Chapter4 彼と彼女は決裂する
Chapter4
「おい君、聞いたか例の話?」「聞いたよ。まさかあの彼が、いや人は見かけには寄らんね」
「しっ、来たわ。ほらあそこ、プリダインの……」「いやだわ、私近寄りたくない」
僕らを遠巻きにする生徒たちは、控えめな疎外感とあからさまな警戒感をあらわにしていた。
「レイ兄さま、みんな様子が変ですの」
くりっとした瞳で威嚇するように周囲の生徒たちをにらみつつ、カルネの右腕にすがったニカがつぶやいた。
そのニカに対してもなぜか心配するような、あるいは軽蔑するような視線が遠慮なく投げかけられる。
馬車で乗り付けてから今までのわずかな間で、僕らは自分たちを取り巻く空気の異様さに気づき、驚き、困惑し、そして警戒を募らせていた。
『これは……レイ君?』
『いや、僕だってさっぱりだ。何が起きたんだ?』
大講堂のロビーに立ちつくす僕らを避けるようにして、生徒たちは進んでいく。
だが階段の手すりまで来れば、むしろ逆に興味津々と身を乗り出し、口元を隠してヒソヒソとささやき合う。
そんな生徒たちのせいで、木の手すりは今にも壊れそうな状態だ。
「レイ!」
普段以上の酷使に悲鳴を上げる階段の下から、大講堂の執務室がある一階廊下を走ってきたのはアデルだ。その横には曇った面持ちのヒルデ講師もいる。
「〈執務〉に確認してきたが、面倒が起こっているらしいぞ。とにかく、ここはまずいから向こうの談話室を使おう」
アデルは駆け寄るなりガシッとカルネの手を掴んだ。
「私は?」
訊ねるニカに、アデルは迷うように視線を床にそらす。
と、息を切らしてその横に追いついたヒルデ講師が、一目で状況を察したか早口にアデルに耳打ちした。
「状況が状況ですアデルさん。レイさんの味方になりそうな人物は一人でも多くいるべき、そうではありませんか?」
「そう、だな。ではヴェローニカ殿下もご一緒に」
「ニカで結構ですの」
アデルを先頭に談話室へと歩く僕らの前で、生徒たちがあわてて道を空ける。
何が起こったのか知らない僕らは、腕を引かれるままにアデルに付いていった。
***
ヒルデ講師が談話室にいた生徒を追い出し、「もう、みなさん始業ですから散った散った」と入り口に集る生徒たちを人払いしようと手を振っていた。
僕らはまだ日の入らない西向きの談話室で、ろうそくを囲んでテーブルに着く。
「単刀直入に言うぞ。レイ、お前は暴行事件の最有力の容疑者だ」
安物のがたつく椅子に腰かけるなり、アデルは険しい表情でそう切り出した。
「はい?」
『どういう事?』
「な、何でですの?」
カルネとニカが、そして僕すらも驚きの声を上げる。
それを両手でなだめ、アデルは充分わかっている、とうなずいた。
「もちろん私はそんな事は信じてないし、無論そうじゃないことも知っている、だが……」
「そこから先は、私から説明させてもらいますね」
なんとか生徒を押し返し、談話室に鍵をかけたヒルデ講師がローブをぞろめかせて席に座ると、アデルに続いて口を開く。
「まず事案の確認からまいりましょう……
ああ、心配しないでレイさん、私もあなたがそんな事をする人ではないと信じてますからね。とにかく、まずは話を聞いてください」
カルネの向ける疑問の視線に首を振り、ヒルデ講師はローブの裾から皮の紙入れを取り出す。
二つ折りに開かれた中から出てきたのは、〈諜報学部〉の印が押された一枚の書類。それは〈学校〉の正式な調書だった。
「これは昨晩、歩兵学部の女生徒からとられた証言です。
事案の発生は昨日の夕方、場所は〈陸士〉の練兵場になります。そう、私とレイさんが話した一時間ぐらい後でしょうか」
昨日の夕方、それも練兵場と聞いて小さく椅子を鳴らしたカルネに、ヒルデ講師はメガネ越しの涼しい目で落ちつくようにうながし、淡々と先を続ける。
「事案は暴行案件、被害者である女生徒は全身を激しく打たれ頭と腹に裂傷。さらに下腹に暴力のあとがあり、出血もひどい。
これらは全て、加害者が棒状のもの、おそらくは習剣で傷つけたものと思われます」
ヒルデ講師は先ほどの「信じている」という言葉とは裏腹に、読み上げながら冷えた瞳でカルネの様子をさりげなく観察しているように見えた。
まるで取り調べ、いや、事実そうなのだろう。
〈諜報学部〉は〈学校〉の政府たる〈執務〉、その治安部署を兼ねている。ヒルデ講師の手慣れた様子は思えば当然のことだ。
「被害者は現在、〈学校〉郊外の医療院にて手当を受けていますが、命が危ぶまれる状況で話を聞くことはできません。
従って、この調書の証言のみが、今のところ唯一の証拠となります」
ヒルデ講師は淡々とそう言い、広げた調書の文字を指でなぞる。
カルネたち三人が指を追うなかで、僕は証言者のサインをヒルデ講師が手で隠している事に気づいてしまう。
僕を、というかカルネを疑っているのはもう間違いない。
「お読みの通り、この証言者は練兵場を通りかかった際に、犯人をはっきりと確認しています。
証言者に気づいた犯人は逃走したため、被害者は命を失う前に保護されました。 皆さんに確認してもらいたいのはここ、犯人の特徴についてです」
彼女が指し示す部分、箇条書きされた犯人の特徴に視線が集まる。
書かれていたのは三つ。すなわち、
1.犯人は小柄であり、男性である。
2.犯人は〈陸士学部〉の制服を着用していた。
3.犯人の髪は長く、色は赤みを帯びた金髪である。
だった。
目を上げたカルネが、おずおずと自分の銀髪を手ですくう。
それは本来なら、一本に編みこまれた僕の髪だろう。指摘されなくとも、その色が赤みを帯びたブロンド、ストロベリーブロンドであることは承知している。
救いを求めるようにカルネが僕を見るが、僕だって何が何やらわかるはずもない。むしろこっちがカルネに助けを求めたいぐらいだった。
場に下りた重い沈黙を最初に破ったのはニカだ。
「でも赤毛の小柄な男子なんて、〈陸士〉には掃いて捨てるほどおりますの。そもそも髪なんてカツラなり魔法なりでどうとでもなりますの」
「それはまぁ、そうなのですけれど…………
実は他にもレイさんの関与を疑わせる理由が」
「被害者だ」
剣の代わりに持ってきた仕込み杖で床を強く打ち、アデルが痛い表情でつぶやく。
「〈執務〉で詳細を聞いたが、被害者の出身はイヴェルゾン王国……だそうだ」
「イヴェルゾン?……たしかイニス・プリダイン連合の隣国でしたの。でもそれがなぜ、レイ兄さまに結びつくのですの?」
「話せば長いが、うちの国、というかプリダイン島とイヴェルゾン島は昔から犬猿の仲なのだ。
今はもう過去のことだが、大王アルスルの時代に彼の島をプリダインの属州として以来、プリダインの王侯は事あるごとにひどい仕打ちをあの島に繰り返してきた」
アデルはそこまで言うと、自分の言葉を否定するように頭を振った。
「もちろん、それも〈平定戦争〉を機に改められたことだ。
今ではイヴェルゾン王国は独立しているし、女王陛下は一切の内政干渉を禁止された。が、過去の遺恨はそう易々と消えるものではない」
それを聞いたヒルデ講師が、重く首肯すると言葉を継いだ。
「まあ、そういうことです。
〈執務〉の間では、口論になったレイさんと被害者が、意見の食い違いの末に対立し、レイさんが一方的に暴力で解決しようとした、という見方が大勢ですね」
紙入れを閉じ、さらに申し訳なさそうに彼女が続ける。
「もっとも〈諜報〉に携わる身から言わせてもらえれば、これは少々できすぎた見解です。いろいろなものがぴったりとはまりすぎるために、かえって不自然になるいい例ですね。
だから私は、これはレイさんを狙った悪質な嫌がらせだと見ています」
三人を安心させようとしてか、ヒルデ講師が薄く笑いかける。
彼女のさっきまでの態度と合わせるなら、今ここで可能性の一つ、つまり僕もといカルネが実際に暴行したという選択肢を潰せたという事だろうか。
たしかにカルネの顔具合を見れば、暴行犯のそれでないことは火を見るよりも明らかだ。
場の誰より混乱し、許されるなら頭を抱えて泣き出しそうなほどにまいっている。
「昨日はアデル様がレイ兄さまに付いておられたですのよね?」
「もちろん、ニカ殿下の言うとおり私は昨日……ずっとレイに付き従っていた。
それは確かだが、いかんせん私はレイの〈身内〉だ。〈執務〉は身内の証言を相手にしない」
実際には一時間以上離れていたアデルだったが、襲撃の事を内密にしたいらしくそこは伏せていた。
一緒にいなかった事を知っているヒルデ講師がちらりとアデルに目を向けるが、アデルの懇願するような視線に気づくや、そっとそしらぬ顔を決め込む。
「それにしたって、即座に犯人扱いはひどいですの。
こうなったら我が国から〈執務〉に正式な抗議状を出しますの」
「ヴェローニカさん、それはやめた方がいいでしょうね」
一人憤慨して息巻くニカを、ヒルデ講師が静かに止める。
「この一件、こじれてる理由には貴女も含まれているんです。
実はですね、それもあってご一緒してもらったんですよ」
「私がですの?」
「貴女の飛び級入学についての一件で、レイさんが〈魔導師学科〉の講師たちの反感を買っているのはご存じでしょう?
実は今回、レイさんを〈執務〉で強引に吊し上げようとしているのは〈魔導師学科〉なのです」
話がニカに及ぶのは想定外だったが、僕はその一件についてよく知っている。
ニカと僕が知り合う切っ掛けになった事件だからだ。
かいつまんで言えば二年前、飛び級入学したニカをやっかんだ生徒たちが集団で彼女を襲おうとした。
それを僕が見つけて、やむなく実力行使で介入したために事が大きくなり、最終的には関係した生徒たち全員に何らかの処分が下されたのだが。
「あれは正当防衛ですの!
レイ兄さまは、私を愚かで卑怯な暴力から助けてくだすっただけですの!」
「その結果〈魔導師学科〉の生徒が一人、退学になりましたね。
あの生徒の家、どことは申せませんがある公爵家から大きな後ろ盾を得ていた講師が何人もおりましたからね。ま、そのしかえしに、今度はレイさんを処罰してやれというわけで」
「そんな……」
言葉を失うカルネに、ヒルデ講師はあくまでもにこやかに応じる。
「この件にヴェローニカさんの口出しは逆効果でしょうね。
でもご安心を、〈諜報学部〉が責任を持って預からせていただきますから。今のお話で、私としてはレイさんの嫌疑は晴れたと思いますので、悪いようにはいたしませんよ。お約束します」
三者三様に黙りこむ当事者たちを残し、ヒルデ講師が事は済んだとばかりにサッと席を立つ。
「ともかく当面は処分保留にしてあります。ただし、これ以上注目を浴びないように気をつけてくださいね。
私だけでは押し止めるのが難しくなりますから」
談話室の扉にそっと耳を当て、その向こうの気配を確認しながらヒルデ講師は「それと」と付け足す。
「今日の午前講義、前半は欠席にするよう話を付けてあります。後半からはお二人とも出席するように。
これは〈諜報〉ではなく、講師としてのお願いです」
そして勢いよく扉を開け、群れていた野次馬たちの顔面をまとめてドアの巻き添えにすると、見た目だけは純朴な女講師は、そそくさと退出していった。
廊下から漏れてくる静かな怒声をバックに、アデルは床を、ニカは手元を、そしてカルネは僕を見ながら無言で当惑する。
そして僕は、天を見あげて深くため息を吐いた。
***
時は過ぎ、昼食の時間となる。
僕らは食堂部の二階にあるテラス席に座っていたが、まわりに寄ってくる生徒は誰もいない。
昼食を街や寮、下宿で取る生徒たちのために、昼の休みはかなり長く与えられている。ただし半分以上の生徒は学部を離れる事はなく、大講堂のとなりに建てられた学部合同の食堂部で昼を過ごしていた。
大講堂の白亜の石造りには及ばないが、白い塗り壁でこじゃれた雰囲気の食堂は、長い昼休みを過ごすにはもってこいだ。
普段なら空いた席を見つけるのが大変なこの時間に、僕らの席は主のいない椅子に囲まれていた。
生徒たちが僕を避けているのは疑いようもない事実だ。
人を殴り殺そうとした人物にフラフラ近寄ってくる物好きなんて、そうそういるわけじゃない。
そして、まわりからそんな物好きだと目されている二人の女性は、二人して美味しくなさそうに昼食の皿をフォークでつつき回していた。
「まったく、これではまるでイジメではないか」
「まるで、どころかそのものズバリ、イジメですの」
当たり散らすようにひき肉のパイ包みをまぜこぜにして、小さく文句を垂れるのはアデルだ。
ニカはそれに冷静に相づちをうちながら、手元でジャガイモの冷製スープを無惨に泡立ててしまっている。
その二人に挟まれるように丸テーブルに座って、石の仮面よろしく顔を硬直させたカルネは、目の前のオムレットにまったく手を付けていない。
彼女の横に立つ僕も、何も言えずにその横顔を見ているだけだ。
楽しい昼食とは天地の開きがあるこのテーブル。暴行の噂は別にしても、好んで近寄れるのは確かに物好きだけだろう。
こんな時に人と言葉をかわせたら少しは気が楽になるかもしれないけど、僕の言葉を聞き取れるのはカルネだけで、当の彼女は朝から本格的に口をふさいでしまっている。
おまけに自分の事情だけでも胸が重いのに、そこにはカルネの思いも入りこんできていた。
胃の腑を締め付けるこの感触は、例えるなら鉛と泥のスープがお腹にバケツ一杯入っている感じだ。正直もう立っているのだってしんどい。
そして追い打ちをかけるように、事態はさらに悪い方へと転がっていく。
「Entschuldigen Sie. Eure Hoheit.(失礼いたします、殿下)」
白いローブの女性が、席の合間を縫って滑るように近づいてくると、ライツェン語でニカにそっと耳打ちをする。
見覚えのある薄茶の短髪、確かニカの従者だ。
こちらへ聞かせるつもりがないのか母国語で話す従者に、ライツェン語をほとんど理解できないアデルは怪訝に目を向けるだけだ。
僕はというと、話すのはともかく聞くのには何の問題もない。ニカから二年間レッスンを受けてたからね。
「(何ですか? 今は昼食の時間なのです、ライツェンの話なら後にしなさい)」
「(そのことではなく。
殿下まことに失礼ではありますが、どうぞ席をお変えくださいませ。栄光あるライツェンの姫が凶状持ちの田舎王族のそばに座るものではありません)」
「(本当に失礼ですね。
貴女がどう思おうと、従者ごときの指図を受けるヴェローニカではありません)」
「(いえ、これは私の一存ではなく、女皇陛下の判断でございます)」
「Was!?(何ですって!?)」
空色の目を大きく開き、ニカが従者を信じられないという顔で見やる。
従者は心苦しそうに顔を伏せると、ライツェンらしい早口でまくし立てた。
「(今朝がた、殿下には無断でしたが本国へと連絡を取らせていただきました。
その返事が先ほどまいりまして、女皇陛下おん自らのご声明で、殿下をレイ・アルプソークより引き離す旨、確かに承りましてございます)」
その言葉に僕は耳を疑いかけた。
ライツェン魔導帝国、その帝都はここから遙か北西の地にある。
距離だけ見ても早馬で往復五日はかかるし、さらに間には〈
とうてい朝に手紙を出して昼に着くような道のりではない。
何かの〈魔法〉なのかという僕の勘ぐりを、眉根に鋭さを増したニカの顔が裏付ける。
「(貴女、私に無断で〈あの魔法〉を使ったの?
あれは国外秘の魔法、それをこんな些細なことで使うなど軽率にもほどがあります!)」
「(お言葉ですが殿下、これは些細なことではありません。
ここは〈学校〉、どんなことが国交に影響するかはわかりません。
これは個人の問題ではなく外交の問題なのです。国事にあっては殿下といえども女皇陛下の命に従っていただかなければ困ります)」
「(……おぼえてらっしゃい)」
苦い捨て台詞と共にテーブルを叩くと、ニカはふわりと席を立つ。
「申し訳ないですのアデル様。
うちの
頭を下げつつ俗語で従者を皮肉り、さらに僕に話の内容が聞こえていることをちらつかせて、ニカは従者をにらみながらテーブルを後にした。
スープの皿や食器を手に従者がそれに続くが、口元が歪んで見えたのは気のせいではあるまい。
「……レイ、どういう話だったんだ?」
アデルの問いかけに、カルネは黙って首を振った。
察しのいい女軍人はその仕草から事態を受け取ったようで、下唇を噛むと皿に目を落とす。
「そうか……どこの国も同じだな」
ため息をついてパイを分解する作業に戻るアデル。
カルネはいったんスプーンを手に取ったが、食欲など欠片もない様子でちょっと手で弄んだあと、元の位置に放り投げた。しばらく指の置き所を探しているみたいだったが、結局小さな皿の端に止まったようだ。
何か言葉をかけなくては、そう思い、僕はあたりさわりのない気遣いをする。
『カルネ、気を落とさないで……』
それがいけなかった。
『……ってろよ』
返事が返ってくるとは思わなかったため、僕はとっさに聞き返す。
『は?』
『黙ってろって言ってんだ、気が散るから何も言うな』
『そんな言い方は……』
『へぇ、じゃどんな言い方ならお気に召すわけ王子サマ? こちとら次から次に問題が起こってイライラしっぱなしなんですけど?』
返ってきたのは、どう考えても皮肉としか取れないせせら笑いだった。
ひさしぶりに口をきいたと思ったら、カルネから飛び出してきたのはひどい愚痴。
というか、八つ当たりにも近い嘲笑混じりの怒鳴り声だ。
『あーあ。幻の身体だと気楽でいいよね。
さっきから心の中で傍観者ぶっちゃってさ、慣れない人の身体使ってる身にもなって欲しいわ。
煮詰まってるボクに横から他人事よろしく「気を落とすな」?
キミ何様だよ、ああ王子様でしたっけ?』
カルネは溜まった鬱憤を晴らすように耳に響く声を張り上げつづける。
『だいたいキミ、こっちが待ってれば一向に何も言わないし。
いつになったら過去の一大事を思い出してくれるんですかねぇ?』
『いきなりそんなこと言われても、それにカルネだって……』
『は? 何よ?』
『君だって、僕に隠してることあるよね?』
気づけば僕も声を荒げていた。互いに苛ついていたのだろうが、こうなるともう売り言葉に買い言葉で止めることができない。
『昨日からずっと一人で考え込んで……何か隠してるの?
何を教えたくないの?
一生懸命自分の中でこねくり回して、いったい何を抱えてるんだい?』
『ッ! 黙って聞いてれば!
こっちはキミたち〈人間〉を守ってやろうと必死こいて気を使って黙ってあげてんのに』
『僕がいつ気を使ってくれって言った?
君に身体をとられてから、ここまで協力してきたじゃないか。下手な隠し事されたらたまらないよ!』
『協力だって? 協力してないだろう!
やれ心の準備だの気持ちの整理だの、いつ終わるのそれ!
こっちは一分一秒でも早く身体に戻らなきゃマズいんだよ!』
『だからなんでマズいのさ!? なんでそれを教えてくれないんだ。
僕をちょっとは信用してくれるんなら、君が抱えている問題が、昨日の黒騎士のようにもし僕に絡んでるなら、話してくれたっていいだろう?
それを隠してるなんて、もしかして君は……』
僕は顔を背け、苦い言葉を舌で転がそうとした。
だが転がせなかった。気がつけば、それはスルリと口をついて出てしまう。
『君は僕を信用してない?』
『っ…………ちがう、ちがうちがう……
――もう! ああ、そのとおり、ボクは人間なんて信じてない!』
カルネは言葉に詰まって、そしてやけっぱちな言葉を返した。
彼女が指で押さえていた小皿に、ピシッと亀裂が入る。
『もうキミと話ししたくない!
どうせ最初からボクの問題だったし、ボクだけで何とかするから!
付いてくるのはいいけど、もう話しかけないで』
一方的にそう言い、カルネはそっぽを向いてしまった。
僕は僕で、空いていた椅子にドカリと腰を下ろし、努めて彼女から目をそらそうとする。
なんでこうなってしまったのか。
僕が悪かったのだろうか。
そう、カルネが僕を信用していないんじゃない。僕が彼女を信じてなかったんだろうか。
そして甘えすぎてしまった。話さなくていい、という彼女の言葉に。
春から初夏に変わろうかという清々しい陽気の下、こうして僕らは決裂した。
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