して、そして一行は危なげな道を歩んでいった。


 昼過ぎには森のそばまでたどりつく。

 その一行は、中央はンフィーレアの運転する馬車、その馬車の前はルクルット、馬車の左側がペテルに、右側はダインとニニャ、後方にアインズという隊列であった。

 ルプスレギナはある時はアインズの隣、またある時は馬を撫でて可愛がったり、ニニャを可愛がったりしていた。

 後者の『可愛がる』はいわゆる暗喩の可愛がるである。


「ニニャちゃん、疲れていないっすか?荷物持ってあげるっすよ」

「えっと、ありがとうございます。ですが、大きな荷物は杖だけですし、これもそれほど重くありませんから平気です」

「じゃあ、ニニャちゃん自体を持ってあげるっすよ。おんぶが良いっすか?だっこっすか?」

 ニニャに絡むルプスレギナ。それに対して顔を横に振り必死になって拒否するニニャ。小さい子扱いはお気に召さないらしい。

 それにしてもルプスレギナのニニャへの絡みっぷりは、並々ならぬ思い入れを感じさせた。もしかするとシュタコン的な傾向があるのかもしれない。アインズがルプスレギナの意外な一面を垣間見る。


「じゃあ、代わりに俺を、だっこでお願……」

「ルクルットは、存在自体がお荷物っす」

 後方で楽しそうに繰り広げられる会話に参加しようとするルクルットが、即座に拒否、いや拒絶されていた。

「この辺りからちょっと危険地帯になってきます。念のため少しだけ注意してください。特にルクルットはしっかり前を見るように」

 ペテルの声は最初若干堅めで、後半はある特定の人物に対してもの凄く堅かった。


 アインズはペテルの注意に頷き、いろいろと考える。今のアインズ自身はほとんどの魔法が使えない上、どのような敵が現れるか分からず、若干の気掛かりを覚えていた。

 アインズは頭を動かし、ルプスレギナに視線を送る。それを受け、ルプスレギナが一つ頷いた。

 前衛職の指標として重要な物理攻撃力・物理防御力・素早さは、アインズとルプスレギナは若干の得手不得手があるものの、おおむね同じ程度である。

 すなわち、ルプスレギナがかなわない敵が出現した場合、戦士としてのアインズもかなわない可能性が非常に高い。

 なのでそういった相手が出現した際には、アインズは戦士として戦うことはさらさらなく、鎧を脱いで魔法詠唱者として戦うつもりでいた。魔力をルプスレギナから貰って火力の大盤振る舞いの予定もある。


『戦士としての矜恃?何それ、自分は魔法使いだし、コレでも食らえ』ばりの、すがすがしい作戦であった。

 アインズが冒険に出るにあたり反対を表明していたアルベドであったが、ルプスレギナをお供とし、この策を明かしたところすんなりと説得することができた。

「ルプスレギナに任せれば心配はないですね」

 アルベドのルプスレギナに対する評価は妙に高い。騙されているんじゃないか?と勘ぐってしまうほどに。ともかく話が進んだので問題なかったのであったが、今にして思えば、やはり……と懐疑的にならざるを得ないのが正直なところだ。

 ともかくこの作戦の要は言うまでもなくルプスレギナである。


「まだお腹は空いていないっす」

 アインズが頭の中で諸々の段取りを再確認している最中、そのルプスレギナの言葉が小さく届いた。今の確認、お腹の減り具合を聞いたものだったか!?いくら昼過ぎになったとはいえ、あまりの行き違いにおったまげるアインズ。ルプスレギナの頭から、諸々の手筈が抜け落ちていないか心配になる瞬間であった。


 そんな二人のアイコンタクト……ただしコミュニケーションがとれているとは言っていない……を見て、何を勘違いしたのか、ルクルットが軽い口調で話しかけてきた。

「奇襲なんか、俺が耳であり目でる限りは問題ナッシング。なぁルプーちゃん。どう……」

「鼻はないんっすか、鼻は?それにちゃん付けなんてなれなれしいっす」

 ルクルットの話をぶち切り、文句を付けるルプスレギナ。ルクルットは言葉を詰まらせるが、アインズも絶句した。

 人のことはさんざんちゃん付けしておきながら、この言いようである。まさに理不尽。

 あと人狼にとって鼻……嗅覚は重要ポイントかもしれないが、人間にそれを求めるのは酷ではなかろうか。


 その様子を少々勘違いしたンフィーレアが『森の賢王』の話をし出し、アインズはその森の賢王の存在をユグドラシルのモンスターを当てはめ想像していた。フルダイブゲームで出会うと、相当不気味な姿である。


 そうこうしていると、ルクルットが再び軽い口調でルプスレギナに話しかけていた。

「まぁ、うんじゃ、仕事を完璧にしてラブリールプーさんの好感度を上げるとするかね」

「普段ゴロゴロしている分際で完璧な仕事って、大きな口叩くなっす」

 ルプスレギナの返答に、何故か『お前が言うな』と天恵が降りてきたアインズ。その言葉が口まででかかるが、すんでの所でそれを飲み込んだ。この感覚は一体何なのであろうか……正体は不明であったが、漠然とながら深く考える危険性を感じるアインズ。


 そんなこんなで一行は先へと進む。日が照り気温も上昇し、いつ現れるか分からないモンスターを警戒するのは体力だけではなく気力も削られる。おかげで皆の口数が減っていく。だが、ルクルットだけは元気であった。自分がいるから警戒は不要とうそぶき、余り元気のないルプスレギナもいたわってた。

「お腹が減ってきているだけっす」

 ルプスレギナは過剰に警戒し神経をすり減らしている訳ではなく、空腹が原因の様子であった。先ほどはまだ空腹でないと言っていたのに、早くも腹が減ってきているとは……だが、アインズは自身は疲れも空腹も無関係なアンデッドの肉体であり、他の者はそうは行かないのだ。


 ルプスレギナが飢えから危なっかしい真似をしないうちに、何か与えておいた方が良いだろう。

「お菓子をあげるから元気を出すのだルプスレギナ。だが他の者には内緒でな」

 ナザリックのアイテムを他人に晒すのは危険と考え、小さな声で指示を付け加えた。だが、当の本人であるアインズがナザリック製ポーションを他人に与えて問題が発生し、実のところは現在進行形なのであるが、そのことは知る由もない。

 こっそりとナザリック製のあめ玉を取り出して、ルプスレギナの口に放り込む。ルプスレギナの表情が瞬時に和らぐ……いや上機嫌になる。飴一粒で笑顔の大盤振る舞い。非常にコストパフォーマンスが高くてアインズも有り難い。


 そんな二人を見ていたルクルットはある質問を投げかけた。ルクルットからすれば、モモンの何げないスキンシップでルプーさんが復活したのであるから、ただ事ではないからだ。

「モモンさんとルプーさんは、主人とメイドって言っていたけど、本当にそれだけの関係?ひょっとして恋人関係とか?」

「ご主人様とメイドのいけない関係っすか!?」

 目を輝かせてアインズに同意を求めてくるルプスレギナ。アインズは全員に伝わるように顔の前で片手を立てて手を左右に振り、否定のジェスチャーを行う。この世界でこのジェスチャーが通用するのか不明であるが、ルプスレギナには通じるだろう。


「が、がっくし……っす」

 ルプスレギナがかなり凹んでいた。ルプスレギナのボケに適切に対処したと思ったのだが、どうもお気に召さなかったらしい。

「じゃあ、俺がルプーさんの恋人に立候補します!」

 チャンス到来とばかりにはしゃぐルクルット。こいつに被選挙権を与えたた覚えはないのに関わらず名乗り出た。


「モモン様ー、ルクルットが私と交尾したそうにしているっす。襲われそうっすー」

 ルプスレギナの発言は女の子が真っ昼間から口にするものでは決してなかった。

「ルクルット、ふ、不潔です……」

 ニニャが顔をそらし、それでいて耳の先まで真っ赤にしているのは隠せていないため、感じているであろう恥ずかしさが明確に分かってしまう。なお、ルクルットが有罪の模様。またも理不尽である。

 純情な少年には刺激が強すぎたかと、アインズが教育上よろしくない展開に顔をしかめた。

「青春だなー」

「若いっていいでありますなー」

 ペテルとダインが保護責任を放棄し、何やら枯れた発言をしている。アインズより若いはずなのに大丈夫であろうか。

 それにしても余りにもざっくばらんすぎるルプスレギナに頭を悩ませるアインズ。人間を下等生物と言わないまでも、もう少し距離感を持って欲しい。


 今になってみれば、同じ戦闘メイドの一人であるナーベラル・ガンマの方が最適だったかもしれないが、いまさら遅すぎる。

「ルクルットは下半身生物っす!」

 人間を……ただし特定の人間ではあるが……下等ではなく下半身と言い放つルプスレギナ。だから女の子の発言じゃないと……

 更に顔を赤らめるニニャ、ちなみにアインズは護衛対象のンフィーレアの存在を今になって思い出し慌てて彼に注目したが、僕は何も聞いていないとばかりに明後日の方向を向いていた。


 アインズは話題を変える必要性を感じた。特にニニャをフォローしなければいけないだろう。彼にどのような話題を振れば良いだろうかと考えたアインズは、魔法詠唱者が食いつきそうな魔法の話を持ち出す。これならば自身の実益も兼ねているし、専門的になれば周囲の連中が余計な口を出さない腹づもりもある。

 ニニャと魔法の話に興じ、それだけにとどまらず世間一般のことにも及んだ。


「ご飯のこともお願いするっす」

 ルプスレギナが小声でアインズに頼み込んだので、そちら方面の話を振ると塩や砂糖・香辛料を作り出す魔法や農業関連の魔法の存在を知る事もできた。

「砂糖砂糖、甘いのもあるっすね~」

 満足な解答が得られたのか、ルプスレギナの口調は明るい。

 そうこうして随分の時間が経過した。有意義かどうかは非常に意見の分かれるところであろうが。

「動い……」

 ルクルットが引き締まった声色で警告めいた言葉を発しようとしたときであった。

「ゴブリン一五体、オーガ六体が向こうからやってくるっす」

 ルクルットの台詞を遮ってルプスレギナが森を指さし、モンスター達が接近していることを皆に伝えた。

「……」

 いち早く敵を発見し、自身が優秀であることをルプスレギナに自慢しようと格好を付けるチャンスを、その彼女につぶされた形になってしまったルクルット。失意に打ちひしがれて崩れ落ちた。

 そうこうしている間にそのモンスター達が姿を見せた。種類も数もルプスレギナの示したとおりである。ルクルット不要論台頭の先駆けであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る