1-6
彼女に会えたのは、最後に顔を見た日から六か月が過ぎた頃だった。半年ぶりに会えた彼女は、随分と痩せていた。
「ごめんなさい」
私の家まで来てくれた彼女は、開口一番そう言った。
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「……謝らないでください。私が、先輩を連れて行ったんですから。誰も、信じてくれないけど」
「違う、わたしが、わたしがあんなことを言ったから、だから」
「それこそ、違います」
彼女はひたすらに謝り続けた。私は彼女にもう一度会えただけで充分で、謝られるのは嫌だった。
あのあと、彼女の父親がどうなったのかは教えてくれなかった。とにかく彼女は今、施設にいて、高校には通わず職業訓練校に通うつもりだと。前に進めているようで、安心した。
「先輩、どうして、私に恋人になって、なんて言ったんですか」
どうしても聞きたかったのは、それだけだった。彼女は何故、接点のなかった私を恋人にしようと思ったのか。私なりに考えてもいたけれど、結局、わからずじまいだったのだ。
「……最低なこと、言うよ」
「はい」
「……あの頃は、すごくつらくて、わたしと違って普通の家庭に育ったはずなのに、全然幸せそうじゃない人たちが羨ましくて、妬ましく感じてたの。そのとき、あなたのことを知って、普通の高校生なのに、全然楽しくなさそうで、腹が立って。告白を断られたら、いろんな人にあることないこと言いふらして回って、評判を下げてやろうと思った。受け入れられたら、あの子はおかしい子だって言って回ろうと思ってた」
彼女からの答えは、思っていたよりひどいものだった。きっとあまりいい理由ではないんだろうな、とは感じていたけれど、予想をはるかに上回るひどさだった。
それでも彼女を、嫌いにはならなかった。
「恋人になって、話すようになって、すごくいい子だってわかってから、自分がどれだけ最低なことをしようと思っていたのか思い知らされて、苦しくなった。だからせめて、恋人でいようと思った。ごめんなさい」
彼女の目に涙が溜まっていく。ああ、ひどいな、やっぱり彼女の涙には勝てない、と思った。
「そんなつもりじゃ、なかったの」
ついに落ちた涙が、彼女のスカートに染みを作る。私のズボンにも、同じものができた。
「私だって、そんなつもりじゃ、なかったんですよ」
胸が苦しかった。私だって、全然、最初はそんなつもりじゃなかったのだ。普通の高校生だったのだ。きっと、彼女に恋人になろうだなんて言われてなかったら、つまらないなんて思いながら、普通に日々を過ごして、たぶん普通の恋なんてものもしていたんだろう。
だけど、もう戻れないのだ。彼女を好きになってしまったときから、私は紛れもなく、大多数を占める普通の人々のカテゴリから、外れてしまった。
「私だって――女同士なのに、本気で好きになんて、なりたくなかった」
吐き出すように言った言葉に、彼女はただ、頭を下げることしかできなかったのだろう。
以来、彼女とは会っていない。彼女が今どこにいて、どんなふうに生きているのか、私は何も知らないままだ。
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