拳撃のオリオン -The Orion of Striker【仮題】-

@hamasaki

序章:大破局 -catastrophe of world-

          ◇

 雲のない夜空が広がっている。

 無数の星が瞬く空の下、二つの機影が見えた。

 スカルグレーの装甲を冬の夜気にさらし、飛行機雲を後ろに引く姿は、高速で飛ぶ戦闘機だ。

 一機が高度1000mの高さから一直線に飛行し、その後を同じ戦闘機が下、大海原の方からゆっくりと高度を上げてきた。


          ◇

 「こちらアルファ1。海上からの敵影はなし。--そちらはどうだ?」

 夜空を一直線に飛行する戦闘機の中、装着したヘルメットの無線から入る声に、パイロットの彼女は視線を上に向けた。

 強化プラスチックでできた窓から見えるのは、北を示す北極星。そして、そこから線を引くようにして見える7つの星の陣形--オリオン座だ。

 彼女は、星のきらめきしかない空を確認して、落ち着いた声で無線に応じる。

「こちらアルファ2。上空にも敵影は見当たらない。西からちょっかいをかけてくる機影も見当たらないわ」

「オーケー、アルファ2。西の連中もさすがに懲りたんだろう。わざわざ金をドブに捨てに足繁く通うバカはいない……。だが、ここはすでに作戦区域の太平洋上空だ。いつ"奴ら"が現れてもおかしくない。注意だけは怠るな」

 分かっているわ、と彼女は心配性なチームリーダーの言葉に応じて、夜空のフライトから作戦へと意識を引き戻していく。

 彼女に与えられた作戦とは、ここ故郷の地であるアメリカと極東の地日本を結ぶ太平洋上の警戒任務だ。

 昼夜問わず、このエリアは常に自分達アメリカ空軍によって哨戒が行われ、5年ほど前から一般機の飛行や、海上での船の航行は禁じられている。

 理由は、機体を横に旋回させた彼女の視界の先にあった。

 海上--穏やかな波が一点に流れる先に奈落のような穴がある。それは、直径1キロメートルにも及ぶ、海に穿たれた穴だ。


          ◇

 --大破局だいはきょく

 2016年の10月。

 突如、こう呼ばれるに至る穴が出現して、人類全体は大きな危機に陥る事になった。

 巨大な穴から出現したのは、およそ人智を超えた生物の群。それが、この太平洋の中心から海を、そして空を伝って世界各地へと広がっていった。

 現れた影は、各地の沿岸部を瞬く間に制圧し、人類の生活圏へと進行を開始した。

 各国で迎撃が行われる中、現代兵器の力は奴らの前では十分な成果を上げることなく、次第にいくつもの国がその脅威にさらされた。

 突然現れた正体不明の敵に、人類の存亡が決定する。誰もがそう考えてしまう現状に、突如世界中にひとつの知らせが入った。

 それは、誰もが驚き、震撼させる出来事である。現代兵器の火力をもってしても退けられなかった敵を、海岸に敷いた戦線で撃退した国があるという事だった。

 その国は、極東--日本であった。


          ◇

 彼女が機体を数十回、警戒エリアの上空を旋回させた時、それは突然無線を伝って聞こえてきた。

「こちらアルファ3。そちらへ高速で接近していく影を発見!? こちらの背後にも一機--間違いない、奴」

「アルファ3!? 応答せよ! アルファ3!!」

「--アルファ2! 上だ!!」

 会話の途中で切れる無線に声を上げる彼女を、チームリーダーの声が遮る。そして、彼女はヘルメット越しに歪めた顔で、上空へと視線を走らせた。

 彼女が乗る戦闘機に影が落ちる。それは、コックピットに座る彼女の身体を星の輝きと、そして満月が放つ月光を遮る形となった。

「--くそ。正体不明の糞虫野郎アンノウン・インセクトめ!」

 上空を睨む彼女の眼前。月を背にしてそれはいた。

 虫、と表現する彼女の言葉通り、それは月光に光沢を放つ甲殻を有する人型の姿をしていた。

 二メートル程の体躯を背部から生やした羽根で旋回し、高速で移動した奴は、すぐさまこちらを標的として突撃してくる。

 奴が広げた両腕--鎌のような刃が光り輝くのを視認様、彼女は機体を傾け敵の攻撃から機体を逸らす。奴の持つ刃が、仲間の機体をまるでバターの様に切り落とす姿を彼女は何度も見てきた。

 そらした軌道に向かって奴が一直線に落ちていく。小細工など感じない単純な一撃だが、だからこそ彼女は油断しない。理解の有無は分からないが、向こうはその圧倒的な速さとその刃で、こちらの機体を簡単に沈めてくるからだ。

 だから、彼女はすぐさま機体をそのまま旋回軌道へ移し、敵の背面を取る。

「よせアルファ2! もう一体こちらへ来る、撤退だ!」

 無線から聞こえる声を、彼女は無視した。

 先ほど聞こえた仲間の言葉を思い出す。--彼はもう生きていないだろう。今晩、出撃する前に昨日までのツケを払わせる約束をしていた。

 いつも軽口を叩き、自分にポーカーを挑んですっからかんになるような奴だ。諦めが悪く、いつも紹介任務を終えて負けた時は、今日も無事に帰ってこれたから、俺は今日の分のツキを使い切ったんだ、といって負けた言い訳をしていた。

「バカ野郎。死んじまったらそいつの証明も出来ないじゃないか……」

 彼女は、目に浮かぶ涙を遠心力で吹き飛ばし、機体に装填した追尾型のミサイルを撃ち出すスイッチを--押した。

 機体にわずかな浮遊感、重量を解き放った解放感が彼女の身体を駆け抜け、照準を合わせた敵に二つのミサイルが飛び込んでいく。

 同じ戦闘機相手に、一発当たれば木っ端微塵にする火力を持ったミサイルは、旋回して引き離そうとする敵を何処までも追いかける。逃げる敵を決して離さず、照準に押さえつけた彼女の一撃は、下へと逃れようとする敵の背面へと直撃した。

 --空に、閃光と爆音が広がる。

 吹き上がる煙をかわして抜ける機体の中、彼女は煙から飛び出す敵の姿を見た。

 --無傷だ。

くそ、と彼女は次のミサイルを撃ち込むために旋回。敵の姿を逃さぬよう視認し続ける彼女に、突如影が降りた。

「アルファ2!?」

 上空。彼女の機体に飛び込むもう一体の敵の姿が見えた。

「避けれない……!?」

絶望的な言葉を口にして、彼女の眼前に浮かび上がる姿があった。

 それは、死んだ父親の姿だった。

 自分と同じ、米軍の飛行機乗りであった父。

 空を愛し、そんな父を自分も愛していた。母はなかなか帰らない父への不満をよく口にしたが、たまの休暇で帰ってくる父の話に自分は子供心に空への憧れと夢を抱いた。

 そんな父が、5年前に空を飛び立ち、そして帰らぬ人となったのだ。突然現れた謎の脅威に、祖国を--自分達を護るために飛び立った父。そんな父を、目の前の奴らが空の残骸へと父を変えた。

 死ねない。

 仲間たちの、そして父の仇を取るまでは、自分が死ぬ事は許されない。

 彼女は、なんとか敵の攻撃から機体をそらそうともがく。しかし、敵の攻撃は追尾ミサイルの様に正確に彼女のいるコックピットへ届こうとしていた。

「私は、死ねない!!」

 叫ぶ彼女の眼前--不意に、敵の姿が横へと吹き飛んだ。

 構えた刃を振り下ろす間もなく、錐揉みして落ちていく敵の姿。それを引き起こした翼を失ったスカルグレーの機体が、同じ様に大海原へと落ちていく。

 落ちる機体のコックピットから、こちらにサムズアップする腕が見えた。

「--隊長!?」

「アミナス准尉。命令だ、撤退しろ」

「隊長!!」

「祖国を……。仲間たちを頼む」

 無線がアルファ1の最後の言葉を送ると同時に、彼女の真下から爆発が響いた。


          ◇

 空。

 東から、朝日が登ろうとしていた。

 彼女--アミナス・アルファードは、海面に浮かぶ母艦を見つめながら、力のない表情で着陸態勢に入った。

 何度も繰り返してきたランディングポイントを無意識に通過し、まるで機械が操作している様に手足が着陸のための操作を行う。

 また、自分は生き残ってしまった。自分だけが、生き残ってしまった。

 最新鋭機の機体を駆り、日々過酷な訓練に耐えてきた仲間たちと共に空をかけても、自分達の空を何一つ取り戻せない。

「--私は、無力だ」

 不意に、彼女はある事を思い出した。

 自分達の空と仲間達を奪う奴らを、唯一倒して見せた者達の事を。人類の終焉を--大破局を乗り越える力を持つと言われる者達の事を。それは--、

「極東の--日本の格闘家ジャパニーズ・バトリストか……」

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