第5話 真実

 翌日、高見沢は奈美と信長を愛車に乗せて、京都から安土城跡へと向かった。

 本能寺の変があったのは、1582年6月2日。その時からもう400年以上の歳月が流れてしまっている。

 しかし、織田信長は時空を越えて、戦国の世からこの現代社会へクローンとして蘇生した。そして、信長そのものの魂もすっかり刷り込まれた。つまり、まったく同一人格の信長が生き返ったのだ。


 時の流れは光陰流水のごとし。信長は安土城跡が近くなるにしたがって、実に感無量。日本歴史上で、最も研ぎ澄まされた鋭角な男がセンチメンタルに陥ってしまっている。

「安土の城は、燃え落ちて消え失せてしまったのだなあ。安土の地を繁栄させ、馬揃えでもって御所で威嚇いかくしたように、ここから京に武力を見せつけ、コントロールしようと考えておったのにのう、禿げ光秀が公家の陰謀に乗りおって、折角作戦通りに行くところを。あ~あ、夢まぼろしのごとくなり」

 信長は、その夢幻泡影むげんほうようの波乱人生49年を想い出し、似つかわない感傷に浸っている。そんな時に、好奇心一杯の奈美が容赦なく質問をぶつける。

「信長君、本能寺の変の真実は一体何だったの? もうそろそろ歴史の封印を解いて、本人自らその真実を話してくれても良いでしょ」


 信長はじっと考え込む。その後突然に、その質問を要領よく高見沢に振るのだ。

「奈美姫、そうだなあ、時代も変わったことだし、そろそろ歴史の真実を語ってみようぞ。いやしかし、ここはその前に、拙者の興味としては、高殿の謎究明の御高説をまずは承りたい。高殿、本能寺の変とは、いかが推察召されておるのか、言わらっしゃい」

 それにまたまた奈美が調子を合わせて、「日本一の戦国ミステリー、高見沢さん、本能寺の変を一体どう推理しているのよ、ちょっと聞かせてくれない」と切り込んでくる。

「俺の推理か、そんなの本人のいる前で話しても良いのかなあ」

 高見沢はなぜか躊躇する。

「高殿構わぬ、聡明叡智なる貴殿の思いなすところを、申してみよ」

 信長が催促してきた。それに対し、高見沢は案に相違し、「それじゃ遠慮なく」と頬を緩ませ話し始める。


「信長、おまえは光秀に狙われていることに気付いていたのだろう。というのも、これは謀反じゃなくて、光秀の個人的な恨みだったのじゃないのか?」

 信長はいきなり核心に踏み込まれたようで、「高殿の想像通りじゃ、拙者はもちろん光秀が攻め入ってくることは知っておったぞ」と肯定し、「そんなところまで、バレておったのか」と首をすくめる。

 そんな信長の反応に、高見沢は自信を得たのかまずは大きく息を吸い込み、しばらくの間を取る。そしてそれから声のトーンをぐーんと落とし語る。

「明智光秀の妻は煕子ひろこさんだったよなあ、彼女は安土城の築城完成パーティに出席したろ、その時に、信長、お主なあ、天空の黄金の茶室に煕子さんを誘って、仲良くお茶したろ。それで言ってしまうぞ、そこまでで止めときゃ良かったのに、信長おまえ、ふとしたハズミで、人妻の煕子さんともっと仲良くしてしまったんだろ?」


 こんな話しをじっと聞いていた奈美は、「ちょっと高見沢さん、それって、どういう意味なのよ」と、混乱した頭の中を整理しようとしている。そしてしばらくして、奈美は事の内容を理解したのか、短く言い漏らす。

「それって……、不倫?」

 すると高見沢はますます得意顔となる。

「イエス・マム、信長が反省すべきことは、一時の男女の出来事を甘く見過ぎたことなんだよ」

 奈美はこんな高見沢の推論に、大仰天。


「なにがイエス・マムよ、高見沢さん、あなたねえ、本能寺の変は、不倫が原因だったって言うの、そんなバカなこと言わないでよ!」

 奈美はもう叫ばざるを得ない。しかし、高見沢はそんな奈美のあっけにとられた様相を気にも留めず、しみじみと述懐する。

「明智光秀は、妻の煕子さん以外に側室ももうけず、妻を愛し続けた男なんだよ。これこそ夫の鏡、本当に煕子さんへの愛一途で、生涯清廉潔白に生きた立派な男だよ。それに妻の煕子さんは、夫のためなら、女の命の黒髪まで売ってしまう性根の座った奥さんだったんだよなあ」

「そうよ、煕子さんは、糟糠之妻そうこうのつまなのよ。それなのに、なぜ?」

 奈美は合点が行かない。一方高見沢は、どうして不倫関係に陥ったのか、そこの真実を確認したい。


「信長よ、おまえがそんな夫婦の中に無理矢理に割り込んで行ってしまった。それは単に魔が差したということなのか?」

 ずばり聞かれた信長はじっと沈黙を続ける。

 奈美は「えっえー、やっぱり不倫なのね」と、信長の様子を見て苦悶する。そして、感ずるままにぶつぶつと呟くのだ。

「それで信長君は、光秀に恨まれてしまったのね、なるほどね。信長君、アンタ、本能寺で襲撃を受けた時に、是非に及ばずと訳のわからない名言を吐いたでしょ。是非に及ばずって、やむ得ないっていうことでしょ。奇襲されてその死の間際に、今までなぜそんな言葉を吐くのかよく理解できなかったけど、不倫が原因だったとしたら、そこに隠された深い意味がわかるわ」


 さらに奈美は、「男女問題が原因なんて、信じられない歴史解釈だわ。だけど、一番真実に近いような気もしないでもないわね、うんうん」と自分で一人頷いている。

 高見沢はそんな奈美の呟きに、さらに調子に乗ってしまう。

「本能寺の変には、怨恨説/野望説/陰謀説、いろんな学説があるだろう。だけどね、俺の不倫説は本邦初公開、まったくの新学説だよ。どうだ、これ?」

 奈美はこんな恥じらいもない高見沢の主張に何も返せず、ただただ沈思黙考。しかししばらくして、突如荒々しく吠え出すのだ。

「サ、イ、テ、イ! やっぱり高見沢さんて、サイテイヤローなのね。この天下布武の男のロマンに懸けて生きる織田信長君が、そんなバカなことするわけないでしょ。それに淑女の煕子さんにまことに失礼だわ」


 奈美が止まらない。

「アンタねえ、もうちょっと格調高い推理ができないの、このオタンチン! 全国の歴史ファンに殺されるわよ。ねえ信長君、どうなのよ、こんなオヤジに、芸能ルポなみの低俗な新説をのたまわれてしまって……、怒りなさいよ!」

 戦国の世、日本の歴史を大きく変えた一大事件、それは本能寺の変。高見沢はその原因を信長の女性問題、それも部下の奥さんとの不倫だったと主張する。奈美はこんな高見沢の巫山戯た俗説に怒り出した。もうアホらしくって言葉が出てこない。そんな時に、信長が実に苦しそうにぽつりと呟く。

あたらずといえども遠からず」


 これを耳にしてしまった奈美が、今まで信長を育ててきた愛情を裏切られたのか、余計に腹を立て出した。

「信長君、アンタ、そんな安っぽい男だったの。もう私、あなたの面倒みるのを止める。今から東京へ帰る!」

 奈美がキレてしまった。信長はこんな奈美の癇癪かんしゃくに、「どうもこれは、はなはだまずいぞ」と思い出す。


「奈美姫、それは誤解じゃ。光秀が恨みを持った相手は、拙者の部下のRぞ。Rは未成年で実名が出せぬ、あいつは若くてカッコ良くてのう。拙者の監督不行届じゃ、反省しちょるぞ」と必死。

「へえ、Rね、それって蘭丸のことよね。信長君、そんなのわざわざイニシャル使って隠さなくたっても、丸わかりよ」

「奈美姫さま、お見事! 真に賢いおなごじゃのう。お綺麗な奈美姫さまなら、きっとRによく似合うぞえ」

 信長がさらりと持ち上げる。


「そうね、美少年の蘭丸だったら、私だってどうなるかわからないわ。蘭丸と激しい恋に落ちてみたい気もするわ」

 奈美はうまくお世辞に乗せられて、ふんわか気分。しかしそれも束の間、直ぐに我に返り、今度はただただ呆れ顔。

「妻に裏切られた明智光秀、54歳。本能寺の変は歴史上一番のミステリーとか言って、みんな大騒ぎしているけど、実は妻の不倫相手、蘭丸を私憤で殺すために、光秀が本能寺へと攻めに行っただけの話しだったの? ねえ、高見沢さんと信長君、もう一度確認するわ、本能寺の変はただの不倫騒動だったと言うのね」

「そうだよ」

 高見沢はあっさりとしたもの。


 反面、奈美は「バカにしないでよ!」とカッカ、カッカ。

 これを見て、信長は奈美が心底怒り出したと感じ取った。そして、少し冗談が過ぎたかと反省し、申し訳けなさそうに、高見沢の推理を否定し始める。

「奈美姫、すまぬ、高殿は歴史的価値のないデタラメな話しを述べておる。煕子の名誉のためにも、彼女はそのような女性ではなかったと断言致す」

 そして念を入れて、非公開の確認までしてくる。

「もし本能寺の変が、不倫が原因だったと噂にでもなれば、崇高なる現代の歴史ファンに袋叩きに合いそうじゃ。これ以上の不倫説の他言はくれぐれも謹んで下され」


 一方高見沢の方はやっぱり気楽なもの。ここまでの信長の話を聞いて、さらに自己流の勝手解釈で謎が解けてきたようで調子が良い。

「しかし、天下布武のため、信長、おまえは何も知らぬ振りをして、明智光秀に本能寺を攻めさせた、それだけは真実だよなあ。ホント、鬼のように恐ろしい親方様だよ」

 信長は高見沢に鬼呼ばわりされて、今度はもっと真顔になって語る。

「もう少し真実を話した方が良さそうじゃのう。確かに高殿、光秀は真に拙者を殺してしまいたかったのじゃ。その理由は、拙者が虐めた山の民の山窩サンカ、その虐待に対しての光秀の不満、そしてサンカ仲間からの光秀への圧力、それらに加えて、光秀一族も、拙者、信長に破滅させられてしまうという恐怖のためにのう」


「そのサンカって、何なの?」

 急な話しの展開に、奈美が付いて行けない。

「奈美姫ほどの御仁が、サンカを知らぬか。サンカとはのう、随分昔に大陸から渡ってきた民族で、金銀銅鉄の鉱脈を探し当てて、鋳造する高度な技術を持っていた山の民じゃ」

「へえ、それでサンカとどういう関係があるの?」

 奈美が興味のままに、疑問をぶつける。信長は今度はまじめに、400年前の世間事情について説明する。

「サンカは、元は山の民。しかしそこからどんどんと変わって行き、時代とともに全国へ散らばって行ったぞ。そして地域地域の親方に仕える忍者となった、今で言う情報部員だな。光秀も秀吉も、それに家康も、みんなこの忍者なるサンカと深く関わっておってのう」

「へえ、そうなんだ」と、奈美は興味津々。


「生きるか死ぬかの戦国の世、サンカは日本全国を駆け巡り、地域情報を収集して、それを自分たちの親方に伝える。明智光秀は丹波のサンカと大きな繋がりがあり申したし、また豊臣秀吉は元々先祖はサンカの出身で、サンカを守る坂本の日吉大社と深い関係があったのぞ」

 奈美は、「光秀も秀吉も、そんな闇組織と関係あったのね」と感心する。

「戦国の世、最も貴重で価値あるものは何か、そうそれは敵国の情報ぞ。ところが拙者、信長は、他の者どもののサンカを使った情報収集、それとはちと違い申した。要は別の情報収集の方法をとったのじゃ」

「えっ、信長君は新しいやり方を採用したのね」

「そうじゃ、つまり、サンカの古い組織を使わず、当時新しい勢力となってきておった茶人や堺の商人を重用し、情報部員として使ったのじゃ」


 奈美は、「やっぱり信長君、えらい! これも一つの変革ね、僕ちゃんはやっぱり賢かったのね」と、まるで自分の子供のように褒めて、「それで?」と質問を途切らせない。信長はそれに自信満々に答える。

「拙者のミッションは天下布武ぞ。そのためには、今の世の戦争と同じこと、他の勢力の連中、それがたとえ部下の組織であっても、その情報網を破壊し、自分の情報網を唯一とする必要がある。じゃによって、光秀や秀吉のサンカ組織に、壊滅的な弾圧を加えてやったのじゃ」


「400年前も、今と変わらない情報網の支配合戦だったのね。それに加えてバイオレンスか、もうゲームの世界みたいだわ」と奈美は感じ入っている。さらに信長は神妙な顔付きでしみじみと語る。

「例えば、サンカの守り神として奉る日吉大社の焼き討ち事件、それにサンカと絡んだ伊勢一向一揆の弾圧、その他、数え切れないほどの事件。それらの残忍過ぎた執行、それらを今思うと……」

 信長はここまで言って、大きく息を吸い込み、そしてふーと吐き出した。

「朝廷、公家を始め皆の者には、ぬぐい切れない恨みを抱かせてしまったのだろう。そして拙者、信長には天下を任せられない、すべてを破壊してしまうぞという恐怖感を持たせてしまったのじゃ」

 信長は柄にも似合わずしんみりとしている。しかし高見沢は、無神経にそれに追い討ちを掛けるように言い切る。


「信長、お前は天下布武による天下統一の夢実現のために、どれだけ罪のない民を殺してしまったか、自分で認識しておるのか? 実の弟は殺すし、寺も村も焼き尽くし、結局は殺戮さつりくのやりたい放題。これこそサディズムの極み、それに酔ってただけだったんだよ」

 信長からは何の反論もない。

「信長、おまえはやっぱり正気と狂気の狭間はざまで、自分の世界だけで生きた天魔てんまだったのだ。ホント、恐ろしい親方様だよ」

 信長は高見沢のこの天魔という言い草にムッとなる。

「高殿、結果としてそうなり申した。天魔になろうが、すべて天下国家の安寧あんねいのための大善、民を戦国の悲観から救い出すためには、仕方がなかったこと。あと一歩で、民が笑える世になるところだったのに……、だが無念ながら、本能寺の地下道に埋もれてしまうてのう」


 しかし、奈美は女の感性で、さらに突っ込んだ質問をする。

「サディズムの極みの果ての本能寺の変。それは具体的に、どういう人間的な絡みがあったの?」

 信長は少し考え込み、そして話し出す。

「奈美姫、それはのう、動機はサンカを背景とする朝廷、公家、光秀、秀吉、家康全員の怨念ぞ。それでそのやり口は、54歳のまじめな明智光秀を全員でき付けて、その気にさせて、拙者、信長を暗殺してしまえという、暗黙に了解された謀略だったのじゃ」


「そうだったの、みんなが信長君を殺したかったのね」

 信長はここまではっきり言われると、自分ながらに「うーむ」と唸らざるを得ない。しかし信長の主張は止まらない。

「だけど本当のところは、秀吉と家康、こやつらはもっとズッコかったぞ。光秀は拙者を殺すために本能寺の変を仕組むのだが、秀吉と家康の二人は、怨念は怨念として、結果はどっちでも良いと思っておったのじゃ」

「えっ、どちらでも良いって、どういう意味なの?」

 奈美が意外な話しにびっくりし、遠慮なく訊き込んでくる。


「それはのう、光秀が勝とうが、拙者、信長が勝とうが、どちらでも良いと思っておったということじゃ」

「へえーそうなの、何となく理解できるような気もするわ。それにしても信長君、あなた自身も、本能寺の変、つまり光秀の謀反を利用して、朝廷、公家を壊滅させようと企てていたのでしょ」

 奈美が芯をとらえてきた。

「その通りじゃ」

 信長がはっきりと肯定する。

「ということは、信長君も、光秀が攻め入って来ることを予知していたし、家康も秀吉も、みんな想定内だったということなのね」


「左様、奈美姫、そこが本能寺の変の面白いところでのう。拙者を含め全員が明智光秀の謀反、光秀が本能寺を攻め入ることを知っておったのじゃ。しかし光秀だけが、拙者、信長がそれを知っているということを知らなかった」

「光秀は、自分の行動が読まれていることを知らなかった、ということなのね、ふーん」と奈美は聞き入る。

「それにしても、何度も申すが、ホント家康なんぞは、狡かったのう、拙者、織田信長と、それと朝廷が目の上のタンコブ。光秀が謀反を起こすということは、拙者、信長か、それとも朝廷か、そのどちらか一つが敗者となり、消滅するということだからなあ。家康は高見の見物じゃ」


 高見沢も奈美も「ふん、ふん」と聞いている。

「光秀が仕掛ける本能寺の変、家康も秀吉も、結局のところは、どちらが勝者になるかの様子見の観戦じゃ。その結果に従って、迅速に対応しようと二人は心構えしておったのじゃ」

「なるほど」と二人は合いの手を打つ。

「覇権王の拙者、信長か、それとも光秀のバックにいる朝廷、公家か、この二大勢力のどちらか一つが、この世の中から確実に欠け落ちることになるのだからのう。だから家康も秀吉も、目出度い話しと、胸躍らせておったのよのう」


 信長はここまで真実を語ってしまい、「あーあ、人生五十年、夢まぼろしのごとくなり」と物憂げに呟いた。しかし胸のつかえが少し下りたのか、ほっとした表情へと変わって行く。そして高見沢も、この歴史の因縁に感慨深いものを感じる。

「そうだったのか、本能寺の変は、全員で仕組まれたゲーム。群衆見守る中で、信長が生き残るか、それとも朝廷、公家が生き残れるのか、今風に言うと、国盗りサドンデス・ゲーム、つまり突然死試合だったのか。これって面白くって、震えがくるよなあ」

 奈美も感じ入ってるのか、仄かに頬をピンクに染めている。

「ホントよね、光秀がゴールへと蹴ったボール、だけどキーパーの信長君、光秀にシュートさせておいて、そこから反転攻勢する計略だったのでしょ。だけど、自分で転んでしまったんだよねえ」

 これに信長は「うーん」と重く唸る。さらに奈美が理解したところを続ける。


「そんなゲームの流れをスタンドで見ていたのが家康と秀吉でしょ。今がチャンス到来かと、秀吉はスタンドから下りて来た。そして試合疲れをしている光秀を叩いてしまったということなのね」

 奈美は一人納得している。

「一方家康は、この混乱に巻き込まれたら大変だと家に帰ってしまうのよね。この天下盗りゲーム、本当に面白いわ。私も野次馬で、じかに見たかったなあ」

「奈美ちゃん、その通りだと思うよ、俺もスタンドからこのゲーム観戦したかったよ」と、高見沢は完全に同意。また信長は、本能寺の変をやっと理解してくれた二人に微笑む。そして最後の説明を加える。

「悔しいが、火薬に火が点いて、不運にも地下道は封じられてしもうてのう。二度と地上に這い上がることができなくなってしまった」

「本当に、残念だったね」と高見沢と奈美がその言葉に同調した。


「もしもあの時、拙者が地下道なんかに埋もれずに安土に取って帰し、兵を興し、光秀の謀反にうまく便乗して、朝廷、公家を滅亡させていたとしたら……、今の日本は、ひょっとしたらまた違った形になっておったかも知れないなあ」

「そうだよ、本能寺の変こそ、日本の姿形すがたかたちの分岐点だったんだよ」

 高見沢は結論めいたことを言い放った。それを受けてか、信長は姿勢を正し、万感の思いを込めて自分の意を伝える。


「されど、たとえそれが歴史の原因、そう、そこから現在の悲観相場がいつまでも続いて行くという結果がここにあるとしても、今の日本のそれなりの繁栄を見れば、本能寺の変で、拙者が地下道に埋もれたこと、それはそれなりに意味があり、ひょっとすれば、これで良かったのかも知れないのう」

 こうして遂に織田信長自身の口より、本能寺の変の全貌が明かされた。そして高見沢も奈美も、「なーるほどね」とより深く頷いた。


 全員周知の上での本能寺の変。それは、戦国の世から日本の民を脱出させるために、神が仕組んだサドンデス・ゲームだったのかも知れない。高見沢も奈美も、今までのミステリアスな心情を越えて、大きな感動を覚えるのだった。


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