1-5

 別の街に移動した私たちは、なかなか泊まれそうなところを見つけられず焦っていた。そんなときに、四人のガラの悪い男たちに囲まれてしまった。

 彼女はとにかくかわいくて、それまでにも何度かナンパなんてものをされていた。でも、この夜はそれらが生易しいものに思えるほど、しつこかった。


 大声を上げて騒ぎになって、警察でも呼ばれてしまったら、私たちは家に連れ戻されてしまうだろう。そう思うと激しく抵抗することはできなかった。断り続けていたら、路地に引きずり込まれた。

 一人の男が、壁に押し付けた彼女の服を脱がそうとした。何をされるのかわかって、彼女に駆け寄ろうとしたけれど、他の二人が私を捕まえた。男たちは少し近付くだけで酒臭かったし、明らかに酔っぱらっていた。


「カラオケいこーぜ、誰にも邪魔されねえだろ」


 誰かがそう言った。他の三人がそれに賛成した。私たちは必死になって抵抗したけれど、手加減なしに数発殴られて、彼女は黙ってしまった。そういえば、父親に殴られていた頃があったと言っていた。たぶん、彼女のトラウマを刺激してしまったのだろう。青ざめた彼女の顔が痛々しかった。


 代わりに私が騒いだら、怒った一人がまた殴ってきた。それまでほとんど殴られたことのなかった私は、すぐに痛みで動けなくなった。次騒いだら、今度こそ殺す。無理やり立たされて、耳元でそう囁かれた。

 その男たちは明らかにまともじゃない人たちで、あとになって知ったことによると、どうも悪さばかりをしていたらしい。警察によくお世話になっていたそうだ。連れていた寂れたカラオケも、顔パスだったことから、彼らと付き合いのあるところだったのだろう。


 個室に入って、危機感がぶり返してきた私は、また騒いた。殺されるとか、そんなこと関係なかった。彼女だけは逃がさなければと、それしか考えられなかった。奇跡的に男たちの腕から逃れられて、彼女を男の下から引っ張り出し、部屋から出す。一度振り向いたけれど、彼女は走って行った。私は、連れ戻された。


 あとは、よくある話だ。暴力の限りを尽くされた。武器になるものがほとんどなかったのが救いで、右腕は折れてしまったし、顔ははれてしばらく見れたものじゃなかった。


 彼女は交番に駆け込んだらしく、何人かの警官が私を助けてくれたという。私はすでに痛みで意識がもうろうとしていて、よく覚えていない。


 目が覚めたら病院だった。いつもより少し視界が悪かった。


 そこには母がいて、目覚めた私に抱きついて泣いていた。馬鹿なことをして、とか、生きててよかった、とか、いろんなことを言われた。私も、私はどうしようもない馬鹿だと思う。そう言いたかったけれど、上手く言葉にならなかった。


 両親は、私がただ家出しただけだと思っていたらしい。警察に話もしていたと。そして、彼女が交番に駆け込んで、私たちを保護してくれた。幸いすぐに抵抗をやめた彼女の怪我はそこまでひどくなくて、私のようにベッドから出られないほどではなかったという。


 私が回復していくと、警察に事情を聞かれた。上手く隠しきれなくて、結局洗いざらい話してしまってから、最初からこうしていればよかったのだと気付く。最初から、彼女の父親のことを警察に話していたら、きっと動いてくれただろう。私にない力を使って、彼女を救ってくれたはずだ。やっぱり、私は救いようのない馬鹿だなと思った。


 私たちを襲った男たちは他にも罪を犯していたそうで、私たちのことがちょっとしたニュースになっていた。家出して、結構遠くまで言っていた女子高生が男に襲われて、一人は大けがを負ったのだ。新聞の隅に記事が載っていた。これでもっと長く逃げられていたら、もっと大きなニュースになっていただろう。


 彼女にはなかなか会えなかった。どうも彼女は、自分が家出をそそのかしたのだと、私はただ無理やり連れて来られただけだと言っているらしい。それは違うと何度も言ったけれど、ごく平凡な家庭に育った私より、彼女の育った家庭の方が、家出する理由が揃っていると考えられたのだろう。


 怪我が完治するまでに長くかかった。病院にいる間に学校は夏休みに入っていて、結局、私は二学期からまた学校へ行くことになった。

 痕は残ったけれど、充分に動けるようになった私が学校へ行くと、周囲から変な目で見られた。クラスメイトたちは声を掛けてくることすらなかった。当然だと思いながら、彼女がいるはずの教室へ行き、そこで絶望してしまった。


 彼女は、退学になったという。声をかけた彼女のクラスメイトが言っていた。私を無理やり家出させ、連れまわし、更にはずっと売春をしていたことがばれ、学校をやめさせられたのだと。それだけ条件が揃えば、問答無用で退学になってもおかしくない、とその先輩は言っていた。私が、彼女と一緒に家出した人物だと知らなかったようだ。


 私のことはあまり知られていなかったのに、彼女のことはよく知られていた。全面的に彼女が悪者として扱われていた。

 絶望して、保健室で休むことにした。きつくなったらすぐに帰ってもいいと母にも先生にも言われていたけれど、できれば初日は学校にいたかった。放課後になるまで、教室には戻れなかった。


 家に帰るまでのバスの中で、教室にスマホを忘れたことに気付いた。流石にスマホはおいていけないと、学校に引き返す。

 何故かみんな、まだ教室に残っていた。何か話をしている。なんとなく入りにくくて扉の前で立ち聞きしていると、先生が私のことを説明しているらしかった。無理もないかと思ったとき、私の耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。


「その先輩、どんだけ悪女なんだよ」


 男子生徒の笑い交じりの言葉だった。真面目な話をしているのに、と先生が叱る。私は、カッと頭に血が上って、勢いよく扉を開けた。壊れるんじゃないかと心配になるほど、大きな音が鳴った。


「彼女は悪女なんかじゃない。彼女はなんにも悪くない!」


 自分の声とは思えないほどその声は大きくて、シン、と教室が静まり返る。突然の私の登場に、みんなびっくりしていた。先生が、落ち着いて、と私に近付いてくる。

 男子生徒は、私に負けず劣らず馬鹿だったのかもしれない。私が手を付けられないほど怒っていることも、言ったら先生に叱られることもわかっていたはずなのに、続けて彼女を罵倒した。汚い言葉で彼女を表現する男子生徒を、許せなかった。


 先生を押しのけて彼に掴みかかった。まさかそんなことをされるとは思っていなかったらしい彼は、座ったまま私に倒された。彼から謝罪の言葉を聞くまで離してやるものか。私は怒り狂った獣のように、支離滅裂な言葉を叫びながら、彼の胸ぐらを強く掴んだ。


 大変な騒ぎになった。先生が私を彼から引きはがし、生徒指導室に連れて行かれて話をされて、最終的には校長室にも連れて行かれた。あんなことがあったばかりだから、精神がまだ不安定なのだろうと、先生方は私を自宅待機だけで許してくれた。


 迎えに来てくれた母は、くたびれた様子だった。家出した私を探してくれて、ぼろぼろになって見つかった私を看病してくれて、ようやく今朝安心した顔を見せてくれていたのにこれだ。私は馬鹿な上に、親不孝者だった。けれど、気持ちの整理ができなくて、自宅待機から解放される日になっても、私は学校に行けなかった。

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