Ending B ~黒い獣は薄く嗤った~


日も暮れた真夜中。

その女は黒いローブを着て、ショールで顔を隠していた。


別に見とがめられても困ることはないが、用心に越したことはない。


〈学校〉の町外れにある人気のない丘の上で、彼女は人を待っていた。

拗くれた野柳の幹に背を寄せ掛けてすぐ、待ち人は月の光でできた柳の影から姿を現す。制服を着た少女、しかしその肌は八割方を黒い霧に覆われている。


「なんだ、まだ治ってないのか」


呆れかえるのを隠そうともしない彼女の声に、影の少女は苦い声で返す。

「神殺しがかすったんだ。肉体にまで力を回す余裕はない」


「あらそう、それはまたご愁傷様。

 例の人物たちはプリダインに戻るそうだ。なんともタイミングが悪いね」


ショールの下から、妙に切れ長の目が少女を睨む。

「全部君のせいだよ。

 せっかくお膳立てしてあげて、子飼いの兵まで貸してあげたのに、四人殺されたし、一人は口封じに殺さざるを得なかった。

 ああ、一人は君が殺したんだっけ?」

 

皮肉に満ちた女の口調にも、少女はただ軽蔑するように鼻で笑うだけだ。


もっとも女は端から答えを期待していなかった。

所詮はあのお方の愛玩動物ペットだ。


「予定は大幅に狂った。 ま、もともと三年遅れの予定だったけどね、下手すれば遅れどころかご破算になりかねない」

まったく何のために今まで苦労してきたやら。

女はため息をついた。


事が台無しになったなら、追って〈本国〉から別のお達しがでるだろう。

そうなれば一から出直しになる。幸い、歳と美貌は気にしなくていい体だが、それでも〈学校〉での三年が無駄になるのは許し難い事だ。


「もう一度言うよ、全部君のせいだからね。

 わかったらこの知らせ、急いで〈向こう〉に持っていってね。伝令ぐらいはできるでしょ?」


女の吐き捨てた言葉に、少女の影が揺らぐ。

返事の一つもなく、少女は出てきた時と同じように影に沈んで消えた。


その気配が完全に去ったのを確かめてから、女は自分の中の獣に呼びかける。

「ま、世の中ちょっとした番狂わせがあるぐらいが面白い。そう思わない?」


獣が満足そうに嗤うのが聞こえる。

女も満足だった。


彼女がちょっと手を振れば、黒の霧が人の目から彼女を覆い隠してくれる。宵闇など必要ない、神話に出てくる姿を隠すマントと同じ。

これは人の身に余る力、まったくのイカサマ、とんだインチキだ。

でも……


「自分が勝負師なら、イカサマをしない理由はないですね」


そう独りごちて、彼女は闇へと姿を消した。

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