二人の冒険者(一人と一匹と言ってはいけない)③
ルプスレギナの朝食も済ませ、冒険者組合を訪れたアインズ達、そこは複数の冒険者や組合の人間がいて大変賑わっている。
掲示板に何枚もの羊皮紙が張り出されており、それが冒険者への仕事内容になっているとのことだ。アインズは字が読めなかった。当然ルプスレギナも字が読めない。それに引き替え、他の冒険者は字が読めているのだろう。全員が全員ではなく、パーティーの内の何人かが読めると言った様子もうかがえたが、誰も字が読めないパーティーは存在しないであろう。そう、アインズ達を除けば。
八方ふさがり、このまま百八十度進路を変更し、出口へ向かいたい気分になる。忘れ物をしたとわざと独り言をつぶやき退場する、このようなところかと誤魔化す手を考える。
「ねぇ格好いいお兄さん、ここのお仕事について教えてくれないっすか?お願いっす」
掲示板の前に歩み出したルプスレギナが誰となく声を上げる。甘えた口調を含ませて。
少しばかり後ろから見ていたアインズは、一斉に男どもがルプスレギナに注目するのを見た。それはまるで予行練習でもしていたかのように統一された動作であり、美人に近づくチャンスに飛びつく悲しい男のサガそのものであった。
同時に掲示板を見上げていた男性が、幸運にもそのチャンスをものにした。
「銅の冒険者なんだけど、どんな仕事がお勧めっすか?」
ルプスレギナが首にぶら下げていた銅のプレートを手で少し持ち上げる。その銅のプレートをガン見する男性。そう、今なら合法的にガン見することが出来るのだ。プレートというより、正確にはルプスレギナの魅力的な胸を。
冒険者の割に硬い鎧や胸当てをせず、フリルの付いた上等な布地はとても柔らかそうで、全くもって非常にけしからん。冒険者的な忠告の意味が一割、残りは下心的な意味で。
彼は精神安定化の能力は持ち合わせていなかったが、自力でそれを成し遂げ、依頼の説明を行う。愛想を尽かされる訳にはいかない。虎視眈眈と代わりを狙う連中がうようよいるのだ。
「この仕事は隣町まで荷物を届ける、いわゆるお使い系ですね。こちらは木の伐採、斧の練習がてらに……」
「よしよしよしよし、良くやったぞルプー」
他人に聞こえない小さな声でルプスレギナを褒めるアインズ。恥をかかないで済んだ、これでこの場を切り抜けられる算段が付いたからだ。
アインズはルプスレギナが受けている説明に聞き耳を立てて熟考していた。紹介される依頼は、どれもこれも報酬が少ない。駆け出しの冒険者相手なのだから当然なのだろうが、二つ三つ掛け持ちしてもその日暮らしがやっとな程度だ。差し当たりはこのような金銭面的綱渡りをしなければならぬのか。
「よ、よろしければ、お、私たちのパーティ……」
一大決心をしたその男性が、ルプスレギナを誘おうとする。相手がどのような特技があるのか、どういった者なのか何も確認せずに誘う辺り、完全にルプスレギナの美貌目的である。
残念ながら軽薄と言わざるを得ない要望は、別の男の声によってかき消された。
「仕事をお探しでしたら、私達の仕事を手伝いません?」
四人組の冒険者であった。そのリーダとおぼしき男がルプスレギナを誘う。先ほどまでルプスレギナに解説をしていた男性は、銀のプレートを下げた相手を見て肩を落とした。自身もパーティーの連中もただの鉄、ヒエラルキーは非情である。肩を落とし去って行く鉄の人(なんだか強そうだと勘違いしそう)。心惜しいのか、一度ルプスレギナの方を向くが、もう別の会話に混ざっているため、その麗しい笑顔を拝むことは出来ず、さらに肩を落とすのであった。
アインズはアインズの方で、しまった事態になっているのを感じていた。このままルプスレギナだけ連れて行かれる訳にはいかない。
しかし、ここで自分ものこのこと会話に参加して良いものか。どのように声をかける?「済みません、この者と同じパーティのモモンです。一緒にお願いします」
あーー、なんかとても間抜けな登場だ。ルプスレギナのおまけみたいだ。今後、冒険者として名を揚げるつもりなのに、イマイチ情けないスタートダッシュになってしまわないだろうか。
「ボスに聞いて見るっす」
ルプスレギナがこちらを向いて判断を仰ぐ。何か呼ばれ方が不自然だが、勝手に名前を出すのを控えたのだろう。それにこれならアインズの方に決定権があると相手に分からせられる。そして何より自然に会話に混じることが出来るのだ。ルプスレギナの計算された一言に関心を持たざるを得ない。
「……話を聞かせて貰おうか」
高慢さを織り交ぜて四人組の冒険者に近づく。アインズとしてはなかなかに良いスタートを切れたのではなかろうかと心の中で自画自賛する。
会議室のような部屋にアインズ達が案内される。そこで四人組の方から自己紹介を始めた。
チーム名は『漆黒の剣』リーダーはペテルと名乗った。そしてレンジャーのルクルットに魔法詠唱者のニニャ。
そこから話が脱線して、生まれながらの異能の話、そしてその能力で有名なンフィーレア・バレアレ氏の話と続く。
ンフィーレアと言う人間、ありとあらゆるマジックアイテムを使えるとは、アインズに警戒感を抱かせるには十分であった。
警戒すべき存在。しかし利用価値も高い。
同じようにルプスレギナも感じ取ったのだろう。警戒の色が強い声を投じてくる。
「ンから始まって呼びにくいっす」
呼び間違えやすい、それを警戒しているのだった。そして内緒話をしていないから他の四人にもダダ漏れだ。
「実はわたしもそう思っていました。あまり、他人の名前をとやかく言うのは良くないとは思いますが」
「ああ、俺も」
残り二名もうなずく。ルプスレギナの味方は多い。アインズは難しいこと考えていたのが馬鹿みたいに思えてきた。重要なのに。アウェー感を味あわされるアインズ。それとも何か、この都市に来たのが不正解だったのか?
それはともかく、ドルイドのダインが最後に紹介される。
「では次は私たちの番ですね。こちらがルプー。そして私がモモンです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
そして仕事の内容だ。南方の森の近辺でのモンスター退治。倒した種類と数によって報酬を得られるらしい。報酬ついでにその分割の話になる。
「とりあえず、モモンさんのチームが二名、私たちのチームが四名なので、一対二の人数割りでいかがでしょうか?」
あれ?何か報酬が少ない気がする。
1/2-2/6=1/6
頭の中で式を立て、1/6ほど少ないのでは無かろうか。怪訝に思ったアインズであったが、すぐに気がついた。
ルプーの自慢をしていない!!
実際にはより高度な魔法は使えるが、あえて現実的に冒険者にでもありそうな第三位階までルプーは使える、そしてモモンはそれに匹敵する戦士と、売り込むつもりであったが、すっかり抜け落ちていた。
報酬の話が出てから力自慢するのは、まるで守銭奴では無いか。小市民的な感覚の抜けきらないアインズとしては、ここは我慢を選択した。
兜を外し、幻術で作った顔を見せるアインズ。高評価は期待していなかったが、四人からは微妙の評価のようだ。ちなみにルプスレギナには見るなとこっそりと厳命している。騒ぐこと間違い無しだからだ。
いろいろあって質疑応答となった。
ルクルットが真っ先に、それはもう元気に手を挙げた。
「おふた方はどのような関係なんでしょうか!」
アインズが黙る。ペテル達三人も口を開かない。そしてここに挙げられなかった一名が深呼吸の後、静寂を破った。
「敬愛するご主人様とそのメイドっす!!モモン様万歳っす!!」
……旅に出る直前、いろいろな注意と共に、アインズ自身の呼び方をルプスレギナに教えた。「私のことをこれからモモンと呼ぶように」
その際「モモン様」「モモンさー(まと言いかけて)ん」等と、全然駄目駄目な呼び方はせず、ルプスレギナは「分かったっす」と元気よく答えただけであった。
今の今までモモンの名を呼ぶのを巧みに回避し、ここに来て人前でおおっぴらに様付けし既成事実を作り上げるルプスレギナ。
モモンと呼ぶのは承ったが、様付けしないとは言っていない、キリッ!だいたいこんな感じだ。
「ル、ルプーよ……」
もう今更、冒険者仲間だからと呼び捨てしたり、さん付けしても違和感が出てきてしまう。ルプスレギナにどう言って聞かせようか、口を開いたは良いものの、言葉に詰まるアインズ。
「まぁいいんじゃないですか。敬愛されているなんて羨ましいくらいですよ」
口ごもったアインズにか、それとも咎められようとしているルプスレギナにか、フォローを入れるペテル。
「うへー、俺もルプーさんに様付けで呼ばれてー」
ルクルットは明後日の方向に向かっている。まぁ、これもフォローのひとつなのだろう。おそらく。
「呼んであげるっす」
「ほ、本当ですか!?」
「ルクルット無様っすよ」
それは駄目な呼ばれ方だ。ルプスレギナの加えた余計な一文字がすべてを台無しにしていた。
「ありがとうございます!」
呼ばれた本人はいたって満足の様子だ。大きく頭まで下げて感謝している。原因は何であろうか。都合良く翻訳されている、認識の齟齬、文化の違い、それとも被虐嗜好的要素のためか。
一番最後の可能性が高く思えたアインズであったが、よくよく考えるとルクルットをわざわざ分析することもあるまい。
「こほん、お二人は恋愛関係で無いと言うことですね。でしたら、ルプーさん、俺とつき合ってください!」
咳払いして何を言い出すと思いきや、ルクルット告白。この場にいる全員の視線がルクルットに集中する。
「モモン様……」
主に許可を得なければとでも言いたげに、アインズに尋ねるルプスレギナ。
「……ルプーの好きにするがいい」
色恋沙汰に口出しするほど経験もなく、是も非も命令するのに気が引けるアインズ。一番大きな原因は真面目に考える気がしないのだが。
アインズの対応にルクルットの顔がほころぶ。メイドと主人の関係では主人に妨害されては話が進まない。だが、少なくとも中立的な立場を表明してくれた。これは行けるのではないかと期待に胸を弾ませざるを得ないのだ。友達から?いきなり恋人同士?互いに一目惚れなどであれば、もはや運命の出会いそのものではないだろうか。
胸を躍らせながらルプスレギナの返事を待つ。
「お断りしますっす」
胸の前で、左右の人差し指を使い×マークを作り、はっきり言い放つルプスレギナ。期待をさせておきながらこの仕打ちである。女心って分からんわーと、アインズが兜の中でつぶやいた。
ルクルットの方はつぶやくことすらできなかった。ペテルによるヘッドロックにより<
その上で他に質問が無いことを確認し、早速出立しようと提案するのであった。
アインズとしては後は飲食物を購入するばかりだ。それに対してペテルはカウンターで保存食を購入可能と教えてくれた。なお、ルクルットの抵抗はペテルにカウンターされ、さらに首が絞まった模様。
「ほ、保存食っすか……」
ルプスレギナのトーンは低い。食べたことが無い割に、保存食と言うだけで拒絶反応を示しているのだ。確かに保存食は味が劣る傾向にあるのは否めないが、生気を失ったような瞳がその絶望のほどを物語っている。そこまで拒否感を抱くとは。
「えっと、保存食でも一工夫すれば美味しく食べるものですよ」
ニニャが落ち込むルプスレギナを励ます。冒険者生活を続けていれば、いろいろ生活の知恵が出てくるものなのだろう。軍隊内での食事は士気にも関わると言われており、冒険者も似た側面はあるのは想像に難くない。食生活の向上はひいては生存率の向上にもつながり得るのだ。
「ほ、本当っすか!ニニャちゃん頼りになるっすー」
ニニャの頬を頬ずりしながら感激するルプスレギナ。
食欲旺盛、もう少し明確にすると食いしん坊、もしくは食い意地の張ったルプスレギナである。……酷い言い方であるが、まさに身をもって体験したアインズにはこれくらい言う権利はあるだろう……端的にこの状況を表すとすれば、ニニャに餌付けされてしまった。
そして、ペテルから解放されたルクルットが、二人のやり取りを見て何かに思い立ったのか、無言で財布とおぼしき小袋の中身を数え出す。
「リーダ、ありったけ金を貸してくれ」
沈黙の後、手を止め口を開いた言葉はお金の無心だ。
「美食家のルプーさんのために美味しい食料買い込んできますね」
美食家……物は良い様だなオイ。アインズが心の中で突っ込みを入れる。しかし、食べ物に釣られて預かっている親友の娘を持って行かれました、となれば決して言い訳が出来ないだろう。
すぐにでも、『えさを与えないでください』と看板を作らねば。いや、まずこの世界の字を書けるようにならないと。学んだ語学の成果を生かすのには、相当にむなしさを覚えざるを得ないだろうが、優先順位は高いかもしれない。
ルクルットがペテルより受け取ったのは、金・銀・銅貨のたぐいでは無く、鉄であった。実際には鉄拳制裁。
「済みません。このように罰を与えていますから許してください」
たかが食事の話が出ただけで横道にそれてしまったが、それでも今後の進路がまとまったこととなり、会議室を引き払う。
受付嬢がアインズの姿を(もちろんモモンとしてだが)確認すると、口を開いた。
「モモンさん、ンフィーレア・バレアレさんからご依頼です」
つい先ほど聞いた有名なタレント持ちの名前だ。半ば紹介された形になった少年が近寄ってくる。
「ンフィーちゃん!」
ルプスレギナが彼を指さしかなり気軽に名前を呼んでいた。
「キャイン」
思わずルプスレギナの頭にチョップをかましてしまうアインズと、可愛らしい悲鳴を上げるルプスレギナ。
アインズは元ビジネスマンとして、初めて会う、それもクライアントにちゃん付けとは許せなかったのである。
それも勝手に短縮してとは。あれか、呼びにくいから愛称を付けてみました、か?言語道断である。あと人差し指という名称であるが、余り人を指すものではない。この世界の文化はどのようにとらえるか分からないが、相手を不快に思わせる可能性も考慮しなければならないのだ。
ガントレットでかなり強くかましたが、プレアデスのなかで頭一つ高い物理防御を持つルプスレギナだ、平気だろう。
ルプスレギナに元ビジネスマンとして常識を肉体言語にて教えた以上、アインズ自身もビジネスマンとしての常識で行動しなければいけないだろう。既に漆黒の剣と仕事の契約を交わしたのだ。名指しの依頼とは光栄であるが、ここは断らざるを得まい。
だが、漆黒の剣の一同の意見を受け、ひとまず全員でンフィーレアの話を聞くこととなり、つい先ほど引き払ったばかりの会議室に戻る。
ンフィーレアの依頼内容は、端的に表現すると彼の警護と森での薬草採取への協力であった。
「警護ですが。なるほど」
アインズは自身が警護任務に向いてはいないと自覚があったが、ルプスレギナなら問題なくこなせると考えていた。クレリックとしてのレベルが高いためスキル・魔法による各種防御や支援手段があり、例えアインズが敵を討ち漏らしてしまい、敵の接近を許したとしても、単独で粉砕可能な戦闘能力も持つ。実のところ、近接戦闘はアインズよりもルプスレギナの方が上かもしれないし。
また、万一ンフィーレアが負傷することがあっても回復可能でもある。諸々を考慮すれば少年一人位なら問題なく警護できるであろう。
そう自信を持ってルプスレギナの方を見た。
「おっ、お目々があったっす」
そのルプスレギナはンフィーレアのおかっぱを下からのぞき込んで、彼に目があることを確認していた。彼を護衛対象として見ていない、もちろん依頼主とも見ていない。構って楽しいおもちゃあたりとして見ている有様だ。
チョップ追加。
警護任務は別の意味で任せられない。猫に魚の番どころでは無いだろう。そこでアインズは閃く、漆黒の剣のメンバーに任せようと。
アインズの思った通りに話がまとまり、漆黒の剣もンフィーレアの仕事に参加することとなった。これでルプスレギナの暴走を防げる、そのためなら報酬が少々減るくらい問題ないだろう。このときのアインズは楽観的であった。(←伏線)
「それと僕はンフィーレアと呼んでいただいて結構ですから。えっと、ンフィーちゃんでも構いません」
後半は、ルプスレギナの期待に満ちた視線を受けて、半ば言わされたものだ。
本人が構わないと言っている以上、ンフィーちゃん確定である。
「ルプーさん!俺のこともちゃん付で呼んでください!」
ニニャに続きンフィーレアもちゃん付けされたのに触発されたのか、ルクルットが自らもちゃん付けされることを望んでいた。
「呼んであげるっす」
「ほ、本当ですか!?」
「ルクルットちゃんとしろっす」
またも駄目な呼ばれ方だ。そして自分のことを棚に上げず、ルプスレギナ自身もちゃんとすべきだろうと嘆息するアインズ。
「ありがとうございます!」
呼ばれた本人はまたもまたも満足の様子だ。やはりルクルットの被虐嗜好のためだろうか。割れ鍋に綴じ蓋とのことわざが頭に浮かぶ。もしくはSとM。
そうアインズが適切な評価を下している内に、旅の行程もろもろが決定していく。
そしてンフィーレアが声を上げた。
「では準備を整えて出発しましょう!」
「そうじゃないっす、こういった場合は、『僕たちの旅は始まったばかりだ』って言うっすよ」
ンフィーレアの号令に待ったをかけるルプスレギナ。それは余りにも不吉で終末を暗示する発言であった。だが、この世界ではそのような認識は存在しないのだろう。
「おお、さすがルプーさん。とてもやる気が出てきました!」
お調子者ルクルット、もうお前はルプスレギナが何を言おうと構わないんだろう。アインズがぼやく。
「いいですね、それで行きましょうよ」
漆黒の剣のリーダーが賛成し、皆にリーダーらしく同意を求めた。
「素晴らしい号令である」
「前向きな気持ちになりますね」
他のメンバーもうなずき、改めてンフィーレアが声を上げる。
「僕たちの旅は始まったばかりだ」
そこにはひとかけらの不安もなく、ンフィーレアに集中する瞳も皆輝きに満ちている。前途への希望で満ちあふれているそのものあった。
いすの背に体重を預け、全身鎧の中でぐったりとしているアインズ一人を除いて。
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