第12話 別れ:了

 突如、吐き出した少女に慌てて駆け寄ろうとしたアランは、それがあまりにも不自然なことに気づいた。吐き出された物体が脈打ち流動していたのだ。アランは思わず声を上げた。


「逃げろ!」


 腹の中のモノをすべて吐き出したルリアは、一言声を上げるだけで精一杯だった。


「へ?」


 彼女が呆けたような顔でアランを見つめるのと同時だった。吐しゃされた物体は突如ルリアに覆いかぶさると、その体から源泉を吸い上げ人一人を包むほどの半透明な球体へと変化したのだった。



 その男はどこにでもいるような平凡な容貌だった。くすんだような金髪と少々生えた無精ひげ、新緑の瞳はある一点を見つめ続けている。聖騎士訓練学園を望める城壁の上にいた彼は、そばに控えたローブ姿の人物三人とともに冬の風が吹くそこにたたずんでいた。


「さあ、力を見せてくれ簒奪の聖騎士。源泉に寄生し人を溶かす怪獣だ。君にしか彼らは救えないぞ」



 その球体が甲高い叫びをあげると、幾人かの生徒が同じような物体を吐き出した。また球体となったそれが叫びをあげる。金属をするような嫌な音が学園のあちこちへ伝播していくなか、人々はようやく行動を起こそうとしていた。


「今助けるぞ!」

「まて、不用意に近づくな!」


 一人の生徒へ制止の声を上げるクラッド。しかし、それは生徒に届かなかった。


「な、こいつ俺まで飲み込もうと!……ぐあああぁ!」


 クラッドの制止を聞かず友人を助けようとした生徒は、球体に引きずり込まれて消えていった。それを確認するとシャクティは周囲の者に聞こえるように声を張り上げる。


「動けるものは、動けないものを連れてすぐにこの場を離れろ!不用意に近づけば同じように取り込まれるぞ!できるだけ応戦は避け、この場を離脱することに注力しろ!」


 かつてルリアだった球体からは触手状の物体が生え、アランに襲い掛かってきていた。彼はそれを両手に持った剣でさばくと、悔しそうに歯噛みして言う。


「中に人がいたままじゃ、ろくな攻撃ができない!」

「死亡と推測」

「まだ助けられるはずだ!」

「見たところ体がほぼ溶けてしまっている、あそこから助け出すのは絶望的だろう」

「それでも!助けたいんだ!!」


 アランの発言を否定するように告げるローランとジョー。そのとき、校内放送が入る。


「あー学園長のステラ=ローズだ。現在学園内で寄生型の怪獣が確認された。動けるものは、動けないものを助けできるだけ避難しろ。いいな、絶対戦うんじゃねぇぞ」


「ん?うおおおぉおぉ?」


 放送が終わると同時に、カーリーがブルブル震えだした。上下にがくがく震える彼女は、ポケットからスマホを取り出すと着信ボタンを押す。カーリーは少し話すとアランにスマホを投げ渡した。


「ちょ、お!もしもし、誰だこんな時に!」

「あたしだ……」

「が、学園長!すいません!」

「今はいい、それよりも簒奪の力で人質を奪い取れ」

「力でって。間違えてえぐちゃったらどうするんですか!」


 アランが思い出すのはオリエンテーションの一件だ。あの時、彼はカーリーから流れてきたイメージを視て力の使用を躊躇してしまった。すべてを無差別に抉り抜くような破壊の力。彼の簒奪魔法に対するイメージは扱いきれない爆弾のそれと同じだった。


「何のための卵だったと思ってる」

「あれは……」


 数日前から続くお仕置きの内容を思い出すアラン。ただひたすら生卵にむけて簒奪魔法を放つ毎日。地獄のような卵焼きローテーションの日々だった。


「殻を傷つけず卵の黄身だけを取り出す練習をしただろ。あれはこんな時のための練習だ」

「そんなこと言ったっていきなり人間で試しますか!」

「やれなきゃ死ぬのは人質だ。寄生型の怪獣対策のセオリーは包囲殲滅。おそらく以前のオリエンテーションで寄生されたんだろうが、今回は学園の検査にも引っかからなかったやつだぞ?どの道待っていては死ぬだけだ」

「っ……」


 残酷な未来予想に口をつぐむアラン。


「お前は、何のために聖騎士になったんだ?」


 アランの脳裏によぎるのは、10年前のあの日。逃げ遅れた人々を救う為に絶望的な戦いに挑んだ聖騎士の姿だった。アランは彼に憧れて、誰かを守るために聖騎士を目指したのではなかったか。守るということは、守れなかったというリスクを承知の上で挑むことではないのか?


「やります!」



 ルリア=ミルドットは闇の中にいた。苛立ちも嫌悪もない代わりにひどく冷たい凪いだ海のような所だった。彼女は後悔していた。一時の感情に任せて浅はかな行為をしてしまったと。彼に謝りたい……そう思った彼女の頬に不意に温かい何かが触れてきた。それは淡く輝く光のような何かだった。


(あ……)


 彼女は導かれるように進んでいった光のあるほうへと。



「目標補足ぅ、簒奪開始ぃ」

「スティ―――――ル!」


 アランが小型怪獣へ向け魔法を放つ。すると、彼の手を中心に光が瞬きその場に何かが現れた。それは、全裸のルリアだった。


「な!なんで全裸ですの!?」


 現れたルリアは目を見開いて叫ぶとバタバタと暴れアランに向けて全力でアッパーを繰り出すのだった。そんなドタバタをよそにルリアを抜かれた小型怪獣は、奇声を発するとほかの小型怪獣と合流し一斉に校庭へ向かって逃げていった。



 男は思わず歓喜の表情を浮かべた。実験が思った以上の成果を上げたからだ。彼は確信する。あの力さえあれば自分の悲願が容易に達成できると。


「合格だ。……もうすぐだよギルバート!」


 平凡なだけだった男は、はた目からもわかるほどの覇気をまとっていた。



 アラン、ジョー、クラッドの三人がアリーナから外に出ると、校庭では学園中から集まった小型怪獣が群れを成し融合を繰り返していた。巨大な一つの塊へと成長していっていく怪獣達。ゲル状の体がマグマが沸き立つように一つにまとまっていく。


「アラン、ジョーちょっとまずいみたいだからさっさと決めるぞ。アランが引き抜き、俺が受け止め、ジョーがとどめだ!行くぞ!」

「「はい!」」


 短いミーティングを終えた三人は、遅れてきたそれぞれの調律者と共に天へと叫ぶ。


「「汝、全て奪うもの、【ドゥルガー/簒奪王】」」

「「汝、陰に潜むもの、【ダーク/暗殺剣】」」

「「汝、堅き砕くもの、【デュランダル/不滅の刃】」」


 空間を断ち切り、三体の聖騎士が降臨する。


(目標指定、簒奪開始)

「スティイイイイイイイル!!」


 ドゥルガーがその手を怪獣へ向けて叫ぶと、虚空に無数の人間が現れ。


(目標補足、空間軸固定、転移開始)

「【シャクティ・ダーク/影を渡る無貌の鳥】」


 ダークが地面に己の影を広げて、落下してきた人間たちを受け止め。


(拡散仕様、対象を蒸発させる!)

「【ローラン・デュランダル/不滅の聖光】」


 デュランダルの刃が敵の全てを焼き払った。


 その時だった。ドゥルガーの背後に突如として雷光を纏って現れた機人が、背後から彼を貫いたのは。空間がゆがみ激しく軋みを上げる。


「ぐぅうううがああぁあああああああああああ!!」

(アランだけでも逃げて!)


 その声が聞こえると彼の足元は、グラグラと揺れ瞬間的に視界が切り替わる。彼はドゥルガーから降ろされ空を落下していた。目にするのは己の機人を背後から貫く四本腕の聖騎士。それが持つ腕の一本に保持された分厚い本のようなものから光の帯が伸びドゥルガーを串刺しにしていたのだ。


「カーリ―――!!」


 アランは叫んだ。落下する彼を敵との間に割り込んできたデュランダルが受け止めその衝撃で気絶するまで。


 光帯に貫かれていたドゥルガーが粒子となって本に吸収されるころ。ようやく、それまで凍っていた空気が動き出した。気絶したアランを抱えて戦線を離脱するデュランダルを横目で確認し呟くようにクラッドはその名を声に出す。


「……聖騎士ブラフマー。ミハエル=アイエン。行方不明になっていたトップガンが一体全体どうした風の吹き回しで?」


 聖騎士ブラフマーのコックピット内で平凡だった男が答える。


「なに、少し入用なものができて寄らせてもらったまでだよ。それももう回収できたことだし、私としてはそろそろお暇したいのだがね」


 くすんだような金髪に少々生えた無精ひげ、新緑の瞳は今は力強くコックピット越しに学園を睥睨している。それは今まで影から動いていたあの平凡な男だった。


「させるとおもってんのか?」


 ダークが片手を上げると同時。要所要所に黄金をあしらった純白の聖騎士、ブラフマーを包囲するように学園に配備されている様々な聖騎士が現れる。最新鋭の第三世代こそいないものの、単純な源泉動力の第一世代クレイモアの他。源泉を動力として大規模な魔法が使える第二世代トゥーハンドも数体確認できる。


「もう一度言うぞクソ野郎。俺の生徒に手を出してただで帰れると思ってるのか?たっぷり土産を持たせてやるよエアーヘッド(馬鹿野郎)!」


 ダークがその手を振り下ろしたのを合図に大小様々な重火器が一斉に火を噴く。あるものは背負った砲から磁気加速された砲弾を撃ち、またあるものはランスの先端から光学魔法を撃ちだしていた。


「やったか……」


 ブラフマー、純白の聖騎士が飛んでいた場所は爆炎によってできた高濃度の煙によって隠されあたかも灰色の巨大な雲が浮かんでいるようだった。数秒はたっただろうか煙が薄くなってきたとき、クラッドの声にこたえるように薄煙の中から放たれた雷撃によって幾人かの聖騎士がまとめて撃墜された。雷によって煙は四散し中からは無傷のブラフマーが現れた。


「それはフラグというものだよ、君」

「へっ、わかってるよこの野郎」

「ほう……」


 ブラフマーがダークに少しばかり意識を傾けた時だ。学園の一角から突如として炎が上がる。それはまるで生き物のようにうねると、ブラフマーに向けてその七本に分かれた舌を振り下ろす。白熱した熱線の連撃にさらされたブラフマーは、とっさに四本の腕のうちの一本、長大な槌のような柄杓<ブラジャーパティ>を振り下ろしその先端から大瀑布をはなって迎え撃った。炎と水は空中でぶつかると急激に空気を膨張させ大規模な爆発を引き起こした。


「けっ!やっぱだめか」

「ババアしっかりしてくれよ」

「誰がババアだ、クソクラッド!」


 熱線の発射地点から炎を纏って飛翔してくる一体の聖騎士。それは寸胴な体に二本の剛腕を生やした深紅の機人、学園長の愛機アグニだった。学園における最大戦力たる彼女。学園長はブラフマーを挟んでダークと反対の位置につくと敵の聖騎士ミハエルに話しかける。


「どうやら、ステルス系の相棒がいるようだが。一度発見した以上もう逃がさないよ。ミハエル坊や」

「お久しぶりです、ステラ先生」

「おや、まだ先生って呼んでくれるのかい?うれしいねぇ。うれしいから一発殴らせておくれよ」


 犬歯をむき出しにして通信画面越しに微笑むステラ。


「勘弁してください、学生時代に鼻を折られたこと、まだ覚えてるんですよ?」

「遠慮するな、喰らってけ」

「お断りします、これから大事なようがあるものでして。ちょうどいいので、これでもどうです?」


 ブラフマーの右腕第一腕、聖典<ヴェーダ>が唸りを上げる。


(聖典から情報を取得、回路変更)

「【カーリー・ドゥルガー/遍く集う星光】」


「させるかぁ!」


 男が言霊を紡ぐのと、学園長が突撃するのは同時だった。二人を包み込むように球形の闇が広がり、あとに残ったのは片腕を失ったアグニだけだった。



 何処までも続くような暗闇。血と臓物の匂いがする空間でアランは夢を見る。それはカーリーと呼ばれる少女の記憶……。

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