Ending
Ending A ~王子は流れ星の夢を見た~
日は昇ってすでに高く、鳴き交わす鳥の声には遠い槌音が混じる。
巨人の舞踏に荒らされた畑を越えて、街を片付ける人たちのざわめきが漂って来ていた。
あれから三日、〈学校〉を揺るがした騒動はなんとか片付いたものの、影響はまだまだ残っている。倒壊した建物は十軒以上、巨大な足に踏み荒らされた石畳は張り替えなければ馬車も通れない有様だ。
残念なことに、結局敵の正体はわからずじまいに終わった。
残ったカカシ二機は不利になった途端に行方をくらまし、僕が仕留めたカカシ三騎はひどくつぶれて即死、唯一アデルたちが捕らえた敵の間者もバルトロが目を離した隙に何者かによって殺害された。
練兵場の事件で襲われた少女はなんとか一命を取り留め、自分を襲ったのが女性であることを証言してくれたが、それ以上細かいことは何も覚えていないそうだ。
いったいどこの勢力が〈邪神〉に与しているのか、詳しいことは何も分かっていない。
そんな中、僕らは寮の馬寄せに集まっていた。
「これで全部ですね」
大きな
「家具類は残していいんですよね?」
「長く留守にはしない。まだレイの勉強が終わったわけじゃないからな」
腰に手を当てて背を伸ばすシンディに、自分の荷物が詰まったバッグを持ったアデルが答える。
彼女は荷台を占める
「とはいえこれだけでも大荷物だな。ちょっとは減らせなかったのか?」
「どなたかがこちらで買われた〈服〉を置いていけたら、少しは……」
「わかった。私が悪かったからそれ以上は言わんでくれ」
「誰の服?」
和気あいあいの二人の間に首を突っ込むのは、フワフワした白いドレスに身を包んだ銀髪の少女。
エメラルド色の瞳をパチクリさせ、不思議そうに二人の顔を交互に見ている。
「それはもちろんアデル様のゴティ……」
「お前には関係のない話だ! 何にでも首を突っ込んでくるんじゃない!」
イタズラに歪められたシンディの口を押さえ、アデルは下唇を尖らすカルネを追い払う。
「ちぇっ。アデルちゃんってホント偉そうなんだから」
邪険にされたカルネが戻ってくるのを、僕は馬の首を撫でながら迎えた。
「ははっ、許してあげてよ。いつもああだから悪気があるわけじゃないさ」
「ぜってーボクを目の仇にしてるんですけど?
……キミってさ、実はかなりの天然だよね」
「天然? 自然は好きだけど?」
「うぅっ……もういい!」
真っ赤になってそっぽを向いてしまうカルネ。何か気に障ったのかな?
そうそう、僕はちゃんと男の姿に戻ってるよ。
あのとき〈騎士〉の姿になってたのは、僕の身体を治療するためだったとカルネが後で教えてくれたし、すぐに僕は戻ることができた。
もちろん火傷の跡もないし、胸に大穴も開いてない。
撫でていた馬と目を合わせた僕は、馬寄せに滑り込んでくる白い馬車に気がつく。
僕らの旅馬車の隣につけた白い馬車から、紫のドレスのニカと、質素な礼服姿のバルトロとザビィがそろって降りてきた。
「もう、遅れるかと思ったですの! あの道が狭いせいですの!」
「そんなこと言われても殿下、下町なんてどこもあんな感じよ?」
頬をふくらませるニカをザビィがなだめている。
ニカはそれでも不満そうだったが、ドレス姿のカルネを見つけると一転笑顔になって駆け寄っていく。
「カルネ様、よく似合ってるですの」
カルネも拗ねるのを止め、ニカに柔らかく笑いかけた
「ごめんね服借りちゃって」
「サイズがそこまで変わらなくて良かったですの。仕立て直す時間はなかったですが、合わないところはないですの?」
「あー……このへん、とか?」
カルネは若干小声になり、たっぷり取られたドレスの胸元を指す。
もともと、年齢のわりにはふくよかなニカのためのドレスだ。どことは言わないがカルネにはオーバーサイズな部分もある。
「そこでしたら、脇のリボンを結び直せば多少は調節…………
すでにいっぱいですのね」
「うん、なんだよね」
気まずそうに微笑み合う二人を、ザビィが横から肩抱きにする。
「殿下も神さまも胸の話してんの?
心配ないって、二人とも子供なんだからすぐ大きくなるよ。
殿下なんて成人前なのにでっかいし、だいたいそんなとこジロジロ見るのは鼻の下伸ばした助平ぐらいだって」
あけすけな話運びに眉をひそめる身体の小さい二人。肩抱きにされた二人の間でザビィの胸がずっしりたわんでいるのがなんとも逆説的だ。
「……そちらこそ十六にしてはご立派ですの」
「こちとら三千年、この体型のままだっつーの」
肩抱きのままやいやいもめる三人を見ていると、側に寄ってきたバルトロが黒い縮れ毛をかいてため息をつく。
「すまんな。クラウが失礼のしっぱなしで」
「いいんじゃないかな、楽しそうだし」
僕の素直な感想に、でもバルトロは目を丸くする。
「あれが楽しそう、か。お前が娶る相手は苦労するだろうな」
「なんで?」
「その言葉が充分な証左だ。そうだ、見送りはこれで全員かな」
「あとはヒルデ講師が……噂をすれば、ほら」
〈学校〉の紋章が入った黒い馬車が馬入れに乗り入れてくる。
扉が開き、中からいつものローブを着たヒルデ講師が出てきた。
「やあ、皆さんお揃いですね。
遅れてすみません、まだ〈執務〉が落ちついてなくて」
いつものにこやかな顔で、ヒルデ講師は脇から出した紙ばさみを開く。
「レイさん。これが休学についての最後の書類です。
ここにサインをすれば、貴方はいったん〈学校〉を離れられますが……
本当にいいんですか?」
「ええヒルデ講師。もう決めましたから」
彼女が差し出した羽根ペンでサインをしながら、僕は自分に向けてもうなずく。
僕の休学が決まったのは、あの巨人騒ぎの直後だった。
黒騎士の中に見た、燃える王都。
僕の故郷が無事なことはすぐにニカが裏付けを取ってくれたが、だとすればあれは未来か、もしくは黒騎士の思い描く願望か。
ともかく〈黒い霧事変〉と合わせて考えれば〈邪神たち〉が僕の故郷を狙っているのは確かだ。その理由はわからないが、黙って見過ごす理由はない。
どう対応すべきかと悩む僕に、意外にもカルネから後押しの声が上がった。
彼女は僕と〈騎士〉の出会いを挙げ、他の〈神衣〉、つまりまだ見ぬ力の断片がプリダインの地にある可能性を示した。
彼女の目的はこの世界に侵入した〈邪神たち〉を駆逐する事で、それには失った力を取り戻す必要がある。だからプリダインへ行かなければならない、と。
詳しくはわからないが、彼女の〈御使い〉となった僕は今や〈邪神たち〉にとって格好の標的なのだという。
だからカルネが行くなら、僕は共に行かなければならない。
故郷を救い、カルネを助ける。
そのための最善策は僕らが故郷に戻ること。情報と戦力を一度に持ち帰り、相手が足踏みをしている間に叩きつぶす。
話が決まれば、あとは実行に移すだけだった。
二日かけて休学の手続きがなされ、取り急いで故郷に戻るための手段が決まる。
なにぶん急な出立だったので、見送りの段取りがついたのはいつもの面々だけになった。
ヒルデ講師は〈学校〉の仕事の合間を縫って書類を回してくれ、そして最後の一枚は今サインが終わったところだ。
「本当は一緒に行きたかったですの。
でも、さすがに命令違反が過ぎましたの。母様から釈明と謹慎を命じられましたので、これが終わったら本国に戻らないといけませんの」
馬車の横で悔しそうに歯がみするニカに、アデルが頭を下げた。
「いえ、皇女殿下にはすでにかなりのご助力をいただきました。
これ以上甘えるわけにもまいりません」
横に控えていたシンディが便箋をニカに差し出す。
「少しでも役に立てばと、これに事情と感謝を書いておきました。
念のためサインは女王陛下とレイ様の二つ入れてあります。あ、女王陛下のはアデル様の偽筆ですが」
「こらバラすなシンディ!」
シンディのぶっちゃかしに一同から笑い声が上がる。
「と、とにかく事情が事情だ。
ちゃんと女王陛下のサインを見ながら書いたのだし、やましいところは何もない」
「うちの国で燃してしまえば証拠も残らないですの」
「なるほどそれはありがたい……ではなくてニカ殿下?」
「冗談ですの」
しれっとそう言って、ニカは便箋を受け取るとカルネに向く。
「カルネ様、私のいないところでは、できる限りわかりやすく話してくださいですの」
「そう、だね、うん。
でも素直なレイ君はともかく、この頭ガチガチのアデルちゃんにお嬢抜きで説明するのは骨が折れそうだなぁ」
「ふん! 貴様の言葉選びが悪いのだ。
あの銀の機装をどうやって持っていくかの説明など、何を言ってるか全くわからなんだぞ」
「だーかーら、いったん質量をエネルギーと情報に解体すれば、あとは物理的な影響を抜きにしてどこへだって移送ができるんだよ」
険悪な顔をつきあわせる二人。
事がこじれないうちに、僕はカルネの肩をポンと叩く。
「カルネ、アデル相手ならこれで充分。大丈夫、見えないけどついてきてる」
「なるほど、それならわかるな」「いい説明ですねレイさん」
「わかりやすいですレイ様」「的確ですの」
「見えなくなる魔法ってあるよねバート」「俺に聞くなクラウ」
「なんだよそれ、ぜんぜん的確じゃないじゃん! 要点省きまくりじゃん!」
なるほどと手を打つ面々の中で、カルネが一人だけ地団駄を踏んで周りを沸かせた。
そうこうしているうちに昼の鐘が鳴り、出立の時間になる。
「それじゃ皆さん、行ってきます」
馬車に乗り込み、窓から頭を下げる僕にニカたち四人が手を振る。
「武運をレイ兄さま」
「ちゃんと帰ってくるんですよ。レイさんの勉強はまだ終わってないんですから」
「危なくなったら逃げてもいいのよ」
「そんなわけないだろうクラウ。だが、気負いすぎることはないからなレイ」
みんなの言葉が終わる頃、アデルが馭者に指示を飛ばした。
山高帽の気取った馭者がムチを鳴らし、馬車は見送りの人たちを置いて住み慣れた寮を離れていく。
向かうのは北。急いでも二週間はかかる旅だ。
しばらく走った馬車の中、僕をのぞく三人が話に興じていた。
「で、カルネさんの世界ではどんなものを食べてるんですか?」
「ほとんどこっちと変わりないよ。
あ、でもさすがにウナギは食べないや」
「ウナギを食わんとは、ずいぶんなまっちろい奴らが住んでるんだな」
「そーやって茶々入れるし。アデルちゃんはボクのこと嫌いだよね」
「ああ、虫が好かん」
「もうアデル様そんなこと言わずに、なかなか興味が尽きない話ですよ。
ね、カルネさんはずっとその姿なんですよね?
なんで歳を取らないんですか?」
「必要がないから、だね。身体なんてボクらには飾りのようなもので……」
僕が聞いていたのはそこまで。
旅馬車のゆっくりした揺れのせいか、それとも疲れていたからなのか、僕はストンと眠りに落ちた。
だからこの後のことは、全て目が覚めてから聞いたことだ。
僕が眠ってるのに気がついたカルネは「ボクも疲れた、ちょっと寝るね」と言って、僕の肩に頭を預けたそうだ。
夢の中で、僕は銀の星になって空を飛んでいた。
手に持つカゴから無数の光る夢を、服の姿をした想いを振りまきながら、僕はどこまでも星空と青空の間を飛んでいく。
その夢がカルネの見た夢と同じだったことも、僕は後で聞いた。
そう、僕と並んで飛ぶ、もう一つの星があったことも
銀の腕のダイタンオー
~第一話 王子と女神と巨人は出会う~
終幕
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