第6話 エレベーターで異世界に行く方法





 トントントン……足音が聞こえる。



 こっち来るなこっち来るなこっち来るな――




 悠々夏は心の中で強く願った。


 しかし、その願いは儚くも散る。



 カーテンをめくって現れたのは、20代前半に見える若い男性だ。

 大学生か、専門学生か。

 とりあえず悠々夏よりは年上の学生のように見える。

 少し長めの黒髪。

 パーマなのか寝癖なのか、判然としないくしゃくしゃな髪型。

 細い一重の眼でこちらを見ている。



「ガーネット・パレスへようこそ」



 お決まりの台詞を抑揚のない声で言う。



「どういったご用件で」



 一応聞いてみる。



 この、とりわけ何の悩みもなさそうな平凡な青年が、ここに何の用があるのだろうか。


 それ以前に、お前にここの支払いが出来るのか。

 12億だぞ、わたしは。

 冷やかしなら帰ってくれ。

 スマホのゲームで時間を潰すのに忙しいのだ。

 

 悠々夏は、自分より年上であろうこの男性に対してかなり上から目線だ。


 青年は、椅子を引いて座った。



「ここって、超常現象の相談とかも聞いてくれるんですよね」



 いつからか、そういうことになってしまっている。



「ことによりますが……」



 突き返そう。


 と、思ったが、ガーネットに怒られるかもしれない。

 ここは監視されている。

 一応、要件だけは聞こうと思った。


 青年は、膝の上に手をだらんとさせたまま喋り始めた。



「あの、お姉さん」



 わたしはあんたより年下のJKだぞ。



「異世界に行く方法って知ってます? 」



 異世界、らしきところは何度も行ってるよ。



「異世界、ですか」


「ネットで有名な話しなんだけど、エレベーターを決まった順序で乗ると異世界に行けるって話」



 エレベータ―は異世界に行ける乗り物だったのか。


 そりゃ知らなんだ。


 まだJKですからね。そりゃあ、知らないことも沢山あるよ。


 さぁ、そろそろ帰ってもらおうか。



「俺、試したんですよ。それを」



 暇人か。



「それが、どうしても失敗しちゃうんです。何回やっても。でも、どうしても気になるんすよ、その手順通りに乗ったら、本当に異世界に行けるのかどうか」



 いけるわけないだろ。


 作り話だっつーの。



 何度か、実際に不思議な体験をしている(させられている)悠々夏。


 しかし、今日は機嫌が悪いせいか、あるいはこの青年がイケメンではない為か、彼の言う事を全く信じようとしない。



「それで?」


「それで、お姉さんに頼めないかと思いまして」


「はぁ、もう帰――」



 と、言おうとした所で後ろからどつかれた。



「いてっ」



「受けろ」と、天の声だ。



 はぁ、本気で言ってんの? 


 しかし、悠々夏は12億の借金があるマーガレットには逆らえない。



「わかりました。お話を聞かせてください」



 口元に笑みを浮かべて言う悠々夏。


 目は笑っていなかった。










 青年の話しでは、エレベーターで異世界に行く方法はこうだった。



 エレベーターに1人で乗る。4階、2階、6階、2階、10階、5階と順に移動する。この時、誰かが乗って来たら失敗。5階に着いたら、1階のボタンを押す。すると、エレベーターは1階に下がらずに10階に上がっていく。これで見事異世界に行ける、という話しらしい。

 



「まずは、10階以上ある建物を探さなくちゃいけないってわけね」



悠々夏は、「現場に行って調査してこい」というガーネットの指示で、青年と共に占いの館を出て街に繰り出していた。



「高校生だったんだ」



 青年は悠々夏の制服姿をまじまじと見て言った。



「バイトです」


「バイトで大丈夫?」


「不満ならやめてもいいんですよ」


「いや、別にいいんだけど……お願いします」



 悠々夏はすたすたと歩き出した。


 早く終わらせて帰りたい。

 ゲームしたい。



「あなた、どこで試したの?」


「うちのマンションだけど。夜中に試したんだけど、絶対途中で人が乗って来ちゃうんだよね」


「夜中なのに?」


「うん、3回試したんだけど、3回とも同じ人が同じ階で乗って来てさ。髪の長い赤いワンピースの女の人が。キャバクラのお姉さんなんかな」


「なんか、異世界よりそっちの方が怖くない?」



 悠々夏は少し鳥肌が立った。


 不思議な体験と、心霊体験はちょっと違う。



「じゃあ、とりあえずあなたのマンションはパスね。お化けは相手にしたくないから。あと、深夜もダメ。あたしは健全な女子高生だし、変な気起こされても困るし」



 悠々夏は腕を組んでぷいと首を振った。



「ひでぇな、俺そんな風に見える?」


「見える。さぁ、人気なさそうなでっかいビルを探すわよ」


「俺そんな人間に見えるかなぁ……」



 スカートの裾を揺らしながらずんずんと進む悠々の後ろを、青年は肩を落としながら着いて行く。








 良い条件のビルはなかなか見つからず、この建物を見つけた頃には夕焼けが街を朱色に染め始めていた。



 少し街の外れにある、少し寂れた雰囲気のあるビル。



 恐る恐る入り、薄暗い通路を抜け、エレベーターの前に立った。



 人気はなく、外から聞こえる車の走行音くらいしか聞こえない。



「じゃ、試してみるから待ってってね」


「待って」



 悠々夏がエレベーターのスイッチを押したところで、青年が引き止めた。


 悠々夏が振り向く。



「うん、何?」


「やっぱり、俺が試させてよ。ここなら人も来ないだろうし」


「まぁ、いいけど」



 悠々夏は横に身体をずらして、青年に道を譲った。



「帰って来れなくなってもわたし責任取らないからね?」



 人差指でつんつんして茶化したつもりだったが、青年は真剣な顔つきになってエレベーターに乗り込んだ。

 それを見て悠々夏も少し緊張する。



「気を付けて」


「うん」



 そう言ってエレベーターは閉まり、青年を乗せた箱は上昇していった。



 まったく、何に気を付けるんだか。







 まぁ、どうせ異世界になんか行けず、すぐ戻ってくるだろう。


 悠々夏は制服の胸ポケットからスマホを取り出すと、壁にもたれた。

 制服の薄いシャツを通して、背中に冷たい感触が伝わってくる。


 1度ゲームのアプリを起動させたが、すぐに消し、ブラウザを開いた。


 『エレベーター 異世界』で検索する。


 すぐに青年の言っていた異世界に行く方法が見つかった。

 有名な話のようだ。


 書かれていたことは、青年が教えてくれた方法とほとんど一緒だったが、一か所だけ抜けている項目があった。



 4階、2階、6階、2階、10階と移動して次は5階で、この5階で『若い女の人が乗ってくる』――



「若い女の人が乗ってくる? そんなこと、あの人言ってたっけ」



 彼が教えてくれた異世界に行く方法には、そんな事は項目は入っていなかった。



「あ、でも……」



 いや、確かに言っていた、彼は。




 自宅のマンションで試した時、3回とも、同じ女の人が乗って来たと――



 もしかして、彼は、それを失敗したと思い、女の人が乗って来た段階で諦めて途中で降りたのではないか。


 彼は知らなかった。



 5階で女の人が乗ってくる事が異世界に行く条件だった事を。



 彼は、3回とも成功していた。


 そのまま降りずに1階のボタンを押してたら、異世界に行っていた。


 かもしれない。




「ちょっと、これヤバくない?」




 悠々夏はエレベーターの階層表示板を見た。



 彼が乗っている箱は、今10階に着いた。



 たぶん、次は女が乗ってくるとされる5階だ。



 悠々夏はエレベーターのボタンを押した。



 しかし、ボタンは反応しない。



 カチカチカチと連打したが、無駄だった。




 冷や汗が、こめかみから一筋流れ落ちた。





「いけない、ホントに異世界に行っちゃうかも」

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