Chapter2 ②


目を開けると、まだ部屋は暗かった。


再び目を閉じてみる。

馬車旅で疲れているのに眠気がくる気配はない。


少し体を動かしたら眠くなるだろうか。


初夏にさしかかるとはいえプリダインの夜気は肌に冷たい。

窓から差す月明かりと漂う精霊の明かりでガウンを探して羽織り、僕は寝室の扉をそっと押し開けた。


ふと、僕は廊下の奥、居間に目を向けて不思議な感覚に囚われる。

言葉では説明しづらいが、まるで誰か呼ばれたような、注意を引きつけられる感じ。

それが気になって、僕は廊下をそっと通り抜けると、居間の薄い扉をそっと押し開けた。


「んにゃっ?……なんだ、レイ君か」


カルネも寝てなかった。

部屋を薄明るく照らす不思議な光の中、彼女はいつぞや見た銀と白の羽衣はごろも姿でテーブルに向かい、手元で何か作業をしている。


「カルネ、そこで何してるの?」


「ちょっと〈神衣〉の整理。レイ君も見るかな」


「うん。……これって」

彼女に手招きされた僕は、その隣に座ろうとしてテーブルの手前で立ち止まった。


テーブルの上いっぱいに広がる星空。薄青に光る夜空を背景に、無数の星が色とりどりの輝きを放っている。


「〈神衣の星図〉。整理しやすいように視覚化してるんだ」


カルネが照れ笑いして星の一つに触れると、それがウズラの卵ほどの紫色の宝石に変わって彼女の手元に上がってくる。

「これなーんだ?」


「何だ、って宝石にしか見えないけど」


艶やかなラベンダーパープルに白い紗の模様。

あれ? どこかで見た気がする。そう、〈レディ・ドレス〉が確かこんな色だ。


僕の顔の変化を読んだのか、カルネは微笑んで答え合わせをした。

「そうだよ、これが〈神衣:レディ・ドレス〉さ」


「ということはこの星全部が〈神衣〉なのか。すごい数だね」


「うーん。残念だけど、ここに映ってるのはボクが記憶から推量で作った影ばっかりだよ。本体を持ってるのはこれぐらいかな」


トントン、とカルネがいくつかの星を叩くと、それらが〈レディ・ドレス〉の横に次々浮き出てきて整列する。

その数合わせて十個ほど、大半が小指の先程度の小ささだ。


「ドレスに比べると小さいのばかりだね」


「ほとんどが〈添神装てんしんそう〉だからね。

 あ、〈添神装〉ってのは服のパーツだよ。例えばほら、これとか」


カルネが選んだ星が解け、中から巻かれたリボンが出てくる。


「服を飾り付ける役割を持つのが〈添神装〉。

 逆に〈レディ・ドレス〉みたいな服そのものは〈主神装しゅしんそう〉。

 組み合わせて使うと、別の服としての力を持つこともある」


「組み合わせ、か……」


群れる十個の結晶の中に一つだけ異彩を放つものを、銀の縁取りのついた青いカメオをを見つけた僕は、それを指差して思わず顔を緩める。

「その立派なカメオは〈騎士ナイト〉だよね」


「うん、派手でしょ? この子は特別、〈核神装かくしんそう〉だからね」


「〈核神装かくしんそう〉? それ、どっかで聞いた気がするけど」


「それ、たぶんダヴだ。キミと〈御使い〉の契りを結ぶ時にゴニョゴニョしてた時だね」


カルネは星図から顔を上げて少し考え込んだあと、すっと指を〈騎士〉に滑らせる。

すると宝石が星に戻り、〈騎士〉の星を頂点にした星座が浮き上がる。

見なれない形、六個の頂点が均等に並んで水晶のようにも見える。


「〈神装群しんそうぐん〉の繋がりを示した形だよ。この頂点一つ一つが異なる〈神装群〉の中心なんだ。ほら見て」


星座の頂点をカルネが触ると、輝く大きな星の周りに他の星が無数に集まる姿がはっきりする。


「ボクの〈神衣〉は大まかに六個のグループに別れてる。〈騎士〉は〈騎士群ナイトグループ〉の中心、特別な役目をになう〈神衣〉なんだ」

彼女は手を広げて〈騎士〉を中心とした星空の一角をテーブル全体に拡大する。


そこで僕は気づいた。

〈騎士〉は星の群の中心ではなく、そこからほんの少しずれたところを漂っている。

群の中心には十字の輝きを放つ星があり、〈騎士〉はそれを巡る三つの星の一つのようだ。


「これから見せるのは、あくまでもイメージだよ」

そう前置きしてから、カルネは十字星の周りの三連星を順に叩いた。


すると三つの星は強い輝きを放つ。それは次々に周りの星に伝わり、ものの数秒でテーブルいっぱいの星は爛々と輝く光の海に変わった。


「三つの星がそろえば、その群れ全てが輝く……?」


「欠けた〈神衣〉を再生したイメージ。

 〈核神装〉に与えられた重要な使命はこれ。ボクがばらまいた〈神衣〉が、たとえ全て戻らなくてもいい。

 この中心さえ無事なら全ての〈神衣〉を再生できる」


「全部集めなくていいということ?」


「そうだよ。〈核神装〉は六グループ合わせて十六個。それに〈神鍵しんけん〉十五個を合わせて計三十一個。

 それさえあれば、力を取り戻すには充分だ」


六つの頂点に三十一個。

ちょっと中途半端な数に思えたが、それより新しく出てきた言葉が気になる。

カルネは、特に調子を出した時に自分にしかわからない言葉を挟むクセがある。最近僕はそれに気づいた。できれば直して欲しいな。


「〈神鍵〉って?」


「ここにある十字の星だよ。〈核神装〉を繋げるための特別な〈添神装〉なんだ。

 〈騎士群〉のこれは〈神鍵:円卓王之剣カレドヴルッフ〉だね」


「カレドヴルッフ……伝説の大王アルスルの剣のことだね」

かつて乳母の膝の上で何度も聞いた銘に、僕は少し驚きを感じる。


しかしカルネはちらりと目を飛ばすと、ふむふむと腕を組んだだけ。

「こっちにもあるんだね。

 でもこれは大王アルスルならぬ〈アーサー王伝説〉に出てくる剣、キミにとっては異世界の神話だよ。

 それにご多分に漏れず、その伝説の力を具現化しただけの〈神衣〉だ」


「もう持ってるの?」


「ううん、これはまだ見つけてない。

 でもボクの予想が正しければ、きっとこの島のどこかにある。

 ……そういえばひょっとしてだけどさ、キミの言うカレドヴルッフって本物があったりしない?」


「ないと思う。本物は遙か昔に失われたっていう話だよ」


カルネは口癖の「ですよね」を出して首を振り、だるそうにテーブルの星空をかき消した。気になった僕が「なんで本物があるって?」と聞くと、彼女はばつが悪そうに肩を縮める。


「あ――っとそれはね、ボクの〈神衣〉は近い物に寄っていく・・・・・性質があるからなんだ。剣は剣に、服は服に、それもより近しい存在へと。

 自分に刻まれた神話とよく似た存在があると〈神衣〉はそれを依り代にしようとする。ボクに見つけてもらいやすくするためにね」


「カルネが神話をたどれば、自分に行き当たるようにするんだね」


「そのとおり! 夜中なのに冴えてるねレイ君」


その言葉で、僕はようやく居間が真夜中であることを思い出した。

いったん意識すると星空のおかげか、それとも適度に頭を使ったせいか、いい感じにあくびが僕の口をついて出る。


「さて、天体観測はお開きだよ。もう寝ようよ、疲れてるんだしさ」


カルネと互いにお休みを交わして、僕は寝室に戻った。


そしてベッドに潜り込むや、僕は眠りに落ちたのがわからないほどあっけなく寝入ってしまった。

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