最愛の青
【アシンメトリィ】【涙の理由を】【歩くような速さで】【次回作にご期待ください】
(これも第何回か忘れてしまいました……)
シルクのように細く艶やかな金糸を、慎重な手付きでくしけずる。
強く引きすぎないよう心掛けながら結い上げると、それを緑色の宝石で飾った。
私の色だ。
私の、瞳の色。
鏡越しに視線を合わせた彼女は、微かな笑みを浮かべている。
微かに開かれた唇は柔らかな弧を描いていた。
そのまま見つめていれば、白い目蓋がわずかに伏せられる。
あまり見つめ過ぎたらしい。
椅子を回り込んで、正面に立つ。
美しい彼女の青が、私を見上げている。
「お手をどうぞ、私の愛しい人」
「……ありがとう、マエストロ」
私の手に載った彼女の右の指は、温度を感じさせない。
温かくも、冷たくもなく――無機質な、彼女の手。
その繊細さに改めて満足感を沸き上がらせながら、ホールの中心へと導いた。
白いドレスを纏う彼女をそこへ待たせ、壁際の蓄音機へと近付く。
レコードへ針を落とせば、流れ始めるのはワルツだ。
アンダンテと楽譜に記されているそれが、彼女と共に出来るダンスの限界だった。
アンダンティーノでは、やはり少し速すぎる。
けれども、それが彼女の優美さを際立たせているように思う。
「踊って頂けますか、愛しい人」
「ええ……喜んで、マエストロ」
右手を彼女の細い腰へ、左手で彼女の右手を取る。
彼女の赤い唇は、相変わらず、聖女のような微笑みを浮かべていた。
ダンスは、私が教えた。
いや、ダンスだけではない。
全て、全て――知識も何もかも、私が与えたものだ。
リズムに合わせて、ステップを踏む。
彼女の右の瞳がシャンデリアの光を反射し、なお一層青く輝いている。
なんて美しいのかと――そう思いながら、私はそっと溜め息をついた。
右の瞳は美しい。
けれども、左が宜しくない。
「何故泣くのです、愛しい人」
私の問い掛けに、左目だけから涙を流す彼女は初めて、微笑みを歪めた。
すっと、心のどこかが冷えていくのが分かる。
「私の涙の理由を、お尋ねになるのね、マエストロ。貴方はよく、知っているはずでしょう」
そう宣う彼女へ、首を傾げてみせる。
余計に歪んだ表情のせいで、右目からも涙が溢れた――赤い赤い、とろりとした涙が。
「貴方は何故、私を
私の肩にあった、温かな彼女の左手が私を突き放す。
そして彼女は、無機質な右手を『取り去った』。
右手は硬質な音を立ててホールの床へ叩きつけられ、そして、ひび割れる。
「何故泣くのか? ――何度言わせりゃ済むわけ。アタシはね、アンタが憎いんだ」
そんな言い分に、思わず溜め息を吐いた。
社会のクズだった彼女を、私の初恋の人である、微笑みの聖女――ステンドグラスで作られたあの美しい人――に作り替えるのは、本当に難しい。
そう、始めに奪ったのは右目だった。
虚になったそこへ新しい右目を――微笑みの聖女が持っていた硝子の瞳を与えて、そして、死にかけの彼女に躾を施した。
言うことを聞かない彼女の右手首から先を奪って、新しい手を与えてやって、そしてまた躾を施した。
次は足首から先を。
膝から下を。
肘から先を。
肩から先を。
そうして何度も奪って、何度も与えて、何度も躾をして――そうしているのに、彼女は一向に、反抗し続ける。
――全く、困ったものだ。
「返せよ……アタシの右目を」
「おやおや、知っているだろう?」
首を傾げる。彼女は、キツく唇を噛む。
「君の右目は、僕が飲んでしまったと、何度も言っているじゃないか」
彼女の噛み締めた唇を、赤が濡らした。
見開かれた右目は、赤い涙をこぼしながら、青い硝子を産み落とす。
――全く、困ったものだ。
何度目になるやり取りだろうか。
また、右目を填めてやらなければいけない。
そしてまた、躾を施さなければいけないようだ。
「ッ、あぁぁあああッ」
「何度作り直せば君は、その瞳に相応しいレディになるのだろうね?」
切り落とした彼女の左手首を眺めながら、そっと溜め息を吐いた。
――全く。次回作にご期待くださいなんて、そんな言葉にはもう飽きたのだけれどね。
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