第二十六回

きっとこれは、恋の形

【枯れ尾花】

【地域限定と銘打たれた、よくある量産品】

【恋とはどんなものかしら】

<ホワイト・ライ>




「ねぇ、カヤちゃんあのね、あの……」


 そう言ったきり口ごもるユウちゃんに首を傾げる。

 いつも無邪気に笑っているユウちゃんの肌が、心なしか青い。

 どうしたのだろう。

 じっと黙って視線で促せば、ユウちゃんはやっぱりしばらく躊躇ったあと、ようやく口を開いた。


「あの、あのね、カヤちゃん。なんかね、変なの、最近」

「変?」

「そう、変なの。なにか、なにか、変なの」


 変なのと繰り返すユウちゃんに、どうしたものかとまた、首を傾げた。

 一体何が変なのか、全く要領を得ない。

 けれど、その青い顔を見れば茶化すわけにもいかなかった。


 不安そうに胸の前で握り締められている手に、そっと手を重ねてみる。

 まだそれほど冷える時期でもないのにひんやりと冷たくて、ユウちゃんがどれだけ怯えているのかが良く分かるようだった。


「ユウちゃん、ごめんね、変なの、じゃ良く分からない。ちゃんと教えてくれる?」

「う、うん、ごめん……」

「大丈夫、謝らなくて良いよ。ゆっくりで良いからね」


 ありがとうカヤちゃん、と呟いたユウちゃんのくりっとした可愛らしい目には、涙が滲んでいる。

 抱き締めてあげたいけれど、ぐっと堪えた。

 今は、まだ。


「あの、ね、最近、部屋が……変、なの。物が動いてたり、物音が、したり……」

「え」

「お……おばけ……とか……いるかも、知れない……」


 ユウちゃんはそう呟くなり、ふるりと身体を震わせた。

 その様子を、思い出しているのかも知れない。

 ユウちゃんは、心霊系の話が大の苦手なのだ。

 大して怖くない心霊番組で、泣いてしまうくらいには。


 あまりに怯えた様子に、思考を巡らせる。

 どうしたら良いだろう。

 残念ながら、私には霊能力の類いは一切ないのだ。

 しばらく考えてみるけれど、出来ることといえばこれしかないと、ひっそりと頷く。


「ユウちゃん、明日辺り、ユウちゃんの部屋に行っていい?」

「え……?」

「よく分からないけど、とりあえず部屋見せて? 何か分かるかも知れないから」

「あ、ありがとうっ、カヤちゃん……っ」


 よほど心細かったのだろう。

 本当は一緒にいて欲しいと言いたかったのと、本格的に泣き出してしまったユウちゃんを、慌てて抱き締めた。

 とにかく、そういうことで私は、ユウちゃんの部屋に向かうことになったのだ。




 大学の最寄り駅から二つ目、徒歩で十五分ほどいったところに、ユウちゃんは住んでいる。

 一応というか、招かれる形で向かうのは初めてだ。

 少し、緊張してしまう。


 ユウちゃんが住んでいるのは、少し古いマンションだ。

 セキュリティは大丈夫なのかと心配になるけれど、あまり物を捨てられないタイプのユウちゃんには、新しいワンルームより、同じくらいの家賃で広めの部屋が嬉しいらしい。


「えっと、散らかってる、けど」

「大丈夫大丈夫」


 お邪魔した部屋は、確かに私の部屋と比べて物は多いけれど、散らかっているという感じはない。

 いや、私の部屋は本当に必要最低限の物しか置かないから、比べるのは良くないかと思い直す。


「それで? 動いてる物って、例えば?」

「うん、と、色々、なんだけど……寝室と……あとは、キッチンとかお風呂場とか……水場、かなぁ……水場って、ほら、その……出やすいって、聞くから」

「なるほどね……物音も?」


 うん、声を震わせるユウちゃんの頭を撫でる。

 幽霊なんているはずがないのにユウちゃんはすっかり怯えていて、可愛いなぁと思いながらソファに座らせた。

 テレビでもつけて、待っていて貰おう。

 ひとりになることも嫌な様子だったけれど、物音などの元を探る方が怖かったのか、結局従ってくれた。


「勝手に見て回って大丈夫?」

「うん、ごめんね」

「私が好きでやってるんだから、気にしないで」


 もう一度、ユウちゃんの頭を撫でて、私はリビングを出た。

 まずはどこだろう。

 まぁ、キッチンはリビングから見える位置だから良いとして、とりあえず、お風呂場からにしよう。




 お風呂場のドアを開けてざっと見渡すと、改めて細かい部分を見ていく。

 シャンプーの位置にコンディショナーの位置、その他の物も、洗面台に置かれたコンタクトのケースも、なにも、変わったところはないようだ。

 ユウちゃんのものと思われる、黒い髪の毛一本落ちていない。

 勿論、茶色がかったものも。

 大丈夫大丈夫とひとり頷いて、お風呂場をあとにする。

 次は寝室だ。


 ユウちゃんの住むマンションは古いから、どの部屋も和室になっている。

 畳の上にラグだとかを敷いてあるから、それだけを見れば分からないけれど、振り向けば、ドアの横に押入れがあるからすぐに和室と気付くのだ。


 押入れと、天袋をじっと眺める。

 ユウちゃんは背が高くなくて取り出しにくいから、天袋は使っていない。

 ユウちゃんは。


 染めて傷み気味の髪を耳にかけて、天袋へと手を伸ばした。

 窓の位置の関係で、中は良く見えない。

 私は押入れを開けて、横に仕切る棚板へ足をかけ天袋を覗き込んだ。

 相変わらず暗いけれど、何も支障はない。


 うん、大丈夫、大丈夫。


 じっと視線を巡らせて何もないことを確認した私は、リビングへと戻る。

 それと同時に、ユウちゃんがすっ飛んで来た。

 やはり心細かったらしい。


「カヤちゃんっ」

「ユウちゃん。大丈夫、何もないし、何かの気配もないよ。上の階の音とか聞こえたんじゃないかな。物の位置も、疑心暗鬼になってたって可能性もあるし」

「そ、う……なのかな……」

「うん、きっとそう」


 ユウちゃんは納得いかないのか、少しだけ肌の色は戻ったけれど表情は未だ晴れない。

 想定内のその表情に、私はひっそりと口角を上げて自分の鞄を探った。

 お目当ては、某有名キャラクターのぬいぐるみだ。


 すぐに見付けたそれを、ユウちゃんへと差し出す。


「これ……?」

「まぁ良くあるお土産品のぬいぐるみなんだけどね。ちょっと恥ずかしいんだけど、私の相棒っていうか、そんな感じ。私の代わりにベッドサイドにでも置いといてよ。お守り代わりにね」

「え、でも、悪いよ」

「いいのいいの。いつか安心出来たら、返してくれたら良いから」

「カヤちゃん……ありがとう……借りるね」


 ぎゅっと抱き締められたぬいぐるみに沸いた密かな苛立ちは、微笑みの奥へとしまい込んだ。




 暗い部屋で、じっと眺めるのはパソコンの画面。

 移動する映像に少しだけ酔いそうだなと思いながらも、目を離すことは絶対にしない。


 暗くなって、そして、また明るくなる。

 少しして映像が動かなくなり、ああ、約束通りベッドサイドに置いてくれたのだと嬉しくなった。


 ユウちゃんが、押入れを開ける。

 クローゼット代わりになっているそこから取り出されたパジャマを見ながら、ユウちゃんは本当に可愛いなぁと笑みが溢れた。

 観察を続けていれば、どうやら少し迷っているらしいと気付く。

 やっぱりまだ幽霊の存在がないとは信じ切れなくて、お風呂に入るのが怖いらしい。


「もう今日は、物音がすることも物がずれることも、ないのに。霊感があるフリでも、しておけばよかったかな」


 ううんと唸る。

 ユウちゃんが怖がりなのは、良く分かっているのだ。

 しばらく、そばで様子を見つめていたから。


 物音の原因は、いないんだよ。

 今日からしばらくは、画面越しで我慢するから。


 そう、ぬいぐるみの中に仕込んだカメラの向こうで未だ悩んでいるユウちゃんに、そっと囁いた。


 恋っていうものが、良く分からない。

 ユウちゃんがいつか教えてくれたら良いのにと、そんなことを考えながら、飽きることなく、ユウちゃんを見つめ続けた。

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