第2話 住宅街の公園

 



 更埴悠々夏は、ガーネットから譲り受けた紫のローブを身に纏い、小さな空間の中で、水晶を目の前にして腰掛けていた。



 今日は、学校が終わったら占い館ガーネット・パレスに直行した。奈知とは途中まで一緒に帰ったが、用事があるからと言って駅前で別れた。


 今日も、帰る時に横山を横目でチラリと見たけど、やっぱりカッコよかった。悠々夏は、好きな彼と付き合えるならたとえ2番目の女だとしても構わない――というようなタマではない。けっこう独占欲は強い。昨日横山をさらって行ったワカメちゃんなど、百裂ビンタしてボコボコにした後、山に埋めてしまいたいくらいである。だから、浮気性な横山は自分には合わない。でも、アタマではそう分かっていても、心ではまだ好きなのだ。恋とはそういうものだ、と、恋愛経験が全くない悠々夏はひとりでこのもやもやした整理のつかない切なさを無理やりに纏めようとしていた。




 そんな事を考えながらひとりの世界に浸っていると、占い館の外から、誰かが階段を下ってくる足音が聞こえた。悠々夏はピシッと背筋を伸ばした。鼓動が早くなる。


 ヤバイ、お客さんだ。


 カーテンめくって現れたのは、悠々夏よりも一回り年上、とまではいかないか、スーツを着た若い女性である。髪を後ろで1つにまとめている。仕事帰りだろうか。とりあえず、ガーネットに教えてもらったセリフを言う。


「ガ……、ガーネット・パレスへようこそ」


 ダサい。

 こんなダサいセリフを毎回言わないといけないなんて気が滅入る。しかし、言わなければならない。雇い主のガーネットの指示だからだ。働く、というのはこういう事なのだろうか。悠々夏は何かを悟った気がした。


 悠々夏が促すと、女性は椅子に座った。持っていたトートバッグを膝の上に置いた。


「どういったご用件で?」


 続けて、教えられたセリフを言う。

 どんな悩みでこのお姉さんはここへ来たのだろう。

 仕事か恋愛か。

 どっちにしても、悠々夏には良いアドバイスを与えられる自信などなかった。というか、あのガーネットはこのいたいけなお姉さんから一体いかほどぼったくる気でいるのだろう。


 逃げるなら今よ、大人しく帰りなさい。


 悠々夏は、女性に何度も念を送った。しかし、悠々夏の想いは通じずに女性は話し始めた。


「あの、ここなら変わった悩みの相談も出来ると聞いて来たのですが……」


 そうなのか、それは初耳だぞ。

 ガーネットは、ただ聞いていれば良い、と言った。お客さんは、話すだけ話したら満足して帰ってくれるのだろうか。それだけなら楽なんだけど。


「はい」


 どうしていいか分からず、短く答えた。

 まぁ、いざとなったら、後ろで控えているガーネットが助けてくれるだろう。

 悠々夏の目の前に置かれている水晶には、悠々夏側だけに見えるように液晶画面が内臓されている。この画面を通して、ガーネットが指示をくれたりヘルプしてくれるというわけだ。なんとかなるさ。

 女性は何か言おうとして立ち止まり、一呼吸置いて、話し始めた。


「最近、よく夢を見るんです」

「夢、ですか?」

「はい、毎回同じ夢なんです」

「どんな夢ですか?」


 夢――悠々夏の気持ちが少しだけ前のめりになった。悠々夏の脳裏に、黄昏に染まる遊園地の景色がよぎった。


「公園で遊んでいる夢なんです。住宅街の中にある小さな公園で、私は、子供の身体に戻っていて、1人の女の子と砂場で遊んでいます。夢中で砂のお山を作ったりして遊んでいるんですが、そのうち、何かを思い出したように、もう行かなくちゃって思って、私はその女の子に別れを告げて、公園を出ようとするんです。私が帰ろうとした後も、女の子はとくに感情を表すこともなく、砂場で遊び続けます。公園を出て、住宅街の中を歩いてる私は、ふと寂しいような感じがして、また公園に戻ろうとします。でも、その公園にはどうやっても辿りつけません。私は、住宅街をひたすら彷徨い、公園を探しますが、一向に見つからず、私は次第に心細くなっていき、焦って、そうやって住宅街をグルグル回っているうちに夢から覚める、という感じでして……」



 わたしの見る夢に似ている――悠々夏はそう思った。


 悠々夏も、幼い頃から、ずっと1つの同じ夢を繰り返し見て来た。遊園地の中を、ひとりでさまよう夢だ。

 この女性が話す夢の話しに、興味を持った。


「夢を見始めたのは、いつ頃からですか?」

「ここ最近、と言っても、もう半年前くらいなんですが……段々と夢を見る頻度が高くなってきて、最近では3日に1回は見るようになったりで」


 わたしも同じだ。昨日なんて、授業中に居眠りしている時に遊園地の夢を見てしまった。


「その夢が不快だということはないんですが、こんなに頻繁に見るようになると、どうにも気になってしまって」


 なるほど、そういう系の相談か。

 残念ながら、わたしは専門家ではないし、特別知識もない。しかも、この女性ほどではないが、わたしも同じような悩みを抱えている立場だ。到底わたしでは力になれそうにない。ここは本職(インチキかもしれないが)のガーネットにヘルプしてもらおう――頭でそんな事を考えていると、女性はまた話し始めた。


「それに、もう1つ、気になる事がありまして……」

「気になること?」

「はい……。実は、子供の頃、実際に夢と同じような体験をしたことがありまして」

「というと」

「はい、私がまだ小学生低学年の頃、1人で自転車に乗って近所を走り回っていました。見慣れた住宅街をグルグルと回っていたつもりだったんですが、不意に、公園があるのを発見しまして。子供だった私は、宝物を見つけたみたいに嬉しくなって、自転車を放り出してその公園で遊びました。ブランコ、小さなジャングルジムと遊んでいると、ふと、砂場で1人で遊んでいる女子を発見しました。私は砂場に近づき、その女の子と一緒に遊びました。その時、どのような会話をしたとか覚えていないんですが、とても楽しかったという感覚だけは今でも覚えてます。それでその日はその女の子と別れて家に帰ったんですが、次の日、その公園に行こうとしたんですが、どこにあるのか分からなくて。次の日も、その次の日も探したんですがとうとう見つからず、そしていつしかその公園と女の子の記憶は思い出の押し入れの奥へ奥へと追いやられていって、私自信忘れていたんです。それが、夢を見るようになって思い出して、という感じで」


 なるほど、よくわからないが、この女性は仕事か恋愛か知らないけど大人の生活に疲れて、幼い頃の記憶に逃避しているに違いない。そう決めつけた悠々夏は、テキトーにアドバイスを言ってそれで帰ってもらおうとした。だって、わたしにはそれくらいのことしか出来ないから。悠々夏が口を開こうとした時、目の前に置かれている水晶の中に仕組まれた液晶画面が文字を表示した。


『現場に行け』


 はぁ、現場? あたしは刑事か。

 悠々夏は後ろで閉じられているカーテンを振り向きそうになった。しかし、気持ちをぐっとこらえ、ガーネットのいう通りにすることにした。


「その場所に、案内してもらえますか」



 はぁ……。帰り、遅くなっちゃうよ。

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