5月7日、繰り返す時間・2

 


 カーテンをめくって現れたのは、昨日の男性だった。


「あ……」


「どうも……」


 男性も、察したようだ。


「やはり、今日も繰り返しを?」


「まさか、あなた達もですか?」


「はい、繰り返しちゃってます」


 男性は、顔を覆うようにして中指で眼鏡をくいッと上げた。





「巻き込んでしまってすまない」


 男性とガーネットは椅子に腰かけ、悠々夏は壁にもたれていた。


「しかし、内心安心しているところもある。今まで、相談できる者がいなかったから」


 それは男性の本音だろう。気が緩んだのか、大分憔悴したような表情を見せている。


「わかる、わたしなんて今日1日過ごしただけで頭がポーンって破裂しちゃいそうだったもん」


「そうだろう、もしこれが永遠に続く思うと私は……」



 男性のその言葉に、悠々夏とガーネットはぞーっとした。



「この繰り返しの原因は、やはりあなた自身に関わる事にあると思うのですが、なにか心当たりはおありですか? 5月7日に特別な意味があるとか」


 ガーネットが、珍しく真面目に話をしている。


「いや、特には」


「よく思い出してみてください。昔の事が関係している場合もあるんです」


「あぁ、考えてみるよ」


 男性はそう言って、組んでいる手の上に額を乗せて暫く黙っていた。


「今夜も、お宅にお邪魔してよろしいですか?」


「あぁ、頼む」



 また奈知に頼んでお父さんに嘘を言うのはツラかったが、祥子さんの料理と娘さんと話せるのは楽しみだった。







 

「はじめまして、妻の祥子です。北海道から来られたようで、お疲れではないですか?」


「ホホホ、グリーン車で快適な旅でしたわ。私はガーネット。こっちは娘の悠々夏です」


 昨日、というか1回目と同じように祥子さんは笑顔で迎え入れてくれた。


「こんばんは」


 娘さんも同じで、丁寧なお辞儀で挨拶してくれた。やっぱり可愛いな、食べちゃいたいくらいだ。




 一緒にご飯を頂き、娘さんと遊んで、夫婦の寝室に入った。今度は絶対に寝まいと、栄養ドリンクやガムなど準備していた。



「さぁ、今夜は絶対朝まで起きてるわよ。悠々夏、あんたもしっかりね」


「はいはい」


 昨日真っ先に寝たくせに、このおばさんは。



 悠々夏は両手で自分の頬をつねった。



 今夜、絶対に繰り返しの秘密を暴いてやる。









「ゆゆ、時間だぞー」


 階下から轟く、父俊作の声が、ガーネット・パレスにイケメンがやってきて悠々夏にアプローチしてくるという、珍しく見たハッピーな夢の中にまで入って来て、悠々夏を現実の世界に引き戻した。


「うーん」


 夢の中に現れたイケメンに後ろ髪を引かれながら、階段を降りてリビングに向かう。まだ、完全に現実世界に戻ってこれてはいないようだ。夢と現実を結ぶトンネルの中間にいるように、全てのものごとがぼんやりとしている。


 リビングに入ると、朝食の良い匂いが漂ってきた。


「おはよう、お父さん」


「おはよう。今日はゆゆが好きなねぎ入り卵焼きだぞ」


「はっ……ねぎ入り卵焼き?」



 悠々夏は意識は、一気に覚醒した。



テレビに目を向けると、七三分けの男性ニュースキャスターが最新のニュースを読み上げている。


「今日未明、雛月町のコンビニに強盗が入り、アルバイト店員を脅してうまい棒50本を持ち去りました」


 また、同じだ……


 美味い棒……





 通学路である商店街の様子は、全く同じだった。


 犬を散歩させるおじさん。


 店の暖簾を出す和食屋の和久さん。


 商店街を抜け駅前に出ると、奈知がスマホをいじりながら待っていた。


「おはよう、ごめん待った?」


「2分33秒。昨日より断然早いぞ、えらいえらい」


 そう言って奈知は悠々夏の頭をなでた。


「今日のお弁当のおかずは?」


「ねぎ入り卵焼き」


「やった、もらい」


「全部あげる」


「え、大丈夫? 熱でもある?」


 心配かけてごめん、奈知。


 大丈夫だよ。


 いや、大丈夫じゃないかも。









 学校が終わり、急ぎ足でガーネット・パレスに向かった。


「ひっ」


 カーテンを開けて中に入ると、ガーネットがミイラの様な形相でポツンと水晶の前に座っていた。


「だ、大丈夫ですか?」


「あたしゃ、こんな厄介なケースに巻き込まれたのは初めてだよ。悠々夏、あんたはホントに何でも引き寄せちゃうね」


「えー、わたしのせいじゃないし。何か原因があるんでしょ? 頑張って見つけ出そうよ」


「そうだわね」


 そう言って、突然に身体に魂が戻って来たみたいにガーネットは動き出した。


「あの男性の身辺を洗ってみましょう。知り合いの探偵にも頼んでみるわ」


「わたしに出来ることはある?」


「とりあえず、何か手がかりが見つかったら手伝ってもらうわ。それまで休んでなさい。あんたも疲れたでしょ」


「今日は、泊まりはいいの?」


「行ってもなんにもならないでしょ。大丈夫だから、今日は帰って寝な」


「うん、ありがと」


 悠々夏が帰ろうとすると、男性が入って来た。


 悠々夏が先に帰ると、ガーネットは男性にこれからの対策を説明した。





 悠々夏はガーネット・パレスを出ると、病院に向かい、母の菜々子に会いに行った。


 病室に入ると、いつもと変わらない母の寝顔に安心した。


 悠々夏は、そのまま母の布団に顔を埋めて寝てしまった。






「ただいまぁ」


「おかえり、ゆゆ」


 家に入ると、美味しそうな夕飯の匂いが食欲をかきたてた。


「今日の夕飯なに?」


「今日はシチューだぞ」


「やった」


「早くお風呂入って来なさい」


「はーい」



 祥子さんが作ってくれた夕飯は、ローストビーフに海鮮サラダと豪華だったな。


 毎晩、あんなご馳走なんだろうか。


 あたし達が押しかけたから、無理させちゃったのかな。



 夕飯を食べ、どうせまた明日は7日に戻っているだろうと思い宿題はやらず、眠りについた。


 疲れているせいか、すぐに眠れた。









「ゆゆ、時間だぞー」


 階下から轟く、父俊作の声が、ガーネットが転業してラーメン屋になり、悠々夏はラーメン屋でバイトする事になったという、わけのわからない夢の中にまで入って来て、悠々夏を現実の世界に引き戻した。


「うーん、朝か……」


 頭にハチマキを巻くラーメン屋スタイルのガーネットの事はすっかり忘れ、階段を降りてリビングに向かう。


 リビングに入ると、朝食の良い匂いが漂ってきた。


「おはよう、お父さん」


「おはよう。今日はアジの開きだぞ」


「え……?」


 メニューが、卵焼きじゃない?


「お父さん、今日何日?」


「寝ぼけてるのかぁ? 5月8日だよ」




 時間が、進んだ。




 テレビからは、七三分けの男性ニュースキャスターが読み上げる最新のニュースが聞こえてきた。


「今日未明、住宅1棟が全焼する火事があり、現場から3人の遺体が発見されました」


 悠々夏はそこから動けなくなった。


 テレビに映っている火事があった家は、燃え尽きて原型を失っているが、見覚えがあった。


 紛れもなく、あの男性の家だ。


 まさか、そんな……



 そして、無情にもニュースキャスターは、被害にあった3人の名前を読み上げた。


 男性と、祥子さんと、娘さんだった。



 悠々夏は、急いで制服に着替え、家を飛び出した。


「お父さん、ごめんなさい!」


「お、おい、ゆゆ?」




 駅まで走り、電車に乗り、男性の住宅がある街に降り立った。


 男性の家の前には、作業を終えた消防車、数台のパトカー、取材の車などが沢山止まっていて物々しい雰囲気だった。


 近くにいた制服の警察官に、話しかけた。


「あの、ここの家のご家族は?」


「娘さんのお友達かい? 残念ながら……」


 まだ若い警察官は、そう言って言葉を濁した。





 あの夜、一体何が起こったのだろうか。



 男性は、これを阻止したい為に5月7日を繰り返していたのだろうか。



 

 わからない。




 今となっては、全ては闇の中だ。



 もう誰も、その真相を知るものはいない。



 もう過去は、戻らないから。





 

 悠々夏は決意した。




 もし、もう1度チャンスが与えられるなら、今度は絶対に男性を、祥子さんを、そして娘さんを、救ってあげようと。

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