二話 乱入者

 花嫁行列に乱入してきた男は見事な腕前で有った。

 長さがある太刀とはいえ、濃ですらここまでの腕前はあまり見たことが無い。


 驚いている濃に対して、衛門は主の一大事と有って驚いている余裕もないらしい。衛門は鬼のような顔で、御簾ごしに濃を見やった。


「姫様、絶対に出てこないでくださいね!」


 衛門が懐に忍ばせていた暗器を取り出すと構えた。

 濃に指一本でも触れさせるかというすさまじい殺気だったが、男はそれをものともせずに平然とこちらに向かってくる。


「この……無礼者!」


 衛門が勢いをつけると男に飛びかかる。

 男は一瞬驚いた顔をするが、目を少し細めて太刀を構えた。刃と刃がぶつかる寸前のその一瞬、濃は男の腰についているものに気が付いた。


 男の腰にぶら下がっているのは瓢箪だった。

 この奇妙な格好、異常な行動――この尾張という土地を考えれば男の素性は明白だ。

 濃は御簾を右手で払うと、かごから飛び降り、叫んだ。


「衛門、おやめなさい!」


 突如響いた凛とした声に、雷にでも打たれたかのようにその場の全員の動きが止まった。


「皆、武器を下ろしなさい。この方は敵ではありません」

「へぇ……」


 興味深そうな声を上げたのはあの男だった。

 武器がまだ男に向けられたままだというのに、腰の朱塗りの鞘に刃を戻すと面白そうに濃を見やった。


「大したもんだな」

「な、お前、姫様に何という口を!」


 衛門が激高し今にも襲い掛かりそうだったので、濃は苦笑していさめた。


「衛門、やめなさい。よく見なさい、この方は貴女も知っている人ですよ。皆もです、武器を下ろしなさい」


 濃の言葉に衛門を除いた全員が怪訝な面持ちで武器を下ろした。

 男の方は面白そうな顔をしているだけで、よく表情が読めない。だが、敵意はないと判断したからか、濃へ近づいてくる。


 濃まであと一歩のところで、男が馬を止めて口を開いた。

「斎藤道三の娘、濃だな」

「そちらは織田家嫡男、織田三郎信長公ですね」

「……はい!?」


 衛門が驚いたような声を上げる。

 衛門以外の者も信じられないのか、両者を穴が開くほど見る。無理もない、この男は一国の嫡男にしては全てがおかしいといえる男であった。


 だが、二人はそんな周囲には目もくれず、じっとまるで互いのスキを窺わんばかりに見つめあった。


「思ったより良い面構えだな、どこで分かった」

「噂通りのお姿と行動でしたので。後、馬ですかね」

「……こいつか?」


 男、いや信長が不思議そうに馬を見た。


「ええ、かなり肉づきが良いですし、動きも度胸も大したものです。このような馬に乗れる身分など限られていますから」

「あんだけの時間でここまで見られるのか」

「信長公こそ、花嫁行列に飛び込んでこられるなど大した度胸でございます」


 濃がニッコリと美濃の姫に相応しい笑顔を浮かべると、信長はますます面白そうに笑った。


「なるほどな、面白い――気に入った」


 それはどうも、濃は美濃の姫君らしく不敵に受け応えようと思ったが、信長の思いがけない行動に言葉を失った。


 信長は濃を二本の腕でつかむと、そのまま馬上へと引き上げたのだ。


「……は?」


 本当にあっという間の事で濃が事態を理解できていない中、信長は同じくあまりの事態に茫然としている衛門たちに言い放った。


「濃に城下の案内をする。お前たちは先に城に行っていろ」

「いや信長公」

「よし、行くぞ」


 何とかその場を収めようとした濃だったが、信長はそんなことは意にもかえさず馬を疾走させた。

 どういう訳か、彼の中では問題は解決してしまっているらしい。濃には全くもって理解できないのだが。


「ちょ、ひ、姫様ぁぁぁ!」


 濃の背後であわてる衛門の声がしたが、馬に乗れない深窓の姫君の設定である濃になすすべなどない。


 こんなハチャメチャな迎えを仮にも大名家が認めるわけがないので、おそらくこれは信長の自己判断なのだろう。

 濃はまだあったこともない織田家中に哀れみに近い同情を覚えた。今なら、普段侍女を泣かせていた自分の行動を反省できるような気がする。


「ふふ」


 と、笑い声が聞こえて濃は驚いた。

 誰が笑っているのかと思ったら、それは間違いなく自分である。

 そこで初めて自分がこの状況を楽しんでいることに気が付いた。思えば美濃ではここまでではなくとも、似たようなことをよくしていたものだ。


 信長の方も気が付いたのか、頭上から感心したように濃に声をかけた。


「大した度胸だな」

「いえ、城下案内を信長公自身でしてくださるとは光栄だと思っただけです」


 濃は一瞬剥がれかけた仮面をかぶりなおすと、不敵の姫君らしい笑顔を浮かべた。

 少し嘘くさい笑顔になったかもしれないが、すでに城下町へと目をやっている信長が気が付くことはなかった。

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