第6話 金塊

 本能寺の変の謎解き、三人は車内でそれを話し込む内に安土城跡へと到着した。そして城山の登り口へと降り立った。

 辺りは初夏の中。新緑で覆われた安土山が目映いばかりの陽光を受け、キラキラと輝いている。

 信長が日本統一の覇権を掛けて、象徴として選んだ山が目の前にある。そこからは湧き出てくる歴史の重みが感じられ、まことに荘重で美しい。

 そんな山を面前にした三人は、これから始まる埋蔵金探しの緊張なのか、一度大きな深呼吸をする。そしておもむろに天主への石段へと、すなわち大手道を登り始める。それは幅6メートルはあろうか、西の丸へと直線で繋がる安土城正面の坂道。


 しばらくしてから、最初に奈美が言葉を発する。

「私、安土城に来たの初めてだけど、信長君、アンタ、石仏まで石段に使ったのね。もう何回も踏んでしまったわ、大丈夫かしら、罰は当たらないでしょうね」

「石仏、そんなものはただの石っころじゃ、心配要らぬ」と、信長はやっぱり強気。

「そうなの、だけどこの石段は急勾配で、心臓がパクパクして、貧血起こしそうだわ」

「そうだよなあ、メッチャ急な石段だよ、もうちょっとペースを落とそうか。だけど、さすが信長、ぜんぜん平気な顔してやがんの」

 高見沢は奈美以上にゼイゼイと荒い息使いをしている。


「お主、しんどくないのか?」と、高見沢は信長に問い掛ける。

「ここは拙者の城ぞ、慣れておるわ」

 信長はそう言い放ち、「平気の平左よ、これこそ当たり前田のクラッカー!」とオヤジギャグを飛ばしてくる。しかし、どこで憶えてきたのだろうか、昭和年代もので古臭い。その上に、唐突に「吟じま~す!」と。

「おいおいおい、吟じるって? こんな息が上がってる場面で、そんなの止めろよ!」

 高見沢は精一杯阻止しようとした。しかし信長は、そんな引き止めに聞く耳持たず、なぜか李白の「つよに白帝城を発す」を朗々と吟じ出す。


 あしたに辞す 白帝彩雲さいうんかん

 千里の江陵こうりょう 一日にしてかえ

 両岸の猿声えんせい  いてまざるに

 軽舟けいしゅう すでに過ぐ 萬重まんちょうの山


 確かに、そこには無事に帰って来たという意味合いがあるが、ちょっと場面が違うような気がする。その上に調子が外れてる。高見沢も奈美も、気分が余計にうううっと悪くなってきた。

 しかし信長はそんな二人のことは捨て置き、自分の世界に浸り切っている。そしてその後エネルギッシュに、秀吉や前田利家の屋敷跡前をさっさと通り過ぎ、どんどんと登って行くのだ。それを高見沢と奈美がゼーゼーと息を切らせながら追い掛ける。

 そんなドタバタをやりながら、三人はやっと西の丸跡地までやって来た。だが、高見沢も奈美も血の気が引いている。


「信長よ、この先もうちょっと行くと天主があるのか?」

 高見沢は神に祈る思いで聞いてみた。

「左様、もう少しじゃ、頑張らっしゃい。只今より拙者が黄金の天主にお主らを案内申す、有り難く思え」

 信長がえらく威張った口ぶりだ。それを聞いていた奈美、間髪入れずに信長を問い詰める。

「ねえ信長君、黄金の天主も良いけどね。今となれば、全部がまぼろしなの、もうお城はなくなっているのよ、理解しているでしょ。そんなことよりね、軍資金が眠っているという蛇石はどこにあるのよ、まだ思い出せないの?」

「奈美姫、そう慌て召されるな、まずは天主から蛇石の位置確認が必要ぞ」

 信長は今度はゆったりと構え、もったい付けて返してくる。

 軍資金発見へと心が焦る高見沢と奈美、そして自分の城へと招待してやってるつもりの信長君。こんな行き違いのかけ合いを繰り返しながら、三人はやっとのことで急な石段を登り詰めた。そして天主の跡地になんとか辿り着いたのだ。


 そこは高さ約1.5メートルの石垣で囲まれた約20メートル四方の広場。天守閣のいしずえなのだろうか、そこには百個程度の敷石だけが残っていた。そして信長はこんな風景を見て、突然叫ぶ。

「なーんもない!」

 今にも泣き出しそうだ。高見沢も、「ホント、何もないよなあ。ここに五層六階、地下一階の黄金の天主閣があったのか、信じられないよなあ。あーあ、つわどもの夢の跡か」と感無量。


 すると奈美が息も戻ってきたのか、横からいつものきつい調子で口を挟む。

「信長君、アナタ戦国一の武将でしょ、女々しい感傷に浸っている場合じゃないわよ。壊れてしまったものは、もうどうでも良いの、わかってるわよね」

 こんなけんもほろろな言葉を聞いて、信長は何も言えずにポカーンとしてるだけ。

「信長君、これからアナタには、株価上昇プロジェクト、そう、今の悲観相場を打ち破り、日経平均を3万円に上げるお仕事、それにしっかりと取り組んでもらわないとね。さあ落ち込んでる場合じゃないでしょ、蛇石の位置を、早く思い出しなさいよ」

 信長はこんな気合を奈美にガッツリコンと入れられて、徐々にサムライらしい精悍な面構えへと戻って行く。


 しかし、いつの世も男は女に勝てない。

「奈美姫、戦国の時代もそうじゃったが、オナゴはんは強いのう」

 信長はたまらず若干の不満を漏らした。しかし、それはそこまでで、「わかり申した、御所望の蛇石を、何とか思い出そうぞ」と素直に奈美の指示に従い、じっくりと考え始めるのだった。


 安土城には五層六階、地下一階の黄金の天主閣があった。

 そして今、その跡地はそれを取り囲む木々で鬱蒼うっそうとしている。初夏の目映い日射しはそれらにさえぎられ、暗くかつ霊気が漂っている。

 こんな情景の中で、身動きもせずにしばらく記憶を辿っていた信長がうつろに漏らす。

「カムイン……、カムイン!」

「信長君、一体それ何なのよ、ちょっと⑱禁、洋物AVの見過ぎじゃない。まいっか、それよりも早くゲロしなさいよ。蛇石はどこにあるのかを、早く!」

 奈美がせっつく。そして遂に信長言い放つ。

「おっおー、思い出したぞ。みなの者、ようく聞き申せ!」


「信長君、みなの者って、私たち三人しかここにはいないのよ。はいはい親方様、大きな声で、はっきりと!」

 信長は黄金の天空の間があった空を、おもむろに眺め入る。そして一呼吸おいて、実に威厳を持たせて申し述べるのだ。

「ファイナルアンサー! 蛇石は――この天主の地下、まさにこの下に……、鎮座しちょるのじゃ!」

「えっ、蛇石は、今私たちが立っているこの下にあるの?」

「奈美姫、その通りじゃ。戦国の世、大きな建物を建てる時は、基礎が弛まないようにのう、大きな石を地下に埋めたのじゃ。じゃによって、安土の天守閣は、蛇石の上に建っておったということになり申す。よってもって、その蛇石の下に石蔵があってのう、そこに金塊がザックザックとあり申す」

 これを聞いて、高見沢も奈美も思考がまとまらず、ポカーンとしている。しかし、しばらくして奈美ははっと気付くのだ。


「ということは、その大きな蛇石の下に目指す石蔵があって、そこに軍資金が眠っているということなのよね。うーん……、それじや掘れないじゃん!」

 奈美の肩ががっくりと落ちる。しかし、信長は気落ちしてしまった奈美を気遣い、元気が出てくる話しを明かす。

「奈美姫、心配召されるな、石蔵へは横穴があるぞ。その入口がちゃんとござるのじゃ」

「わっお~、信長君、その入口ってどこなのよ? 早く教えてちょうだい!」

 奈美は一転明るい表情となり、信長の腹を指で繰り返し突っついている。


 こんな奈美からの追求に、信長はきりっと背筋を伸ばし、「入口は、この天主の中心と竹生島ちくぶしまとを結んだ線上、その山の中腹にござる」とさらりと明かした。

 信長のこの発言に、高見沢も奈美も思わず大拍手ビッグハンド。そして奈美は止まらない。

「信長君、ようく思い出してくれたわね。僕ちゃんも随分とお利口さんになっちゃって、カワユイ、カワユイ。ところで高見沢さん、竹生島ってどっちにあるの?」

 奈美からいきなり振られた質問に、高見沢は持参してきた地図を開き、位置確認をする。そして時を置かず驚きの声を上げる。

「えっ、これってどういうこと、竹生島って、ここから真北の方向にあるぜ。北の夜空に不朽に輝く北極星、その方角に神が宿る島、竹生島がある。そして黄金の埋蔵金への入り口は、そんな神の島に向かって開かれているのだ」

 高見沢はこんな取って付けたようなロマンに感激している。一方奈美は、「北極星も神様も有り難いけど、今は私たちの方がもっと大事なの。北はこっちなの、とにかく行ってみましょう」とさっさと歩き出した。


「女は、なんでいつもこう現実的なんだよ」

 高見沢も信長もそうブツブツと吐きながら、北に一直線に向かう奈美を追っ掛け、急な斜面を三人で下りて行くのだった。

 山の雑木は激しく生い茂ってる。そして斜面は急勾配。よほど気を付けなければ、下まで転げ落ちてしまいそう。

 しかし三人は、そんなことにひるんでいる場合じゃない。とにかく無我夢中。どろどろになりながら、5分ほど斜面を下った。そして、山の中腹まで下がったところに、少し広がりのあるスペースがあり、そこへと辿り着いた。

「高殿に奈美姫、あれを見ろ、遂にあったぞ、北斗の双子岩ふたごいわが。あれこそが石蔵へと通ずる横穴の入口ぞ」

 信長の指差す方向に、二人が目を向けてみると、木々の合間に3メートルはあろうか、大きな二つの石がもたれ合っている。どうも下部のほとんどは土に埋もれているようだ。


 安土城の歴史ファンが必死で探している蛇石。それは、信長の記憶によれば、天主の真下の地下にあるとのこと。さらにその下に、黄金の金塊が眠る石蔵があるらしい。そして、そこへと通じる横穴の入口が、今目にしている北斗の双子岩だと言う。

「確かにこれはスゴイ発見だよ。ところで信長、現実の入口なるものが見えないけど、一体どこにあるのだよ?」

「至極明白でござる、二つの岩がもたれ合っている隙間がござろう、そこが入口ぞ。さあ高殿、ちょっと掘ってみようぞ」

 こうして三人は、入口があると信長が明言した辺りを泥まみれになりながら30分程掘ってみた。そして遂に、石蔵への入口がぽっかりと口を開けたのだ。


「おっおー、これが軍資金への入り口か、まさに日経平均3万円への幸福のエントランス。おっと、奥の方へと穴が続いてるぞ、カンゲキー!」

 早速三人は恐る恐るだが、その入口から地下へと潜り込んだ。そして懐中電灯を頼りに、横穴を奥へと進んで行く。

 横穴は石で頑強に組まれた地下通路だった。その暗闇の中をしばらく進んだだろうか、三人はとうとう石蔵へと辿り着いたのだ。

 石蔵の中は10メートル四方はあろうか、意外にも広い。そしてその壁側に、ホコリを被った塊がどんと積まれてある。


 奈美は興奮を抑えながら指先でホコリをぬぐい、懐中電灯で照らしてみる。すると、なんと金色にキラッと光るのだ。

「わあああああ、スっゴイわ。高見沢さん、これ全部黄金よ、ヤッター! 遂に私たちが見つけたのよ。全部でいくら位の値打ちがあるのかなあ、少なく見積もっても多分100億円はあるわよね。ウフフフフフー……、最高!」 

 奈美が一気に舞い上がる。


「高見沢さん、こんな金塊が安土城の地下に眠っていたなんて、これこそ私の生涯の中で、最高のエクスタシーだわ。私何よりも、黄金が一番好っきー! そうだわ、これだけの黄金があれば、もう男なんかいらないわ。やっぱり男より、黄金よねぇー」

 奈美が男より黄金の方が好きだと、一大宣言するほど感極まっている。そして恍惚状態。

「信長、お前ホント偉いやっちゃ。さあ今日のところは、当座の必要分だけを持って帰ろうぜ、そこの鞄に詰めるぞ」

「合点だ! 少なくとも1億円のお持ち帰り、許してやるぞ」

 高見沢と信長、もう二人は気も狂わんばかりに金塊を鞄に詰め出す。しかし、金はさすがに重い。持ち上げると、鞄の紐が今にも引きちぎれてしまいそうだ。

 それでも高見沢も信長も、鞄に金塊を詰め込むのに必死。そんな時に、奈美が悲しそうな声を発する。


「ねえ、ねえ、高見沢さん、ねえってば」

 あの強気の奈美姉さんがどうも涙をこぼしているようだ。

「奈美ちゃん、一体どうしたんだよ、突然泣き出したりして。オモラシするほどの嬉し泣きなのか?」

 だが奈美は悲痛な顔で否定してくる。

「そうじゃないのよ、アーン、ウォーン」

「男より黄金が好きだなんて、そんな舞い上がった発言をするからだよ。ホントのところは、やっぱり男が好きなんだろ」

 しかし奈美は泣きながら訴える。

「ねえ、高見沢さん、これって犯罪じゃない?」


「犯罪? なんでだよ?」

 高見沢はカーと頭に血がのぼってきた。

「だって、これって、人のまったけ山に入って、まったけ頂いて帰るようなものでしょ」

「アホか! この金塊は、山で自然に生えたもんとチャウで。年代は経ってるけど、信長が自分の意志で、ここに隠したものなんだよ、明らかに信長の所有物だよ。自分で隠しておいた金塊を、400年経って家に持って帰って、なんで罪になるんだよ。まったけ山のまったけとチャウ!」

 高見沢の怒りが爆発する。

「ねえ高見沢さん、落ち着いてよ。だって今ここは人の土地なんでしょ。それに信長君はクローンよ、そりゃDNAは全く同一だけど、ホントの本当は、本人そのものじゃないもの」


 奈美の鋭い視点からのこんな意見に、高見沢は「うっ」と言葉を詰まらせてしまう。それからしばらく気持ちを落ち着かせ、「クローンに、財産所有権はないのかよ」と自問自答するように呟いた。

「だって、それが今の世の中の現実なのよ。21世紀のビジネス社会のキーワードはコンプライアンス、法遵守よ。今は法を守ることが大事と思うの。私も口惜しいけど、だから涙が出てくるのよ、ウオーン、ウアーン」

 奈美はこう言って大泣きし始めた。


 頑丈な石で組まれた密室。その石蔵の密室の中で、ベッピン奈美ちゃんが年甲斐もなくワンワンと大泣きをするものだから、五月蠅くって仕方がない。耳栓がいる。

 高見沢と信長は、この予期せぬ事態をどう収拾すべきかと迷った。

「信長、お前どう思う?」

 高見沢は意見を求めた。

「拙者は、現代社会の構造や仕来しきたりも勉強してきたので、奈美姫の美しい自制心を充分理解申す。よって、今日のところは手ぶらで帰ろう。どうしたら我々がこの金塊を持って帰れるのか、また我々の財産になるのかをよく勉強してから出直してきた方が良かろうぞ。いかがなものかな?」

「へえ信長よ、結構冷静じゃん。それにしても奈美ちゃんの悔し涙、それも気の狂ったような大泣き、初めて拝見させて頂いたよ、セクシーでいい涙だよなあ。まあお二人さんの意見を尊重させてもらって、ヨッシャ! 次の機会とするか。やっぱ我々のプロジェクトも、コンプライアンスが一番大事だからなあ」

 高見沢はハズミで、こんなカッコイイことをほざき返してしまった。


 しかし、声は涙声。後は「コンチキショー!」と叫び、100億円の金塊の前で孤影悄然こえいしょうぜん

「そうしましょうよ、高見沢さん、ありがとう」

 奈美は反対に大泣きも終わり、気が晴れたのかスカッとした良い顔をしている。

 こうして三人は、蛇石の下の軍資金を発見したにもかかわらず、今日のところは持ち帰ることを諦めて、安土城跡を後にするのだった。


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