第2話

 ここはヒートマジック&ダンジョンオンライン、通称「ヒマだお」と呼ばれるVRMMORPGにある鍛冶屋。

 ヒマだおにいくつかある国のひとつ、シーエスタン国の城からさほど遠くはないが、高レベルでないと到達できない山奥にひっそりと建っている。


 そんな辺境にも関わらず、ぼちぼち客が来る。

 なぜならそこの鍛冶師は、どんな成功確率の低いレア素材からでも装備を作ってしまえる、超一流だからだ。


 しかし彼は少々変わり者……いや、相当なロクデナシであった。

 今日もまた、彼の犠牲になった廃プレイヤーがやってきた。




 ぼさぼさ頭に目のつり上がった細身の男。

 彼は盗賊職だ。

 パーティーとしての活躍もさることながら、ソロで動くこともよくある。

 そんな彼は少々渋い顔をして鍛冶師──通称『弟』のもとへやってきた。


「ちぃーっす」

「うっす。いらっしゃい」


 店に入ると、いつも1人で鍛冶仕事をしている弟が出迎えた。

 当然といえば当然だ。他に従業員はいないのだし。


 男は大きなため息をつき、頭をぼりぼりとかきながらつぶやくように話し出した。


「あのよぉ、こないだ作ってもらった靴なんだけどよぉ」

「ああ、あれな。盗賊用って考えたらあれが一番便利かなって思ったんだ。よかっただろ?」

「ま、まあ性能は文句のつけどころがねぇよ。だけど……」

「なんだよクレームかよ。あーあ、がんばったんだけどなぁ」

「いやいやいや! すっげぇよかったんだってば! ありゃあ便利だ、うん」

「そっかそっか。ならよかったよ。またよろしくな」

「あ、ああ……」



 男はしょんぼりした感じで帰っていった。


 彼の作ってもらった靴は、ヒマだおのアイテムの中で唯一といってもいいほどの性能だ。

 空を飛ぶ術のないこのゲームで、この靴を装備すると空中を駆け上れるのだ。

 高さは30mまでだが、壁や家なども越えられるし、廃墟タイプのダンジョンでは大幅なショートカットもできる。

 まさにチートアイテム。


 難があるといえば、装着した瞬間、首から下が町にいるNPCの花売り娘に変わってしまうことだ。

 別にステータスなどが変わるわけではない。あくまで外見だけだ。

 膝くらいのスカートにエプロンをした、清楚な感じの衣装。


 その姿で空中を駆ければ、当然下からいろんなものが見えてしまう。

 弟はサービスとして、それにガーターストッキングをつけるサービスまでほどこした。


 男は『空飛ぶ女装シーフ』としてキモ人気になっていた。






「あのー、すみません」


 次にやってきたのは、白い着物に赤い袴のいわゆる巫女装束の女性だった。

 髪を眉あたりで真横に切りそろえ、後ろ髪は腰まである。いかにも清純な巫女といった風体だ。


「ああ、いらっしゃい」

「えっとですね、この杖なんですけど……」


 女性が取り出したのは、少し反っている、ごつごつして先端に歪んだ赤い珠がついているワンドだ。


「それなー、細かく注文されたから作るの大変だったよ。でも満足いく出来になっているだろ?」

「え、ええ。ちょっと反則レベルに強い装備でしたよ」

「だろ? だろ? いやぁ、苦労した甲斐があったなぁ」

「で、でも、でもですねっ。私、素材集めに半年もかかったんですよ! なのに……」

「え? 気に入らなかった? あー俺の作ったものじゃお客さん満足させられなかったかぁ。これ以上はうちではもう無理だなぁ」

「そっ、そんな! とても素晴らしいものでしたよ!」

「あ、そお? じゃあまたよろしくなっ」


 女性は半泣きになりながら店を去った。


 兄からの紹介ということで、彼女の持つワンドは弟の作ったものでも最高傑作に値するもののひとつだ。

 まず彼女の職は補助職であり、仲間を支援するのがメインで火力は皆無だった。

 しかしあのワンドはボス以外であればどんな敵でも1体完全に捕縛し、足止めをしているところで滅することができるというチート装備である。


 通常であれば1つの武器に封じれる魔法は1つしかないのだが、そのワンドは2段詠唱という2種類の魔法が使えるものだ。

 魔法が回避可能なこのゲームにおいて、確実にヒットさせられるというのは相当有利なものだ。

 制約として、魔法名を叫ばないといけないのは些細なものに感じられる。


 1段階目の魔法は『停拿止三千炎てだとさんぜんえん』。名前の通り3000度の炎が敵を止め、捕らえる。

 2段階目の魔法は『朽破冴閃炎くちはごせんえん』。停拿止三千炎で生じた炎が閃光のような速度で敵を貫く。


 クールタイムが少々長いためソロでは使えないが、パーティーで大量の敵に囲まれた際、1匹は確実に消滅させられるため、かなり重宝される。パーティーメンバーは大助かりだ。



 だが何故か彼女は陰で『ミコビッチ』というあだ名で呼ばれている。




 何ヶ月もの時間をかけ、ようやく手に入れた素材を低確率でしか作れない他の鍛冶師に任せるのはかなりの勇気が必要だ。そのため彼は独裁者よりも暴君と化していた。


「ふひひ、今日もみんな愉快な顔をしていたな。今度は──」


 いやらしい笑いをしていると、突然緊急アラームが鳴り響いた。肉体に何か起こったようだ。

 弟は急いでゲームを中断し、意識をリアルに戻すと腹に鈍い痛みを感じた。


「おぅいコラ弟」

「な、なんだよ兄ちゃん。いってぇなぁ」


 兄だ。どうやら腹を蹴られたらしい。

 廃人プレイヤーの中でもトップに君臨する最強の騎士が彼の兄である。

 滅多にドロップしないレア素材をぽんぽん出し、さらにランダム取得では必ず引く豪運兄は、同じく豪運を持つ弟に作らせた最強武器により、誰にも届かないほどの地位を獲得している。

 その兄が激おこ状態になっている。


「なんだじゃねぇよ! こないだの巫女いんだろ!」

「あ、ああ。ち○こワンドの……」

「俺はあの子狙ってたんだよ! なんてことしやがんだ!」

「え……えええーっ」

「罰だ。お前のプリン、俺が食った」


 それならそうと先に言ってくれよと、弟は理不尽な仕打ちを受け涙目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る