第11話 別れ

 数日前。学園長室、高所に開かれた窓からは朝の陽ざしが差し込み、部屋一面に敷かれた絨毯は毛が長く足が埋まるようにふかふかとしていた。内装は木目で統一され、木材特有のハニーシロップのような光沢がとても美しかった。そこにいる人物は二人。茶色でグラデーションが入った金髪をおでこが出るようにヘアピンで整えられたセミロング、まるで獲物を狙う狼のように鋭い眼光の女性。そして、艶のある黒髪にゴーグルをかけ、スカイブルーの瞳を気まずそうにさまよわせる制服姿の少年だ。


「さて、言いたいことは解ってるかぁ?アラン君」


 学園長と書かれた机に腰かけたつなぎ姿の女性、聖騎士訓練学園学園長ステラ=ローズが口を開いた。


「はい……サラに聖騎士だとばれたことです」

「よろしい。まぁ……馬鹿正直に自分から報告に来たことは評価してやる」


 机に腰かけ、肩をポンポンと叩きながらそう告げるステラ。


「はい……」

「あと、ばれた経緯もそうだな。不可抗力と言えなくもない」

「じゃあ!」


 勢いよく顔を上げ、期待したような視線を学園長に向けるアラン。


「た・だ・し、お仕置きは決定事項だ」

「……はい」

「そう落ち込むな、何も取って食おうってわけじゃないんだ」


 そこに少し逡巡したのちに確認するように告げるアラン。


「でも、クラッド先生が……」

「あん?あのバカが何か言ったか?」


 次に告げられたのは学園長が思ってもみなかった言葉だ。


「喰われることも覚悟しとけって……」


 一瞬の間が訪れる。部屋は閉め切られて温かいはずなのに、急激に冷えた空気に変な汗が出て止まらなくなったアランは内心がくがくと震えていた。


「よし……あいつは殺そう」


 怒気をはらんで、ただでさえ鋭い眼光を一層鋭くするステラ。アランは立ち上る強大な源泉に当てられて失神しかけていた。


「……」

「まあいい、それよりお仕置きの内容だが……これだ」


 そう言ってステラが取り出したのは一個の卵だった。


「卵……?」



 数日後の昼、午前の授業も終わり午後に向けて英気を養う時間。しかし、アラン=フリーマンだけは死んだ魚のような目をして弁当の中身をモサモサと口に含んでいた。机を複数連結させて一緒に食事をとっている面々、サラ、ジョー、ローラン、カーリー。その中で綺麗な黒髪をポニーテールにした大人びた少女、サラが声をかける。


「アラン君、最近たまごばっかりだね。好きなの?」

「いや、嫌いになりそう……」


 苦虫を噛み潰したような表情でそう告げるアラン。


「毎日たまご割ってるんだよぉ」


 サーモンとレタス、マヨネーズにタマゴが挟まれたバケットサンドを両手でつかんでリスのように食べるカーリーが補足する。


「なんでそんなことしてるの?」

「ちょっとした特訓で卵を使ってるんだ。ただ勿体ないから食べてるんだけど……これだけ続くと、脳みそが卵になりそうだよ」

「ふーん、なら……」


 サラがアランに何か提案しようとしたその時、教室内がざわざわと騒がしくなった。


「ちょっと、よろしくて?」


 談笑する五人の輪に割って入る人物がいたのだ。金髪をツインテールにした、少し低めの身長の少女。ルリア=ミルドットという少女だった。


「えっと。何か用ですか?」

「ええ、アラン=フリーマンさんに用がありますの」


 訪ねるサラに答えるルリア。


「俺に?」 

「午後の授業が模擬戦なのはご存知ですわね」

「ああ、模造剣を使って実際に試合するアレだよな。それがどうしたんだ?」

「私とペアを組んでいただけないかしら」


 挑戦的な視線でアランを見下ろすルリア。


「えっと……」


 もくもくと食事を続けるジョー、金髪碧眼で若干女顔の少年を伺うアランだが。


「構わないぞ。いつも僕というのも問題だろ」

「たまにはいいもの」


 ジョーとローラン、銀髪長耳幼女の許可が下りたことで続けるアラン。トマトばかりパクパクと食べてるローランだが、その顔は若干たのしそうに微笑んでいる。


「わかった、君と組むよ」

「ええ、感謝いたしますわ」


 それだけ言うと、ルリアは足早にその場を離れるのだった。



 今日のルリア=ミルドットは過去最悪の気分だった。透き通るような白い肌。陽光を反射する金髪は頭の左右で綺麗にロールされ、アイスブルーの瞳は泣いたようにうるんでいる。少し平均より背が低くも、女性的な起伏に富んだ体形をしている。そんな自分も気に入っていたハズだった……。


(最悪の気分ですわ……それもこれも、あの方が来てから)


 そう、あのアラン=フリーマンが来てからだ。それから何かがおかしくなった。オリエンテーションに怪獣は乱入するし、気分が妙に昂る日が続いている。どことなくクラスの雰囲気も悪くなったように彼女には感じられるのだ。


(もう、我慢の限界ですわ)


 この勝負ではっきりさせよう、自分の不調やクラスのごたつきが、いったいどこから来ているのかを。



 午後、最初の授業は模造剣を使った訓練試合だった。校舎に隣接されたアリーナで、源泉を通しやすく加工されたゴム製の刀剣を使っての訓練。茶髪の髪を後ろでまとめた頬傷の教師、クラッド=クレイ。カチューシャをはめた緑髪に矢じり型の尻尾、スレンダーな体をクラッドと同じく動きやすいジャージに包んだシャクティ。二人の審判を挟んでアリーナの中心でジャージ姿のアランとルリアは向かい合う。


「よーし、お前ら準備はいいな。それじゃあ試合を始めるぞー」


 クラッドの声に頷く両者。相対する二人は互いの手に持った剣を構えて歩み寄った。


「はじめ!」


 開始の合図とともに、待ちきれなかったとばかりにアランに斬りかかるルリア。つばぜりあうと同時に、彼女は囁くように語りだす。


「あなたは、聖騎士に向いていない。機人は、源泉値が高いものに与えられますわ。それは、動力源たる小型の源泉炉心が搭乗者の源泉を食らって周囲の源泉を汲み上げ、機体を動かすからです」


 どこか説くようにそういって続けるルリア。


「送り出された源泉は命令伝達、機体各部での各元素への変換に使用されますわ。それだけに搭乗する聖騎士と調律者の源泉値は重要になってきます」


 とっさに距離を離すと。全身に源泉をまとわせ、身体機能を強化したルリアの攻撃を間一髪でかわしながら、アランはなるほどと思っていた。幾度となく体をかすめては、うっすらとした傷を浮かび上がらせる模造剣。そもそもの、彼女が自分に模擬戦を求めて来た理由が何なのか、なんとなくわかったからだ。


「なぜなら、源泉値はそれだけで機人の反応速度、継戦時間に直結するからですわ。なにより、機人の必殺技たる大魔法は源泉を大量に消費します」


 小刻みに突き出される両刃剣を時には、剣でそらし、足で躱しながらアランが口を挟む。その目は爛々と輝き、歯わむき出しになっている。


「つまり、源泉値が低い俺はおよびじゃないと?」


 その問いに、さもその通りだというように告げるルリア。


「ええ、あなたは聖騎士の器ではないということですわ」

「それで、こんなことを提案したのか?」


 あきれたようなアランの問いに、満面の笑みで答えるルリア。少女は華が開くように微笑むと、さらに攻撃の回転数を上げてきた。


「はい、衆目の前で力のなさを痛感すればあきらめも!つくでしょうっ!」


 一際力強く振るわれたルリアの剣は、アランの体を大きく吹き飛ばした。二人の会話は周りで観戦する人間にも聞こえていた。あるものはにやにやと笑いをこらえ。あるものは不快そうに顔をゆがめている。サラは隣にいるカーリー、ねじれた角を頭にはやした金髪赤目、小麦色の肌に傷跡がある少女に話しかけた。


「ねえカーリーちゃん、アラン君大丈夫かな?」


 心配そうなサラに、力強く無い胸を張ることで答えるカーリー。


「大丈夫ぅ、アランは強いよぉ」

「そうなの?でも源泉値が低いぶん不利なんじゃ……」

「それでもだよぉ。アランはね毎日頑張ってるんだぁ」


 どこか得意そうに、そして自慢するようにカーリーは語りだす。彼の努力の結晶を。カーリーは見ていた、アランの視界を通して、彼が見る世界を。夢を通して、彼が知る世界を。アランの世界は常に温かいものではなかった、源泉値の低さはそれだけで地力の低さに直結する。同年代の中でも源泉値の低い彼には、聖騎士を目指して正しく生きるための力が、虐めや差別に抗うための力が、元から足りなかったのだ。それでも少年は立ち上がった。地力が低いなら鍛え上げればいいとばかりに自分自身を虐め抜いて。


「よけるばかりで、どうする気ですの!」


 ことごとく攻撃をそらされ、若干いらだったように叫ぶルリア。その攻撃は苛立ちによって、明らかに直線的になっていた。その時を待っていたように叫び返したアランは、今度は逆に自分から間合いを詰めに行った。


「こうするんだ!」


 瞬間的に放出されるアランの源泉が増加する。それは決して高いものではなかった。しかし、それはそのまま使ったならばだ。彼は流動する源泉を掌握するとそれを刀身の一点に集め渾身の突きを放ったのだ。


「疾っ!」


 凝縮された源泉の燐光が、空に一文字の太刀傷を刻む。


「なっ!」


 甲高い音がして、ルリアの持つ模造剣の刀身が根元から叩き折られた。そう、少年は源泉を一転に集め圧力をかけることで、少女の刀身を覆っていた源泉による防御を突き破ったのだ。流れるような源泉の操作に感心するとともに、審判であるクラッドは勝者を告げる。


「そこまで!勝者アラン=フリーマン!」


 見学していた周囲の人間から、感嘆の声と拍手の音が聞こえる。


「そんな……」


 光を反射しながら落下する刀身を見て少女は思う、こんなはずではなかった。力のない少年に分別を弁えさせるために手ずから身を削ったはずだったのにと。しかし同時に彼女は感じていた、彼の剣を通して類まれなる努力の痕跡を、それは彼女をして聖騎士を目指すという彼の夢を納得させるものだった。すると、少女の中で今まで感じていた以上の苛立ちや嫌悪感がムクムクと喉の奥から競りあがってくるのを感じた。


「ぐぅっ!!」


 思わず口を手のひらで覆いうずくまった少女に、心配そうにする少年。


「おい、大丈夫か?」


 少年に対する嫌悪感と苛立ち、彼のことを認めようという心。相反する思いがルリアの中で渦巻き、それは当然の様に彼女から溢れ出した。


「げ、ぼぉおおおおおおおぉ!!」


 悪意が世界に溢れ出す。

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