二人の冒険者(一人と一匹と言ってはいけない)②
ややあったが、ようやく二階の部屋に到着する。階段越しに一階の喧噪が伝わってくるが、扉を閉めてそれらを遮る。
部屋は値段なりの物であった。すなわち粗末そのもの。下っ端冒険者の置かれた立場を物語っていた。
冒険者は夢のない仕事と嘆くアインズ。
「他の冒険者に夢がなくても、私たちに夢があればいいではございませんか」
ルプスレギナが兜を脱いだアインズを見つめていた。
そうだ、世間の冒険者がどうであろうと、自分ががどのような冒険者になるかが大事なのだ。失望する必要はどこにもない。この目の前に自身を案じてくれる仲間までいるのであればなおさらであろう。
骨の顔では目を細めることも出来ないが、ルプスレギナに優しい視線を向ける。
「ちなみに、私の夢はいろんな所の料理を食べ歩きたいっすね。もちろんおやつもっす」
ルプスレギナの語る夢は説得力があった。かなり悪い意味で。アインズが言って聞かせた冒険の意味、情報収集や名を上げると言ったことは頭に残っていないようであった。
もう一度言って聞かせるという選択肢を放棄し、難しいことは己でなんとかしようと強く決意するアインズ。
そうこうしていると、扉の向こうから声がかけられる。食事の用意が出来たらしい。ルプスレギナがそわそわし出す。
食事を持ってきて、ここで食べるように言って聞かせる。なにぶんアインズ自身は食事を取ることが出来ず、他人の前で取り繕うことが難しいからだ。その点、部屋に籠もって食事をしたことにすれば誤魔化しが効く。
一階に降りていき、しばらくして上機嫌のルプスレギナが戻ってきた。計五つの皿と椀、二人分の料理をさすがメイドとばかりに器用に持っている。
その表情は普段からは想像出来ないほど真剣そのものだ。「こぼしてなるものか」とルプスレギナの目が語っていた。
小さな机にそれらを並べる。だが食事の準備が完了したのにもかかわらず、ルプスレギナはじっとしていた。正確にはじっと食事を見つめていた。
微動だにしない。ルプスレギナは待望の食事を前にして微動だにしなかった。見た目が貧相な食事だからか。それとも嫌いな物でも入っていたのだろうか。アインズには理解が出来なかった。
今なおじっとしている。
部下の置かれた状況を知ることは、上に立つ者として当然の責務である。アインズは経験や知識を総動員して推測する。
状況的から判断して一つあり得そうな状況を想像する。ルプスレギナは『待て』の状態を維持しているのでは無いかと。
独り身で犬など飼えようはずがなかったが、知識としてなら犬の習性を知っている。
良くしつけられた犬は、食べ物を目の前にしても勝手に食べたりせず、主人の許しをじっと待つらしと。
「ル、ルプーよ、食べて良いぞ」
「いただきますっす!」
慌てて待てを解除するアインズ。あくまで推測の域を出ていなかったが、ルプスレギナ反応を見てそれが正しかったと確信に変わった。
ルプスレギナ=良くしつけられている……何故だろうか?イコールで結ぶには確信が持てなかったが。
「素朴な味がいけるっすね。肉もちょっと固いけど、食べ応えがあると思えば平気っす」
ルプスレギナは非常に満足そうである。てっきりナザリックの料理以外は気に入らないとか、酷評が飛んでくるとか思ったが、あっという間に平らげるのなら問題ないのだろう。
「ごちそうさまでしたっす」
行儀良く食後の挨拶まで行うルプスレギナ。そしてアインズに一言断り食器を返しに一階へ降りていく。
その後ろ姿を見送るアインズ。二つの三つ編みを大きく揺らす後ろ姿は犬がしっぽを振っているようでもあり、お腹が膨れて上機嫌であるのが手に取るように分かる。いやいや、そのような例えはいくら何でも酷いと顔を横に振り思い直す。
ルプスレギナが戻ってきた後、冒険での注意をくどくならない程度に一つ二つ行う。
そうこう時間をつぶしていると、ルプスレギナの頭が少々縦に揺れだしてくる。食べたら眠くなってきた、もの凄く分かりやすい反応であった。
しかし、ちらちらとアインズの方を見ては小さく気合いを入れていた。
「アンデッドである私は疲労しないが、ルプスレギナはそうではないのだ、遠慮せずに休むといい」
取り立てて今やるべきことは無いのだ。休める内に休むのも冒険者の心得だろう。
「お休みしますっす」
ルプスレギナは簡素なベッドにダイブすると布団の中に潜り込んだ。あっという間にすやすやと眠りにつくルプスレギナ。寝付きは相当に良いようだ。
ナザリックNPCはアインズに対して敬意を払いすぎる嫌いがあり、アインズの前で一人休息するなど拒むであろうが、ルプスレギナはそうではなかった。
だが、アインズにはこれを咎める気は無い。そもそも崇拝じみた真似は控えるようにと言い聞かせてあり、素直にその指示に従っているのだから。それにアインズとしても堅苦しくなくて助かっているのだ。ちょっとフランクすぎる気もするが。
ルプスレギナは、本当にすやすやと眠っている。こちらに向けている寝顔は愛らしいと言わずしてなんと言おうか。
ナザリックのNPC全員に平等に愛情を注ぐべきと頭で考えていても、やはり手の届く範囲の者に目をかけてしまうのは仕方の無いことなのだろう。
仲間の作りだした子供も同然であり、ダメな子ほど可愛い面もあり、そもそもこれからの冒険を共にする大切な仲間だ。
思わず頭をなでようとしてガントレットを装備しているのに気づく。さすがに堅い金属防具でなでる訳にはいかない。装備を外し骨の腕を晒す。これはこれでむき出しの骨であり、硬いのだが気持ちの問題でもある。
帽子、それとも頭巾か?耳型のついたそれ越しに、そっとルプスレギナの頭をなでてやる。寝るときも付けたままなのか、外してしまうとオオカミ耳があるんだったっけ?等と考えながら、なで続けた。
が、突如ルプスレギナに動きがあった。アインズの腕をしっかりと掴み、しゃぶりつきだしたのだ。
「ええええええぇえっ!?!?」
まずは精神の安定化が行われ、幾分冷静さを取り戻した頭で分析する。ルプスレギナの行動は何を意味しているのか考えるんだ。
うん、犬だ。
先ほどの前振りは間違えていなかった。アニメ辺りで登場する骨を与えられた犬のように、夢中に、文字通り本人は夢の中であろうが、アインズの骨をかじり、舐めまわしている。ダメージは入らないし痛みもなければ実害もない。が、奇妙なくすぐったさを覚える事もあり、気持ちの良いものでは……
布団を蹴飛ばし、体勢を変えたルプスレギナが腕を胸に抱きしめる。彼女の温もりと柔らかい感触が骨に直接伝わってきた。
……正直かなり気持ちの良いものでした。
精神の安定化をもう一度受け、我に返るアインズ。
もちろん起こすことはできる。だが、今でこそ睡眠を取る必要がなく感覚が薄れているが、眠りだして中途半端に起こされると非常につらい思いをするのを過去に何度も体験している。
ならばルプスレギナが自然に起きるまで待つこととしよう。なに、そのうち目を覚ますだろう。アインズ自身は疲れ知らずなのだ、悪くない気分でもあるし少々ルプスレギナの好きにさせてやってもかまわないではないかと。
そして骨をしゃぶられながら、朝チュンを迎えた。
朝チュン、アインズこと鈴木悟にはその経験が無かった。しかし、それを嘆いたりする必要はない。実のところ汚染が進んだ地球では、野生の雀、またはそれに近い小鳥たちが朝を歌って祝う事は遠い昔のお話なのだ。
故に『朝チュン』を実体験した者は皆無と言える。言葉だけが表現手法として生き残っているに過ぎないのだ。
だが、今この状況はどうだろうか。一室で男女二人きり。数え切れないほど行われた口づけ。相手の体温でぬくまる体。決して離さない抱擁。そして明るい朝を告げる小鳥たちの鳴き声。
箇条書きだけならば完全に朝チュンであった。
ねんがんの朝チュンを体験したぞ。
「いや違うだろコレ」
今もまだ甘噛みされている右の前腕部分を見つめて全否定するアインズ。恐るべき箇条書きマジック。どこの誰がマジックキャスターなのか分からないが。
「……はぁ……そろそろ起きろ、ルプー」
どんよりとするアインズの心中はともかく、室内は明るさを増しつつある。階下では何人もが活動し始めている。今日は冒険者組合に行く予定もあり、惰眠をむさぼる訳にはいかないのだ。と、骨をむさぼられながら考える。
「ふにゅう……お、おはようございます!!」
寝ぼけ眼で認識したのが自らの主人と知ったルプスレギナが元気よく挨拶する。
「夢を見たっす。たくさんの骨が出てきて、美味しい骨が……はぁ、満足っす」
聞かれてもいない夢の内容を語り出すルプスレギナ。言葉だけを取り出すと、一般人感覚では悪夢に分類されるであろうが、ルプスレギナにとって幸せいっぱいであったのであろう。
確実にアインズが原因である。もっと詳しく分析するならば、アインズの骨がルプスレギナに気に入られたからである。
骨愛好家としてはシャルティアの名を挙げられるが、ルプスレギナもその一員なのだろう。
シャルティアはアインズの骨を芸術品張りの美しさと褒めちぎっていたが、ルプスレギナたまらない極上の味と認識しているようだ。
骨まで愛すると言われるが、その愛情の形もいろいろあるのだろう。
もてもてで嬉しい……のか?
「私はよく予知夢を見るっす。はぁー楽しみっすねー、積み上げられた骨の山ー」
朝から元気いっぱいのルプスレギナ。朝から疲れないはずの体と精神に疲れを感じるアインズ。アンデッドだもん、朝弱くても仕方ないよね。
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