Chapter4 ③


羞恥刑しゅうちけいだと!?」


アデルはオルウェンの言葉を、聞いた途端オウム返しに叫んでいた。


羞恥刑。

それは古い処罰方法の一つだ。


罪人は手足枷もしくは首枷をはめられ、首から罪科が書かれた板を下げて街を丸一日歩かされる。軽い刑罰とされているが、この軽いには肉体を直接痛めつけないという意味しかなく、実際は過酷な刑だ。


罪人は衣服をはぎ取られ、いかなる暴力にも反抗を許されない。

殺されないように目付人が置かれる決まりだが、実際は有名無実、好き放題。

罪人の多くは次の朝を迎えられず、それが若い女であれば肉体より先に魂を散らされる。


「そんな時代遅れの刑罰を、それも実の娘に科そうというのか!?」


「もう娘とも認めない、そういうつもりでしょう」


あくまでも平静を保って話すオルウェンだが、肩の震えを隠しきれていない。

ここが衆人環視の場でなければすぐにでも泣き崩れてしまうだろう。


「この土地では、力と恐怖が全てなのです。姫といえど王に逆らえば…………

 その恐怖がエル・アルバンをまとめるとはいえ、その残酷さは巨人のさがなのでしょうか」


「だからといって娘を見せしめみたいに……まさか娘だからか?」

言いながらエル・アルバンの力の論理、いやウルナッハの思惑に気づき、アデルは強く歯がみする。


エディン城の狭い練兵場れんぺいじょうを取り巻く巨人の貴族たち。

彼らにウルナッハは示したいのだ、自らがいかに強大で無慈悲なのかを。


「そんなの、まるで獣だ」


「古い人はみな獣なのです。

 あの人が女王陛下に従うのも、ひとえにその苛烈極まる戦いぶりに屈したから。

 力が衰えればこれ幸いと反旗を翻すでしょう。力を信奉するがゆえに」


語る事で気を保とうとしているのか、オルウェンは半ば現実を離れた静かな口調でつぶやき続ける。


「きっと、あの人は恐れを成したあの子がひざまずいて許しを請うのを待っているのでしょう。でも……」


そうはならない。アデルは心でオルウェンの消えた声を聞いた。


なぜなら、シンディが王に突きつけたのは単なる娘のわがままではない。

スォイゲルに助力し戦を手伝えという、それも一個人の要求なのだ。

いくら礼に甘くとも、これが無礼以外のなんであろうか。


飲めば面子を潰される。もはやあの王に身内の情は期待できまい。


シンディは強い娘だ。

だが言ったからには譲らないその強さも今ばかりはまずい。


もちろんアデルも彼女と道連れに刑に処されるだろうが、そんな心配をしているのではない。

親友が敗者となって、慰み者にされ体を弄ばれる姿など死んでも見たくない。

それだけだ。


彼女に勝ってもらうしかない。


だが勝てるだろうか。

取り巻きに囲まれ、ウルナッハは練兵場に建つ塔を見あげて余裕の笑みだ。


その手にある大樽の中には水が詰まっているというから、重さは軽く見積もっても250ポンド(約120キロ)を下らない。

そんなものを見あげる高さの塔の天辺に乗せる。それも最大で五回も。


シンディの怪力は知っているが、それをもってしてもこの勝負は無謀すぎる。

正直に言えば、これはもう公開処刑でしかない。


アデルが絶望の重さを背中に強く感じたそのとき、この勝負の主役が練兵場に降り立った。


「お待たせしました!」


「シンディ……その、格好は」


「はい! これが私の勝負服です!」


ドレスで樽は投げられないと言って着替えに行ったシンディ。


戻ってきた彼女が身にまとっていたのは、緑のワンピースカートル被り布カーチフ、そして純白のエプロン。いわゆる所のメイド服三点セットだ。


王と太刀合たちあうのには勘違かんちがいもはなはだしいその出で立ちに、場にいる全ての男たちからどよめきと嘲笑が浴びせられる。

だが長身のメイドは姿勢も凛と正しく、敢然とその声に立ち向かった。


「誰かに、借りたのか?」


とっさに出てきた意味のない問いに、シンディはキリッと首を振る。

「いえ、この城にこんな洒落た服はありません。

 カルネさんの〈服〉をお借りしました」


そういえば道すがら集めた〈神衣〉に全てそろっていたか……

よく見ればシンディの出で立ちには全て銀の刺繍が走っている。

いかにもカルネが好きそうな、瀟洒しょうしゃだが力強い曲線。


しかし。

それでもアデルは自分にまとわりつく絶望を払えない。


〈神衣〉が何だ。

所詮、あのおちゃらけた女神の手に無ければ単なる服に過ぎない。

こちらがいくら希望を託したところで、それが応えるはずがない。


そんな考えに震えるアデルの黒い手を、シンディがそっと大きな手で包んだ。

「気休めかも知れないですが、この服からはカルネさんの元気がもらえる気がします。

 今なら奇跡だって起こせますよ、きっと」


奇跡という言葉にアデルは親友の目を見た。

普段は揺るぎもしない茶色の瞳に、いまかすかに涙がにじんでいる。


彼女にだって痛いほどわかっているのだ。

この勝負がすでにして無謀で、どこまでも敗色が濃厚な事ぐらい。そして負ければ、アデルが共にたまふちに追い込まれるだろう事も。


それを知っていてなお、彼女はこの場に賭けるしかなかった。

全てがシンディが女であるという一つの事実ゆえ。


王子ならば少しは無茶も通っただろうに、理解者の一人もいただろうに!

何が男女か!

女ゆえに不幸にならねばならないというなら、何故この世に女がいるというのか!


「でもアデル様。女だから起こせる奇跡だってあります」


顔を読まれたのか、親友のつぶやきにアデルはハッとする。

親友の瞳の奥に涙も不安も、絶望すら遠ざける何かを見る。


「独り善がりではなく、寄り添うからこその気持ち……

 あの方を想うこの熱さ、殿方にはきっとわかるまい!」


シンディは満員の貴族に決然と振り向く。

彼女はもうアデルを見ない。


石畳に一歩を刻みながら、彼女はこう言い残した。


「奇跡は起こすためにあるんです。祈ってください、私とレイ様のために」


アデルの絶望は悲鳴を上げてその影から消し飛ばされる。

私がシンディを信じなくてどうする。

たとえその先に奈落が待つとも、希望の光が一筋でもある限り私は親友の為に祈る。

たとえ代わりに振るう腕が無くとも、ただの一人であろうとも、声の限り彼女を励まし続けろ!


「やっちまえシンディ! 男どもに一泡吹かせてやれ!」


「はい!!」


男たちの野次を圧倒して、彼女たちの声が響きわたった。

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