第5話 見知らぬ駅で





 日が沈み、街も動きを緩め始める午後10時過ぎ。


 悠々夏と奈知は、黒くひらひらしたゴスロリ姿といういで立ちで、電車の中で爆睡していた。

 頭にのっけたヘッドドレスが傾いて落ちそうになっている。






 今は夏休み。



 この日は2人で隣町にあるライブハウスに行ってきた。


 奈知はヴィジュアル系バンドが好きで、悠々夏もたまに一緒に参戦するのだ。


 悠々夏はそれほどバンドに興味がなかったが、激しい音に合わせて暴れ、ヘッドバンキングするのは色々と発散できて楽しい。





 ライブが終わった後、2人は夏休みということもあってか開放的な気分になっており、入場の時に500円で買うドリンク券でそれぞれ缶チューハイをもらい、一緒に飲んで乾杯した。





 飲みなれないアルコールとライブでの疲れが相まって、電車に乗った瞬間に寝てしまった。








「……は、ここは」




 電車のガクンという揺れで、悠々夏は目を覚ました。


 反対側の車窓から外を見ると、外は真っ暗だった。


 灯りが少なく、人家も見当たらない。


 あるのは、とんがった山の黒いシルエットだけだ。





 しまった、寝過ごした。





「ねぇ、奈知、起きて」


「うーん、なに?」



 奈知は、目の周りを真っ黒に塗ったメイクが汗で落ちてきて半ばパンダのようになっている。



「ヤバいよ、寝過ごしたみたい」


「え、マジ?」



 奈知はハッとして辺りを見渡す。


 車両の中は、悠々夏と奈知の2人しかいない。


 車窓の外には、山しか見えない。



「ヤバいじゃん、ここどこよ」


「全然わかんない」



 悠々夏はスマホを取り出し、マップのアプリを起動させた。


 マップ上では、悠々夏たちを乗せた電車は、どこだかわからない山の中を走っている。

 それを奈知も覗き込む。



「どこなのよここ」



 悠々夏がマップを広範囲に広げようと画面をピンチアウトするが、マップの画面は変わらない。



「おかしいなぁ」


「とりあえず、次の駅で降りよっか」


「そうだね」



 悠々夏はスマホの画面を閉じて、奈知から借りた黒い派手な鞄に閉まった。




 電車はトンネルを通過すると、徐々に速度を緩め、そして駅に停車した。


 悠々夏たちは取りあえず荷物を持って電車から降りた。


 2人を降ろすと、赤い電車は無言で立ち去った。





「すごい駅」



 そこは、無人駅だった。


 高架の上にある、短い単線のホーム。

 小さな屋根の下に古びた椅子が設置してある待合スペース。

 ホームの上に備え付けられた電灯だけが、薄暗くこの小さな駅を照らしている。

 ホームを挟んで線路の反対側には、下に降りる階段がある。

 コンクリート打ちっぱなしのような、飾り気のない駅だった。


 辺りを見渡すと、駅の周りは、田んぼと山しかない。



「すごい所に来ちゃったね」


「うん。こんな駅、まだ存在したんだ」




 ど田舎の無人駅に佇む、ゴスロリ姿のJK2人。


 2人のメイクがもうちょっとしっかりしていれば、あるいはアート写真の被写体として成り立ったかもしれない。




「まだ電車あるのかなぁ」


「アプリで調べよ。えーっと駅名は……」



 ホームの上に、古びた看板があり、そこにはきさらぎ駅と書かれてあった。



「きさらぎ駅」


「きさらぎ駅っと……あれ、出てこない」


「えーちゃんと調べてる?」


「調べてるって。ないもんはない」



 2人は黙って待合の椅子に座る。

 あまり聞いた事ないような虫の鳴き声が聞こえる。



「お父さんに助け呼ぼうか」


「怒られない?」


「うん、大丈夫」



 帰りが遅くなるのは、ガーネット・パレスでのバイトでいつもの事だ。


 呼び出し音が鳴り、父の声が聞こえる。



「もしもーし、どうしたゆゆ?」



 父の声を聞き、少し安心した。



「お父さん、帰りに電車で寝過ごしちゃって」


「も~、おっちょこちょいだな。奈知ちゃんは?」


「一緒」


「わかったよ、今どこにいるんだ」


「えーとね、きさらぎ駅ってとこ」


「きさらぎ駅か、聞いたことないな。調べてみるよ」


「ありがとう、お願い」


「じゃぁ、またあとから連絡するから、そこにいるんだぞ」


「はーい」



 電話が切れる。



「お父さん、迎えに来てくれるって」


「よかった、悠々夏のお父さんにお礼言わなきゃ」


「今日泊まってっちゃう?」


「いいね、お母さんに聞いてみる」



 そうして母に連絡を取る奈知。



「オッケー」



 奈知は親指と人差し指をくっつけて円を作り、オッケーサインをした。








 2人は椅子に座って待っていたが、暫く経っても、父からの連絡はなかった。



 こちらから電話をかけてみるが、父は出ない。


 あれっきり、電車も来ない。


 自分たちが乗って来たのが終電だったのだろうか。



「お父さんどうしたのかなぁ」


「やっぱこの駅が見つからないのかな、でもそんなことってあり得る?」


「ない、と思うけど。何時間も寝過ごした訳じゃないし、乗り換えもしてないし」


「移動した距離も知れてるよね」


「急に仕事の用事でも入ったのかな」


「たぶんそうじゃない? もうちょっと待ってみようか」


「うん、そうしようっ」



 そう言って悠々夏は足をぶらぶらさせた。









 しかし、更に待っても父からの連絡はなかった。



「そういやさ、この下ってなにがあるんだろう」



 2人は、階段の下を覗き込んで見る。


 下の階には、薄暗い蛍光灯の灯りが灯っている。



 もちろん、人の気配はない。



 悠々夏たちは顔を見合わせ、恐る恐る階段を降りてみる。



 1階はそれほどのスペースはなく、左手にトイレと、柵が設けられているだけ

の、申し訳程度の改札があるだけだった。



「自動改札機じゃない……?」


「どこの田舎よ」





 それを見た時、2人はやっと異様さに気付いた。




 ここら辺で自動改札機じゃない駅なんて聞いた事がない。




 更に悠々夏には、ある思考が頭をよぎった。





 これ、あかんやつや。





 この感覚は、ガーネットパレスでバイトを始めてからというもの、半ば強制的に味わっている、不思議体験のそれである。








 おいおい、プライベートの時くらい勘弁してくれよ、不思議体験さん……。

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