第4話 善は急げ

 世の常、時の流れは速いものだ。

 あの一念発起の日から、もう1年半余りの歳月が流れた。多少の苦労はあったものの、二人のプロジェクトは秘密裏に、とんとん拍子に進んで行った。

 織田信長株価上昇ファンド。奈美がそれを市場に打って出て、そこそこのキャッシュを集めた。そして早速その資金を使い、本能寺跡地30坪の土地を購入した。

 高見沢は計画通りにその場所の発掘を推し進めて行った。そして、なんと遂に信長の遺体を掘り当てたのだ。

 そこからまず最初に信長のDNAを含む核を抽出させ、それをマウスの卵子から核を取り除いたものに移植し、クローン胚を作った。

 そしてそれを培養して、ES細胞を創生することに成功した。それを最近薬局で市販され始めた分化万能性と自己複製能を持つiPS細胞を買ってきて、それと融合させた。そこから培養を繰り返し、また成長促進剤も使って、最終的に信長のクローンを誕生させることに成功したのだ。


 今、信長は高見沢が借りている京都御所近くの賃貸マンションで暮らしている。

 信長は現在、成長過程。

 奈美の力の入れ方といったら、これがまたスゴイ。一途な愛情を持って、まるで年の離れた弟のように可愛がっている。奈美は時間を見つけては東京から駆け付け、一所懸命信長の面倒を見続けてきた。一方高見沢はというと、ありとあらゆる歴史書を信長に買い与えた。

 信長はそれらを次から次へと読破し、またインターネットで検索した膨大な歴史情報を脳内にインプットして行った。こうして信長は、400年前の出来事をすっかり擬似体験してしまった。

 こんな高見沢と奈美の努力の甲斐もあり、信長は見事に21世紀型の若きニューリーダーへと凛々りりしく成長したのだ。


 このような過程の中で、信長は中国儒教の春秋左氏伝さしでんから、「暴を禁じ、兵を治め、大を保ち、功を定め、民を安んじ、衆を和せしめ、財を豊かにする」と言う「七徳の武」を学んだ。そしてクローンの織田信長は、自分の運命、「七徳の武をもって天下統一をする」、その天下布武を修得した。


 すべてが順調。

 しかし最近、高見沢と奈美には心配事がある。御多分に洩れず、やっぱりお金の問題。資金が不足してきたのだ。

「高見沢さん、弱ったわ、お金がなくなってきたの。あと1年、このままで行くと、私たちのプロジェクトも破産しそうだわ。ファンドでお金を集めた人たちへのリターンも始めなければならないし、何か一時金の入る方法ないかしら?」

 奈美は心配顔で、高見沢に相談を持ち掛けた。

「うーん弱ったね、せっかくここまで頑張ってきて、破産ではなあ。そうか株で一儲けするか」

 高見沢も事態の深刻さを理解している。だが一時金入手の妙案がない。


「高見沢さん、アンタ本当に支離滅裂ね。そもそも私たちが今取り組んでいるこのプロジェクトは、この永遠の悲観相場から脱出し、日経平均を3万円に上げるプロジェクトなのよ。それで信長君に登場してもらって、株価を上げてもらうのが、私たちのシナリオ、だから信長君の出番なしで、株価が上向くわけないでしょ」

「そうか、初めから株で儲かるぐらいだったら、クローンの信長なんて、最初から造らなかったよなあ。それじゃ競馬で万馬券当てるか、それとも宝くじで3億円、大当たりしようか」

「いい加減なこと言わないで。高見沢さんはそんな幸運な星の下には生まれてはいないのよ。今の自分としっかりと向き合いなさいよ」と、奈美はムッとする。


「そらそうだなあ、そんなもの当たりっこないよなあ。何かこう、ドーンと追加資金が入る方法はないかなあ。信長よ、お前もちょっと考えろよ!」

 高見沢はいきなり信長の方へ話題を振った。すると信長は涼しい顔をして、サラリっと言ってのけるのだ。

高殿たかどのも奈美姫も、随分困っているようじゃのう。それじゃ拙者せっしゃ信長を蘇生させてくれたお礼に、其方そちたちに七徳の七番目の財を豊にするという、そう、褒美を進ぜよう!」


 高見沢も奈美も、唐突に信長から褒美という言葉が発せられたのを聞いて、驚愕きょうがく

「えっホントか、御褒美をくれるってか? 信長よ、お前、結構呑気なヤツだなあ、そんな金どこにあるんだよ?」

 高見沢は信じられないという顔で、目を白黒させながら聞き返した。しかし、信長はシレッとした表情で続ける。

「心配御無用じゃ、拙者は天下の親方様ぞ。安土城に、軍資金を埋めてある、それを掘り起こそうぞ」


「軍資金て……、軍資金?」

 高見沢と奈美はその言葉を繰り返した。そして、奈美の顔が急にぱあっと花が咲いたように明るくなった。現金なものだ。

「えっ、信長君、今アンタ何て言ったの? 軍資金? それって埋蔵金っていうこと? そんなのどこに隠し持ってたのよ、早く言いなさいよ、直ぐに掘り起こしましょうよ」

 奈美は悲鳴に近い声を上げる。だが信長は、落ち着きはらって軽い。

「安土の城を造った時に、天下布武の実現のためには、莫大な軍資金が必要であろうと思ってなあ。蛇石じゃいしの下の石蔵いしぐらに、金塊を保管しておる、要は蛇石じゃ」

 信長からの意外な話しの展開に、二人は狐につままれたような顔付きに。


「安土城の蛇石ってか、どこかで聞いたことあるよなあ。確か築城の時、150人の作業員が下敷きになったと言い伝えられてる、とてつもなくデカイ石のことか?」

「高殿、よく存じておるなあ。しかし、ちょっと150人とは大袈裟じゃ」

 話しが蛇石の下の石蔵などとより具体的になってきたものだから、奈美の方は正直もっと焦り出す。

「蛇石っていうのが確かにあったこと、私も知ってるわ。今話題になっていて、安土城ファンのみんなが探してるのでしょ。だけどまだ見つかってなくって、どこにあるのか判明していないのでしょ。ねえ信長君、アナタ知ってるのね、蛇石って、お城のどこにあるの? ねっ、正直に教えて、ねっ、信長君たらっ!」

 しかし信長は、またまことに呑気なことを言ってのけるのだ。

「許せ! 忘れ申した」


 信長は蛇石のありかを、こともなげに忘れてしまったと言う。

「だったら掘れないじゃん! この間抜け者めが!」

 奈美が今にも切れそう。信長はそんな雰囲気を感じ取ったのか、他のオプションを申し出る。

「安土へ行って、現地確認をしたいが、いかがなものかな?」

 しかし、400年以上も前の出来事。現地確認をしたところで、信長がそのありかを思い出すかどうかの確証はない。

 高見沢も奈美もガクンと力が抜けてしまった。そしてしばらく重い沈黙が続く。その後に、高見沢はやっと気を取り直し、己の決断を告げる。 

「信長、おまえはもっと切れ者と聞いてはいたが、案外にぶい親方さまだなあ。まっいっか、資金がないと、今の悲観相場を打ち破り、日経平均上昇に打って出ることができないのだから、明日とにかく現地確認に……、そう、安土城跡へ三人で出掛けてみることにしよう」


 何はともあれ軍資金が必要。

「わあー、楽しいわ、高見沢さんと私、それと歴史から蘇った信長君と三人で安土城へ行くのね。それで埋もれている埋蔵金を探し出して、掘り起こすのね、めっちゃ最高だわ。ねえ、誓い合いましょうよ、他の人たちには絶対秘密って」

 奈美は一転、もうピクニック気分。

「もちろん、三人の秘密に決まってるよ、なあ信長」

 高見沢は確認を取ろうと信長の方へ振り返ってみる。すると意外にも信長は涙ぐんでいるのだ。そして、突然涙声で唸り出す。


 思へばこの世は常の住み家にあらず

 草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし

 金谷きんこくに花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる

 南楼の月をもてあそともがらも 月に先立つて有為ういの雲にかくれり


 人間五十年

 下天げてんの内をくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり

 一度ひとたびしょうけ、めっせぬもののあるべきか

 これを菩提のたねと思ひ定めざらんは、口惜くちおしかりき次第ぞ


「そうよね、思へばこの世は常の住み家にあらず、草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやしだよね。信長君の気持ち、なんとなくわかるわ、天下布武のための軍資金、天下統一は果たせず、400年以上経ってから、平民の私たちと一緒に掘りに行こうというのだもんねえ、カッワイソー!」

 信長の様子を見ていた奈美が、余計に傷付きそうなこんな同情の言葉を吐いてしまった。

「なあ信長、人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢まぼろしのごとくなり、まあっ、よくあることだよ。こういう成り行きは不幸な話しでもあるし、だが考えようによっては、案外幸せなことなのかも知れないぜ。いいか、人生とは、思いと現実、それらはいつも400年位はズレているものなんだよ。まあ、これも運命だと悟ってしまえば、軽い軽い」

 高見沢は諭すようにこう話しているが、その顔には軍資金発見への期待の笑みが零れ落ちている。


 一方信長は、ちょっとしたハズミで、こんな大事な秘密を平民の二人に洩らしてしまった、それを後悔しているのか、神妙な面持ちとなっている。

 そしてあとはヤケクソ気味に、「一度言葉に出してしまったこと、仕方ござらぬ、高殿、奈美姫、わかり申した。株価上昇プロジェクトのために涙を呑んで、愚民の其方衆そちしゅうと共に金塊を掘り起こそうぞ」と悔し涙を滲ませる。

「信長、お主、本当に悔いはないな?」

 高見沢は信長にもう一度問い詰め、渋々頷くのを確認する。

「ヨッシャ! 善は急げだ、明日安土城に、金塊を掘りに行こう!」

 これで高見沢と奈美の目標、日経平均3万円への希望がなんとか繋がったのだった。


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