第22話 汝、全て奪う者
アラン=フリーマンが駆けつけた時そこは地獄に変わっていた。抉られた大地は凍りつき燃え上がっていたであろう建物の残骸も凍てついている。空は斑に曇りまるで夜のようになったそこからは雪が降っていた。耐Gスーツによってパイロットシートに固定された体は、空調が効いているにもかかわらず震えている。眼前には青く輝く巨大な結晶生物。目測にして参拾メートルはある巨体からは青く明滅する光帯が周囲に伸びる。それは触れた先から大地や建物の残骸を結晶化させている。その巨体の上半身どこか女性的な丸みを持ったそこにブラフマーの姿を確認するアラン。市街地に向けて侵攻を開始したそれに対して牽制として超電磁砲を打ち込みつつ少年はブラフマーに肉薄した。
「なんだかわからないが、カーリーは返してもらう!」
瞬間的にアランに殺到する光帯群をフレキシブルスラスター(可変推進器)の加速によってジグザグに飛行することでなんとか躱し両手のマッシブチェーンソー(大型鎖鋸)でブラフマーの手にもつ聖典に飛びかかるように斬りつけるF・クレイモア。しかし結晶体によってその刃は阻まれ紫電と共に火花を散らすだけにとどまった。
「刃が通らない、くぅ!」
F・クレイモアを抱擁するように腕を動かすブラフマー。悪寒を感じたアランは腕と接触したプロペラントタンク(増槽)およびマッシブチェーンソーをとっさに切り離す。後方へ大きく距離をとったアランの前で結晶体に覆われるプロペラントタンクとチェーンソー。プロペラントタンクの全体が覆われる前にそこへ超電磁砲を撃ちこむことに成功するアラン。爆炎によって覆い隠されたブラフマーとの間合いを慎重に測るアランに向けて学園長から通信が入る。
「アラン!よく聞け!今のアイツはメリュジーヌつう怪獣に乗っ取られている。どうしてそうなったかは解らねぇがとにかくやばいやつだ。距離をとって牽制しつつ増援の到着を待て!」
突如、爆炎を切り裂いて襲い掛かってきた光帯をギリギリでかわしつつアランは声を荒げる。
「それじゃあカーリーはどうなるんですか!?」
「残念だがこうなった以上はあきらめるしかねぇ!」
空中を縦横無尽に方向転換する光帯を脚部マイクロミサイル(小型誘導弾)と頭部バルカンポッド(回転多砲身機関砲)で妨害しつつ空を切り裂くF・クレイモア。
「そんなの、認められるか!」
「おい!くっそ、せめて通信を切れ。電波から機体を侵食されるぞ!」
「はい!」
全通信を遮断したアランはさらに加速する。弾幕を張り終えた脚部ミサイルポッドを投棄しさらに身軽になることで空中を滑るように移動する。両肩部に新設されたブースター(推進器)によって細かく方向転換しながら電撃的に光帯が侵食する空へと突貫する。
「カーリー!!」
弾切れを起こした超電磁砲をパージしファランクス(近接防御火器)から新たに弾幕を張る。源泉を纏って轟音と共に連射される特殊弾は、しかし光帯表面で結晶に侵食され墜落していく。
「くのぉおおおおお!」
光帯がかすめるたびに炸裂し落剝していくチョバム・アーマー(偏向装甲)。殻をむかれるように丸裸になっていくF・クレイモア。しかしアランの脳裏には焦りはなかった。彼の思考を埋め尽くすのは怒りのみ。カーリーが災厄の少女がようやく手にした日常を簒奪するものに対する烈火のごとき憤怒だった。
「……ア…ナ…タハ…ダアレ?」
そのとき遮断されたはずの通信回線からとぎれとぎれに女性の声が響いてきた。アランは直観するこれはあの怪獣からの通信だと。
「俺はアラン=フリーマン。カーリーの聖騎士だ!!」
「ア、ラン。ア…アア…アアア…、オイ…シソウ、オイシソウ!!」
光帯から光帯が分岐し爆発的に空を削り取っていく青い光。通信画面越しに源泉を送り付けてくるメリュジーヌを振り払うため耐Gスーツの限界まで加速するF・クレイモア。強烈なGによって意識を横殴りにされつつもアランは隙を伺う。再度、聖典<ヴェーダ>にアタックできる機会を伺って。
「くう、がああああああああああ!!」
重力加速によって内臓は傷つき口からは鮮血が溢れ出す。それでもアランは止まらなかった。バーニアを零壱駆動させての変則飛行は毛細血管を炸裂させて少年の視界を朱に染め上げる。
「ア、 アハァ?」
F・クレイモアが急転換でようやくメリュジーヌの背後を取った時だった。斑に塗れる空を突き破り閃光の槍が飛来する。
「い、ぎいぃいいいい!」
嫌な予感、直観を頼りに片腕を犠牲に間一髪で直撃を回避するF・クレイモア。体制を立て直したアランの視界を埋め尽くすのは、上半身を反転させて巨大な柄杓<ブラジャーパティ>を振り下ろすメリュジーヌだった。思考を硬直させたアランしかし少年は一瞬で迷いを捨てると前に向けてアクセルを全開にする。視界の端でたなびく炎を捉えたからだ。
(熱量解放、全力全開!)
「【ロータス・アグニ/炎天神・七条連星】」
上体を起こしたアグニから発された白熱する流星がブラジャーパティを焼きちぎる。結晶化し砕け散ったそれを無視し肉薄したアランに向けて数珠<ヒラニヤガルバ>と水瓶<スヴァヤンプー>を振り下ろすメリュジーヌ。雷雲と竜巻をまとったその腕は、しかし突如広がった影によって遮断される。
(目標補足、空間軸固定、転移開始)
「【シャルティ・ダーク/影を渡る無貌の鳥】」
倒れ伏したダークが展開する影の領域。転移魔法によって両腕を寸断されるメリュジーヌ。コックピットブロックを狙い炸裂するバンカーシールド(破城盾)。専用の大型薬莢を喰らい莫大な量の源泉と共に特殊合金製の杭が撃ち込まれる。とっさに聖典<ヴェーダ>を間に割り込ませコックピットを防御するメリュジーヌ。メリュジーヌにとっては何でもないしかしギルバートにとっては大切なミハエルを庇う為にパイク(杭)の前に突き出される聖典。
「そこだああああああああ!!」
爆裂する光杭はしかし聖典表面を急速に覆った分厚い結晶体の装甲を砕くにとどまった。接触面から侵食されつつあるバンカーシールドを放棄し炸裂した衝撃によって背後へ吹き飛ばされるF・クレイモア。しかしアランは笑っていた。歯をむき出し目を爛々と輝かせて。その眼がとらえるのは……メリュジーヌの上方背後ダークの空間転移によって飛び出してきたデュランダルの姿。
(出力最大、光学変性)
「【ローラン・デュランダル/不滅の聖光】」
裂光は閃光となり装甲がはがされた聖典を破壊する。光にのまれる聖典。斬り飛ばされ宙を舞ったそれは少しの時間をおいて炸裂する。破壊されたヴェーダからは大量の源泉がはじけ飛び爆音を鳴らした。吹き散らされる結晶体と共に空中に吐き出される無数の機人達。空中を落下するそれらの中にドゥルガーの姿があった。
「カーリ――――――!!」
光と共に解けて消える機体、淡い光の中から現れ空中を舞い落ちるカーリーに向けてアランは飛んだ。背部スラスターを下半身へ移動しフレキシブルスラスターを左右に分割する。現れた背面装甲を真二つに絶ち割ってコックピットを肌刺す冬空に露出させる。分解された大気によって、鼻を裂くイオン臭。それを無視して思考制御によってなんとか機体を滑らせると自身の体からもなけなしの源泉を放ってできるだけ優しくカーリーを受け止めるアラン。
「カーリー!」
「アラン?」
うっすらと目を開けたカーリーに微笑むアラン。失った四肢法具を結晶体によって再生させるメリュジーヌをよそに二人は再開を果たす。
「迎えに来たよ」
「うん」
「もう、一人にしないからな」
「……うん!」
複製された聖典から伸びた光帯が二人が乗ったF・クレイモアを貫く。ともに落下していた周囲の機体同様、聖典に徴収されるF・クレイモア。足場を失って落下する二人。しかしアランもカーリーも全く不安など感じていなかった。両手をつなぎお互いの眼を見て頷く二人。答えは決まっていた。
「「汝、全て奪うもの、【ドゥルガー/簒奪王】」」
二人の祈りが空を覆う。激増した漆黒の銀河は今まさに襲い掛かろうとしていた光帯をも飲み込む。風を巻き轟く星々、暗黒星雲の中心を絶ち裂き烈風と共に顕現する漆黒の聖騎士。二本の兜飾りが天を突き、後頭部から垂れ下がった兜の飾り尾が風になびく。牙をむいた鬼のようなマスク、関節から立ち上る漆黒のオーブ、緑色に輝くデュアルアイがメリュジーヌを射抜く。黒武者が再び、冬の時代に咆哮を挙げた。
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