第4話 聖騎士

 唐突だった。二人の進む先、そこに貴族然とした装束を身にまとった金髪碧眼女顔の少年、それと彼の隣に滑るようにたたずむ銀髪長耳の幼女の影が立ちはだかったのは。夕日に照らされた二人の影は長く伸び、アランの行く手を遮るようにしている。


「問題提起、対象が一般人と接触」


 突然の声に一瞬戸惑ったアラン。しかし、すぐに異変を察知してその表情を引き締める。さっきまでは帰宅を急ぐ人が、足早に歩いていた。しかし、今は目の前にいる二人以外、一切の人影がなかったのだ。


「君たちは……(交通封鎖。腰に挿した細剣、まさか――)」


 真新しい鉄さびの匂いがする人影。交通を封鎖するだけの権力に、市内で帯剣を許可されるという事実。それは聖騎士という証明。突然現れた憧れの姿に普段の彼からは考えられないことに警戒心を抱くアラン。自分と同程度の年齢のそれを驚愕の目で見ながらも思い出す。よくテレビで特集される聖騎士達の中にその影はあった。


「(――ローランの聖騎士、何でこんな所に)聖騎士様がなんの用ですか?」

「僕は彼女の護衛を依頼されたものでね。でも、彼女とは道半ばで不運にもはぐれてしまったんだ。だから、このまま連れていかれると大変困るわけだ」


 その発言にアランの持つ不信感は、さらに肥大化していった。あんな空中高くから落下してきたのをはぐれたなどというだろうか。なにがしかの事件が事故がそこにはあったのではないか。


「人違いでしょう。こいつは俺の妹ですよ」


 アランはとっさに誤魔化していた。何か良くないものを感じていたのかもしれない。鉄さびの血の匂いがする聖騎士からカーリーを庇うように立つアラン。


「返してもらえないかな?コロラド州の研究所で所員400名を殺害した、調律者カーリーを」

「双眸一致」


(――殺害って!)


 驚愕に目を見開くアランをよそに、少年の後を引き継ぐように言う銀の幼女。その目は鋭くカーリーだけを捉えていた。アランはそれだけで察した。察してしまった。この二人が言ってることが事実なのだと。


「リーはぁ……」


 どこか諦めたように声を上げようとするカーリーを制して、アランは言う。たとえそれが事実だとしても、この聖騎士には渡せないという思いがあった。それは血の匂いによる忌避感かはたまは直観によるものか。


「例えそうだとしてもこの子は渡せない。少なくともあんた達が、この子にとって味方だって確認できるまでは!」

「アラン?」


 アランの返答に、肩をすくめてあきらめたように答える少年。その表情は若干の苛立ちを含んでいた。カーリーを中心として回るように歩いた少年は、その手を細剣の柄へと伸ばす。


「そうだね。それももっともだ。しかしね僕は思うんだ……それでは遅いんじゃないかってね!」


 突然高まる聖騎士の源泉。ジョーは剣を腰から引き抜き、光線のような一撃でカーリーの心臓を貫く。源泉によって延長された剣先は、発光し確かに少女の臓腑に喰らい付いていた。あまりの速度にアランは反応することさえできなかった。


「ごふぅ……」

「カーリー!」


 突然の凶行に驚きとっさに駆け寄ろうとするアランを、手で制するカーリー。涙でぬれた瞳は震え、その口からは鮮血があふれて大地へこぼれる。


「こな……いでぇ、あふれちゃぅ」


 幻のように散っていく源泉の剣先。剣が解けた先からあふれだす鮮血は、しかし時を巻き戻すようにして周囲の物を滅茶苦茶に巻き込みつつ逆流する。発光し濁流となって全てを飲み込む鮮血の波。それらすべてを飲み込んで震えるように立つカーリー。周囲はえぐり取られたように大地がなくなっていた。


「くぅ。はぁああぁ……」

「それは400人の命を吸った文字通りの化物。この程度の傷では周囲の物に喰らいつき即座に蘇生する。これでも君にはそれが人間にみえるのか?」


 まるで、小さい子に言い含めるように、そして何より自分を納得させるように続けるジョー。その瞳には夕日が反射し、静かだが強い意志の光をたたえていた。


「わかっただろう。その子に守る価値などない。自分が危機に陥れば周囲の命を奪ってでも助かろうとするあさましい怪物だ。僕の任務はその子をしかる場所で殺害すること。関係ない君はおうちに帰ってママにでも慰めてもらいなよ」

「ジョー。目撃者は……」


 ジョーに歩み寄ったローランはその服のすそをつかむと、咎めるように言葉をつなぐ。


「わかっているさ。でも向かってこないものまで殺す必要はない……」


 責めるような少女の問いに、何かを確信したように言う少年。そのめは静かにアランを見つめていた。冬の風が吹く。四人のはだを凍てつかせた風は、雲を運び陽光をあらわにする。


「ふざけるな……俺は。もう何があっても。誰であろうと見捨てないって決めたんだ!!」


 アランの中で蘇るのは、十年前の地獄のような風景。怪獣の手によって散っていく無数の命。ジョーが言っていることが事実だとすれば、カーリーは大勢を殺した大罪人だろう。しかし、だからと言って見捨てるという選択肢を、アランは決してとることができない。彼が、アラン=フリーマンであるがゆえに。


「……カーリーはなんで人を殺したんだ?」

「……殺されそうになったのぉ。気が付いたら殺し返していたのぉ」

「それだけ分かれば十分だ!」


 信じたいと思った。信じようと思った。なによりあの日、少年が見た聖騎士ならば絶対に見捨てはしないという思いが確信があった。心臓は燃えるように脈を打ち呼気は空を白く染め上げる。決意はもう固まっていた。


「アラン。いいんだよぉ。カーリーはいっぱい殺したぁ。食べちゃったぁ。だからこれは罰なのぉ。悪い竜は騎士に倒されるんだよぉ」


 俯くカーリーを思わず抱きとめるアラン。その腕には力がこもり、その瞳には信念から来る烈火のごとき光が宿る。震える少女を抱きとめて、少年は冬空に声を上げる。


「そんなわけあるか!生きてるってことは、それだけで素晴らしいんだ!それを勝手に投げ出すなんて許されない。許せるはずがない!!」


 少しの間。ほんの束の間一緒にいた少女。しかし少女は彼の中で確かに生きた人間で、守るべき友だった。フラッシュバックするのはかつて自身が見捨てた人々。罪を背負った少女の姿にかつての自分が重なっていた。


「お前に救いがないのなら俺がお前の騎士になる!俺はお前の友達だ!!」

「アラン!」


 その声が最後の宣告だった。アランはこのとき確かに宣言したのだ。この娘を守って敵対すると……。


「……その意思があるならば、話は別だ!」

「カーリー!」

 先程と同じように急激に高まった聖騎士ジョーの源泉。抜き放たれるのは閃光のごとき裂帛の剣。それを感じたアランは今度こそ反応できた。とっさに少女を突き飛ばすアラン。再び瞬いた剣線にさらされる少年。その剣は少年の左胸に喰いこんでいた。


「がああああああぁ!!(さっきの光学魔法!!)」

「アラン!」


 心の臓を射抜かれた少年に飛びつく少女。その瞳には涙がにじみ、焦りによって表情はこわばっている。少女は暮れ始めた世界に叫びをあげる。


「あなたはぁ、私が死なせないぃ!」


 少女から吹き荒れる源泉の風。アランとカーリーを中心に源泉で形作られた黒い繭が発生する。それは周囲の光を巻き込み局所的に夜空の銀河を想起させる輝きを放った。


「奪う事しかできない魔法でどうやって他者の死を回避する。まさか……死すらも奪うというのか!?」

「ジョー!」


 驚愕に目を見開くジョーに焦ったようなローランの声がかぶさる。


「わかっている!」

「「今ここで、最大戦力を投入する!!」」



 黒い銀河の中心で少年少女は見つめ合う。


(うれしかった)


 深紅の双眸からあふれるように涙を流す少女。


(カーリー)


 晒し合う二人。


(生きてもいいと言ってくれた)


 少女は少年の首へと手を伸ばしその体を自身へと引き寄せる。


(あなただけが許してくれた)


 暗い星々のただ中で二人きり。


(私の騎士)


 誓いの言葉を口にする。


(私の源泉スベテをあなたにあげる)


 それは、始まりの声。


(此処に誓いを、俺は君の騎士となる)


 銀河の中心で爆音がとどろいた――



 つないだ両手に力を込めて金髪碧眼の聖騎士ジョーと銀髪長耳の調律者ローランは叫ぶ。高まった源泉は局所的な暴風を呼び発光するオーブが飛翔する。暗闇に染まり始めたNYの街頭を裂光が染め上げる。それは聖騎士顕現の前兆。調律者と契約した機人が空間を飛び越えて現れる前動作。


 蒼銀が唄う。


「「汝、堅き砕くもの、【デュランダル/不滅の刃】!」」


 空間を割り雷光を伴って現れる白の聖騎士。額から突き出た一本のブレードアンテナ。鈍色に輝く装甲には青のラインが走り関節部からは、白い光が漏れ出ている。兜のスリットから除くデュアルアイは、黄色く発光し視線を眼前の銀河へ向けた。


 黒金が告げる。


「「汝、全て奪うもの、【ドゥルガー/簒奪王】!」」


 銀河を絶ち裂き、風と共に現れる漆黒の聖騎士。二本の兜飾りが天を突き後頭部から垂れ下がった兜の飾り尾が風になびく。牙をむいた鬼のようなマスク。関節から立ち上る漆黒のオーブ。緑色に輝くデュアルアイが視線を眼前の敵へとむける。


 聖騎士の中核、淡く輝くコア内部でシートに座った二人はにらみ合う。相対する意思が、魂が、爆音とともに燃え上がった。

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