第4話 5月7日、繰り返す時間
「ゆゆ、時間だぞー」
階下から轟く、父俊作の声が、ガーネット・パレスにイケメンがやってきて悠々夏にアプローチしてくるという、珍しく見たハッピーな夢の中にまで入って来て、悠々夏を現実の世界に引き戻した。
「うーん」
夢の中に現れたイケメンに後ろ髪を引かれながら、階段を降りてリビングに向かう。
まだ、完全に現実世界に戻ってこれてはいないようだ。
夢と現実を結ぶトンネルの中間にいるように、全てのものごとがぼんやりとしている。
リビングに入ると、朝食の良い匂いが漂ってきた。
「おはよう、お父さん」
「おはよう。今日はゆゆが好きなねぎ入り卵焼きだぞ」
「やったぁ」
テレビに目を向けると、七三分けの男性ニュースキャスターが最新のニュースを読み上げている。
「今日未明、雛月町のコンビニに強盗が入り、アルバイト店員を脅してうまい棒50本を持ち去りました」
「ふぁ~」
ニュースを見るともなしに見て、洗面所に向かった。寝ぼけ眼で歯を磨き、顔を洗う。髪を丁寧に溶かし、またリビングに戻り、朝食を食べた。
「いってきまぁす」
「気を付けてなー」
いつも通りゆっくりし過ぎて、家を出る頃には若干焦り気味だ。
まだ目を覚ます前の商店街を抜け、駅前に出るとスタイルの良い美人JKが立っていた。奈知だ。
「おはよう、ごめん待った?」
「7分48秒」
「細かい~」
「今日のお弁当のおかずは?」
「ねぎ入り卵焼き」
「やった、もらい」
「奈知がそう言うと思って、お父さん沢山入れといてくれた」
「さっすが! 悠々夏のパパは良いパパだ」
学校が終わると、いつもの様に駅前で奈知と別れ、ガーネット・パレスに向かった。
「お疲れさまですー」
「来た来た、見たいドラマの再放送始まっちゃう」
そう言って、ガーネットはすぐに後ろの控室に引っ込んでしまった。
チッと舌うちをすると、悠々夏は制服のジャケットを脱ぎ、紫のローブを羽織り、インチキ水晶の前に腰掛けた。
「どっこいしょ。さてと、今日はどんなお客さんが来るのかな」
「ようこそ、ガーネット・パレスへ」
訊ねてきたのは、40代くらいの男性だった。スーツをピシッと着こなし、オールバックに銀縁の眼鏡が良く似合っている。
学校の、冗談が通じない系真面目先生の雰囲気がして、悠々夏は少し恐縮した。
「今日はどういったご用件で?」
「あなたは、所謂、霊能力者ということでよろしいですか?」
霊能力――そんなもの、シャーペンの先の芯ほども持ち合わせていない。16年間、幽霊とは無縁の人生を送ってきた。
いや、最近ちょっとおかしなことに巻き込まれがちだが。
「まぁ、そんなところです」
テキトーこいてしまった。あとから怒られたらどうしよう。まぁ、その時はインチキに慣れているガーネットがなんとかしてくれるだろう。
話を続ける。
「では、不可解な事象の相談などを受けることも?」
「はい、ありますよ」
寧ろ、不可解な事ばかりだ。
「そういったことは、どのように対処されているのですか?」
一体何が言いたいのだ、このインテリメガネは。悠々夏は段々めんどくさくなってきた。
チラッと水晶の中の液晶画面を見たが、ガーネットの言葉はない。ドラマの再放送に夢中なのだろうか。
「それは、まぁ、色々です。なにしろ不可解な事ばかりですから、ひとくくりには出来ません」
「それは、まぁ、そうだろうな」
そう言うと、男性は椅子にもたれて眼鏡をくいッと上げた。そして、一呼吸置くと少し身体を前に乗り出した。
「私は、時間を繰り返している」
なんですと?
時をかける中年男性?
「時間を、繰り返す……」
「そうだ。ここ3日間、という表現が正しいのか分からないが、私は同じ日を繰り返している。この、5月7日を」
ここガーネット・パレスに来て、1番の衝撃だった。
まさか、そんなことが起こり得るのだろうか。
漫画や映画の中だけの話しだと思っていた。それを、この幽霊とか超常現象といった類の言葉をゴキブリ並みに嫌っていそうな男性が、口にしているのだ。それだけで、信憑性が高いような気がしてくる。
「具体的には、どういった感じなのでしょうか」
「5月7日を1日過ごし、夜眠り、朝目覚めると、また5月7日の朝に戻っているのだ。家庭でも、職場でも、全く同じ事が起こるんだ。もう、気がおかしくなりそうだ」
「はぁ……」
信じていないわけではない。しかし、悠々夏にはどうすることも出来ないのだ。助けを求めるように水晶の中の液晶画面を見ると『大物だ、そいつの家について行く』とある。
ついて行く?
どういうことだ?
その時、悠々夏の後ろのカーテンがばっと開いてガーネットが現れた。
「その話し、聞かせてもらいました」
「あ、あなたは?」
さすがのインテリメガネも、ガーネットのインパクトに恐縮したようだ。少し身をのけ反らせている。
「私はこの子の師匠、ガーネットでございます。繰り返しを検証したいので、今夜あなたのお家にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
「今夜?」
男性は困惑した様子だ。
「はい、今夜です。どっちみち、朝になるとまた今日の朝に戻っているのでしょう? でしたら今日しかないのでは?」
「そうだが……いや。それは困る。家には妻と娘がいるのだ。さすがにそれは」
「そんな悠長な事を言っておられる場合ですか?」
「う、うむ。確かにそうだが」
「今夜、我々がお宅に訪問して繰り返しの原因を突き止めます」
うん?
我々?
「やはり、高校生の娘を家に泊めるのは、流石にマズいのではないか?」
「この子の家族にはしっかり説明してあるので大丈夫です。理解もいただいております」
嘘こけ。
奈知に協力してもらって、お父さんから許可もらうの大変だったんだぞ。
大企業に勤め、幸せな家庭を築いている、よくできた解答例のようなこの男性にとって、スキャンダルは命取りになる。それ1つで、全てが崩れ去る。そんなことなど気にしていられないほど、この男性は追い込まれているようだった。
「では、私達は遠い親戚の親子ということで」
「わかった。もう妻には連絡してあるから、問題ない。君たちは、検証に集中してくれ」
男性の家は、立派な一軒家だった。洋風でお洒落な外観は、奥さんの趣味であろう。実は、けっこう尻に敷かれてたりして。
「はじめまして、妻の祥子です。九州から来られたようで、お疲れではないですか?」
「ホホホ、ファーストクラスで快適な旅でしたわ。私はガーネット。こっちは娘の悠々夏です」
おいおい、ガーネットって明らかに不自然だろう。しかしこの良くできた奥さんは不審な表情も見せず、家の中に招き入れてくれた。
「こんばんは」
悪いところが見当たらない家庭なのでさすがに娘こそはグレているんじゃないかと思ったが、奥から現れたのはこれまた黒髪ロングの新人女優さんみたいな可愛らしい中学生の娘さんだった。
ホントに、欠点のない良い家庭だ。
悠々夏はこの娘さんと気が合い、寝る前まで色々な話しをした。悠々夏の学校の制服を着せてあげると、娘さんは喜んではしゃいでいた。若いっていいな。
悠々夏がとても寂しがりやだから、という力技な理由で、男性と奥さんの寝室で一緒に寝る事が出来た。もちろん、ガーネットと悠々夏はそのまま寝るわけにはいかない。
夜寝て、朝になると時間が戻っているというのなら、その夜になにか手がかりがあるのかもしれない。
男性と奥さんが寝たのを確認すると、ガーネットと悠々夏はむくっと起きて、座敷童のように部屋の片隅に立ち男性の寝顔を見守った。
ガーネットはあくびをした。
悠々夏は肘でガーネットを突いた。
「わかってるわよ、寝ない寝ない」
しかし、ガーネットは早くも戦線離脱してしまった。まぁ、もう初老だから仕方がないか。悠々夏は諦め、1人で頑張る事にした。スマホを見ると、1時近くになっていた。
眠い。
頑張る。
スマホのゲームでもしようかな。
眠い。
でも、眠い……。
「ゆゆ、時間だぞー」
階下から轟く、父俊作の声が、ガーネット・パレスにイケメンがやってきて悠々夏にアプローチしてくるという、珍しく見たハッピーな夢の中にまで入って来て、悠々夏を現実の世界に引き戻した。
「うーん」
夢の中に現れたイケメンに後ろ髪を引かれながら、階段を降りてリビングに向かう。まだ、完全に現実世界に戻ってこれてはいないようだ。夢と現実を結ぶトンネルの中間にいるように、全てのものごとがぼんやりとしている。
リビングに入ると、朝食の良い匂いが漂ってきた。
「おはよう、お父さん」
「おはよう。今日はゆゆが好きなねぎ入り卵焼きだぞ」
「やったぁ」
テレビに目を向けると、七三分けの男性ニュースキャスターが最新のニュースを読み上げている。
「今日未明、雛月町のコンビニに強盗が入り、アルバイト店員を脅してうまい棒50本を持ち去りました」
「ふぁ~。うまい棒好きな人多いんだなぁ」
ニュースを見るともなしに見て、洗面所に向かった。寝ぼけ眼で歯を磨き、顔を洗う。タオルで顔を拭き、鏡に映る自分の顔を見た時、違和感に気付いた。
「あれ……」
違和感をそぎ落とすように髪を溶かし、またリビングに戻り、朝食を食べた。
「いってきまぁす」
「気を付けてなー」
いつも通りゆっくりし過ぎて、家を出る頃には若干焦り気味だ。まだ目を覚ます前の商店街を抜け、駅前に出るとスタイルの良い美人JKが立っていた。奈知だ。
「おはよう、ごめん待った?」
「7分16秒」
「あれ、昨日と同じ?」
「昨日は10分06秒。今日のお弁当のおかずは?」
「ねぎ入り卵焼き」
「やった、もらい」
「昨日もあげたでしょ?」
「なに言ってんのよ、昨日はアスパラのベーコン巻きだったじゃん」
ヤバイ、何かおかしい。
これは、まさか……
学校が終わると、いつもの様に駅前で奈知と別れ、ガーネット・パレスに向かった。
「お疲れさまです」
ガーネットは、珍しく神妙な面持ちで、水晶の前で考え事をしているようだった。
「あの、ガーネットさん。ドラマの再放送はいいんですか?」
少し考えるように間を置いて、ガーネットは口を開いた。
「悠々夏、お前もか?」
ガーネットは、視線だけを上げて悠々夏を見た。
「うん、朝から昨日と全く同じ事が起こってる。これって……」
「レアなケースだから儲かると思って迂闊に手を出したのがいけなかったなぁ。これはいかんわ」
そう言って、ガーネットは頭を抱えた。
わたし達は、紛れもなく昨日と同じ5月7日を繰り返している。
ちょっと……、勘弁してよね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます