十四話 潜むか紛れるか


 双六とは盤雙六のことであり、賭博にも使われることの多く庶民の間にも広く流通している二人でマスを進めあう遊びだ。

 その歴史は古く、平安時代から上流階級の間でたしなまれる由緒正しい遊びでもあるという特徴がある。その為、今では上流階級の婦女子のたしなみの一種にもなっていて、嫁入り道具にも数えられることが多い。


 だが、それをなぜ濃と土田御前がしなくてはならないのか。

 絶対に裏があるのだろうが、斜め上に切り出されすぎて表すら見えない。


「……義母様も信長様のお母上であることは間違いないみたいね」

「まあ予測不能な申し出ではありましたね」

「今の関係では都合が悪い状況になったのか、単なる嫌がらせなのか――仲がいいふりをして美濃と何らかの取引をしたいとか、一周回ってその場で暗殺されるとか、色々考えられるけど」


 脳裏をよぎった様々な可能性にすっと濃は目を細めた。

 思いだすことは鷺として帰ってきたときに、出会った信行と商人の姿だ。

 あのあからさまに怪しい会話では土田御前の話が出ていた、この突飛な状況と関係していないとは言えないだろう。


「姫様、どうされました?」

「いや、心当たりがあるのよ。実はさっき帰ってきたときに信行ご一行と遭遇したんだけど――」


 濃は二人に手短に先ほど信行と出会った時の話をした。


「密談、ですか。そこに出くわすなんて流石は姫様ですね!」

「ええ、運がいいのか悪いのかは置いておくとして、ですがその密談、少し妙ですね」


 考え込むようにして右手を顎に添えた十兵衛に、濃は頷いて同意した。

 一般的に密談は人気が多いところか、全くいないところで行われる。木の葉として紛れるか、何もない洞窟に潜り込むか、ということだ。

 だが、万事が万事、そのどちらでもいいわけではない。

 人が多いところと人が全くいないところでは、前者のほうがあつらえやすいかつ自然であるため、忍びなどの隠密や変装中は人通りの多いところでわざと情報交換をすることがある。


 だが、濃など地位が理由で顔が割れやすい人間に関して言えば、密偵が一度かぎつけてしまえば情報をいくらでも抜き取られてしまう可能性があるため、そちらの手法は使われることがほとんどない。

 たいていは密室などの特定の人間しか来られないところが行われ、それに加えて見張りなど人が入り込めないようにする必要がある。


 つまり、信行がいくら自分の一族の屋敷で人通りが少ないところとはいえ、誰でも近づくことができる環境で密談をするのはやや不自然なのである。

 濃ならばこの場合の密談には見張りを立てて自室で行うか、文を送って行う。

 実際に今だって、忍び除けをネズミ除けと称して勝手に設置し簡単には近づけないようにしたうえで、話しながらも周りの音や気配には気を配っている。


「信行公は若いというか、青いところも多い方ですからね。単に密談のいろはを自己流に解釈してしまっているのかもしれませんけど」

「お二人の話をきく人物像だと、それもあり得なくはないですね、まあ情報量が少ない現状では憶測はほどほどにとどめておくべきでしょう」


 十兵衛の忠告ももっともなことだ。

 濃としては今これに手を打つことはできない、必要以上に気にかけすぎるのもよいことではないだろう。


「でも悔しいな、あんなに粗い密談だったから、いつもならもう少しちゃんと聞けたはずなのに――中に忍びの服を着こんでおけばよかった」

「姫様、それこそ姫様が見つかったら詰んでしまいますよ」


 なんだかんだ悔しさがぬぐえなかった濃の行動的な発言に、呆れたように衛門が返した。

 濃のことだから上手くやれそうな気もするが、捕まった時の代償がほかの忍びたちとは比較にならない。

 やはり彼女の行動的な性分はそう簡単に変わりはしないのである。

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