にごたんGW
木葉散らす風
にごたんGW
お題【相転移】【旗あげゲーム】【不特定多数】【見知らぬ天井】
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手を繋ぐ。
それだけで、全身が焼け焦げてしてしまいそうなほどの熱が生まれている気がしていた。
彼女はどうだろうなんて思いながら隣を窺えば彼女は彼女でカチカチに固まっていて、きっと漫画みたいな絵にしたら顔から湯気が出ているんじゃないかと思う。
このまま蒸発して、もし彼女が空気に溶けてしまったら、私は地球を包み込む大気全てを自らに取り込む方法を考えなくちゃいけないだろう。
「ねぇ、大好きよ」
そうやって耳元で囁けば、彼女はもっと顔を真っ赤にして、けれど今にも泣きそうな顔をした。
その理由を私は良く知っている。
知った上で愛を囁いて、彼女を溶かす。
私は狡い。
「ねぇ、かざねちゃん、貴女は?」
「う……あの……こずえさん、の、こと、私も、大好きっ」
「ふふ、ありがと」
いっぱいいっぱいになりながらでも、ちゃんと告げてくれる彼女が愛おしい。
胸の奥底から溢れる熱は、何物にも代え難い大切なものだ。
誰にも、何にも奪われたくない、奪わせない。
世間体を気にする家族にも、蝕んでいく病にも、絶対に。
この世界に生きる人間は皆、旗あげゲームをしながら生きているようなものだ。
赤上げて、と言われたら赤を上げなきゃいけないし、白下げて、と言われたら勿論白を下げなきゃいけない。
もし赤を上げる時に白を上げてしまったら、もし、赤を下げてしまったら、そこでゲームオーバー。
旗あげゲームという世間から、つまみ出されるしかないのだ。
かざねちゃんは女の子だった。
私も、女だった。
かざねちゃんは十八歳で、私は二十六だった。
でも、愛してしまった。
許されない恋だった――いや、恋だなんて、そんな軽いものじゃない。
許されない、愛だった。
私の身体に見つかった病が、罰だなんて馬鹿なことは言わせない。
だって、私達は罪人じゃない。
愛しただけ。
命をかけてでも愛し抜きたい人が、同性だった、それだけなのだから。
ただ、私達の間に時間が残されていないことは、紛れもない事実だった。
かざねちゃんの髪がそよぐ。
私のロングスカートもそよいでいて、温んだ風が足首に絡む。
「風が、強いね」
「でも、すごく綺麗な青空です」
「そうね、ちょっと、うるさいけど」
「あはは、うん、それは否定しないです」
笑い合って背中を後ろに傾ければ、背中側からは、かしゃん、と金属がぶつかる音がして、下からは叫び声が響いた。
うるさいなぁ、と、頬を染めたままのかざねちゃんが笑う。
可愛くて愛しくて――見ていたいのに、見ていられなくなった。
知らない顔が、私達を見上げている。
たくさんの顔が見上げている。
視力なんて人並みだからその人間達がどんな顔をしているのかなんて見えないけれど、きっと大多数が、迷惑がったり面白がったりしているのだろうなぁと思った。
不法侵入したこのビルの屋上は、私達にとってのチャペルだ。
今日は私達の結婚式で、そして――お葬式。
「ねぇ、本当に良いのね」
散々愛を囁いて溶かしておきながら、そう尋ねる私は狡い大人だと思う。
だってどうせ、選択肢を与えているようで、欠片も与えていないのだから。
一緒に死んで欲しいと言ったのはかざねちゃんだった。
私はその時にきっと、本当なら止めなきゃいけなかったのだろう。
それなのに私はわずかに悩むでもなく頷いて、そして、今日の計画を立てた。
いっそのこと共に死んで欲しいと思っていたのは私も同じだったから、かざねちゃんが心変わりしない内にと全てを決めてしまったのだ。
「こずえさんと一緒にいられない世界なんて、いりません」
真っ赤な顔をして、恐怖に震えながら、かざねちゃんが私の手をきつく握る。
ああ――洩れた溜め息は、喜びなのか、それともかざねちゃんを連れて行こうとすることへの罪悪感なのか、分からない。
けれどもう、後戻りは出来なかった。
屋上に張り巡らされたフェンスの外側で、私達は二人、足を投げ出して座っているのだから。
「ね、こずえさん、言ってください」
かざねちゃんの頭が肩に載る。
なんて愛しくて、哀しいのだろう。
「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも……死が二人を、分かとうとも、死んだあとだって……かざねちゃんを愛すと誓います」
「私かざねもっ! 健やかなるときも、病めるときも……死んじゃっても、地獄に落ちちゃったとしても、もし生まれ変わって人間になれなくても、こずえさんを愛すると誓います……っ」
私達が交わす誓いのキスを、下から見上げる人間達はどう思っただろう。
ああ、でも別に、知らない奴らなんか、どうでもいいか。
微笑みあって、そして。
――きゃぁぁああああああ!
風になる。
墜ちていく。
「あいしてる」
鈍い音と、ブラックアウト――――――
――
――
――
――
――――√V――
機械音。
空気が洩れているような音。
人々のざわめき――いや、これは、風の音だ。
風が、梢を揺らす音。
眩しさが目蓋を刺して、煩わしさに目を開ける。
白い。
見上げた天井に、レールみたいなものと、そこから下がる白いカーテンが見える。
ここは、どこだろう。
いまいち、見覚えがない。
「っ! ああっ! 風音、風音っ! 目が覚めたのね! ああ、ああ、良かった、ああ……っ」
聞き覚えがあるような、ないような声がして、やけに重く感じる頭をそっちに向けると、四十代くらいのおばさんが泣いていた。
誰。
そう呟いたはずの声は掠れていて、自分の耳にも届かない。
それでも私が何を言ったのか理解したらしいそのおばさんは、その場で泣き崩れた。
すごく、悪いことをしてしまった気がする。
でも、私は、それ以上の何かを感じることはなかった。
ただ――何か、とてもとても大切なものを失ってしまったような、そんな虚しさに勝手に涙が溢れて、いつまでも、止められなかった。
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