夜が来るのがちょっと怖い。眠れなくなるからだ。夜に向けて目が爛々と冴え、脳みそは無駄に回転を始める。仕方がないので、くだらない小説を書く。くだらないから誰も読んでくれない。全く売れないのである。

 生活も困窮し、借金は方々にあった。俺は部屋を出た。

 そんな俺でも輝いていた時があった。スキーのジャンプの強化選手に選ばれ、冬季オリンピックでメダルの期待をされていたんだ。その俺の転落は骨折だった。賞金目当てのラージヒル大会で、霧の中を強引に飛んで、転倒。右足大腿骨を複雑骨折して俺のジャンプ人生は終わった。

 そして今、人生も終わりに来ている。俺は高いビルの屋上に立っている。東京には珍しく、霧が降っている。前方は何も見えない。あの時と一緒だ。あの時の後は飛ばなきゃよかったと思ったが、今は飛ばねばという気持ちしかない。


 彼はかつての栄光を一瞬でも味わいたくて、ビルの屋上から飛び降りた。

「少しでも遠くに」

 彼は両手両足を使って浮力を手に入れた。


 遺体は飛び降りたビルから160メートルの場所で発見された。その飛距離はバッケンレコードを超えていたという。

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