6章 3話
やがてふたたびの夜が訪れ、幾つか残っていた『影』たちは、闇の中に溶け込ませるようにその姿を消した。
俺たちはゆうべと同じように皆で青い光を囲んでいた。
「それにしても、医師免許を取るとか言いながら、蓋を開ければ遺跡だの
せっかく綺麗なところだったのに、と愚痴っているカエの言葉に眉を上げるマサト。
「医者になってほしいってのはあくまで親の希望だ。オレが本当になりたいのは研究者。ミステリーハンターとか考古学者、調査隊だし」
「はんたー?ちょうさたい?」
アイリが言葉を
「まだ知られていない、昔の人が残したものとか色々なことを追究してくんだ」
「ついきゅう?」
「あー…」
眉間にしわを寄せて考え込んで、マサトはゆっくりと言葉を探す。
「皆で家や城を見ただろ?ああいうものがいつできたか、アイリが生まれるずっと前に生きてた人たちが、何を食べていたのか、どんな風にしてたのか、どんなものを持っていたのか…そういうことを調べるんだ」
自分の手で。
誇らしげに語る声に、ふーんとアイリは首を傾けて納得したような返事を返した。
「へえ、そうだったんだ。道理で色々詳しいはずだ」
なるほど、それでゆうべはフォークダンスを嫌いじゃないと言っていたのか。
確かに踊りなら、言葉が話せなくても、世界共通で心を通わせ合える〝言語〟になるな。
「そういう夢、親に話したことあったの?」
カエの問いに
「…実績作って、もう少し大人になったら話すつもりだった」
「子どもなんだから、別にそんなの言ったってよかったんじゃない?」
「あのなあ。考古学者なんて儲からない仕事、親が子どもに期待すると思うか?子育てって本当に金がかかるし、できるだけ恩は裏切りたくないじゃん」
「ああ、いわゆる八方美人ってやつね」
肩を竦めての返しに、珍しく声を荒げて噛みついた。
「親の思いと自分の目指したいもの、両方取ったっていいだろ!せめてウイルスとか病理学から入って、失われた遺産がどうして滅びたのかとか、人がいなくなったのかっていう方向から見る仕事にシフトして行ければと思ってたんだ、それが悪いのかよ」
投げやりに言い捨て、本気で拗ねたマサトの様子を目にしたカエは声を上げて笑う。
「なんでも悪意みたいに取らないでよ。別に嫌味で言ったわけじゃないんだから。安心したよ、ちゃんとあんたも夢を持ってたんだってさ」
「なんだよそれ」
「かわいげはないけど、親を大事にしたいってのは立派だよね」
「…全然褒められた気がしねえ」
舌打ちをし、マサトは沈黙した。
どう言ったところで口ではカエに敵わないらしい。
「子どもは子どもらしくなんてのは、大人の幻想を押し付けてるだけでクソ喰らえって思うけど、ちゃんと目標があるって格好いいと思うよ」
なんだか妙に辛辣な発言。
子ども扱いされた嫌な経験でも、カエにはあったのだろうか。
「確かに。最初は単なる小生意気なガキだとしか思えなかったけど、話してると年相応なところもあるし、案外素直だもんな、お前」
「だから全然褒めてねえだろ、それ」
「かっこいいー」
称賛されたマサトは黙り込み、照れ隠しにアイリの頭を乱暴にかき混ぜる。
「…もういいよ」
呟いて所在なげに視線を逸らした。
「あんたね。せっかく褒めてるんだから、こういう時は素直にありがとうって言えばいいんだよ」
「アリガトウゴザイマス」
「なあに、その棒読み」
だってさあ…口を尖らせてマサトはぼやく。
「そもそも大人って子どもが何を考えているかよりも、わかりやすく子どもらしいのとか、きちんと挨拶できるみたいなのしか見てないじゃん。こっちにとっては当たり前のことでも、相手にとって難しいことを言おうもんなら、早熟すぎて気味悪いとか陰口叩いたり、かわいげないとかさ。自分の理解の
「…自分から頭いいとか平気で言うなんて、ホント図々しいな、お前」
苦笑しながらアイリにするようマサトの頭を小突けば、子どもじゃないんだからやめろと言いながらも、満更でもなさそうな様子で俺の手を逃れる。
案外マサトは、普通であることを知らないだけなのかもしれない。もし理解されないから理解してもらうことを諦めているのだとしたら、少し切ないと思った。
「あたしは何をやってもやれるということに意味があったから、褒められることも多かったし、一般とはちょっと違ってたからなあ」
「オレから言わせてもらえば、学校や近所でも利口な奴は立ち回りもうまいし、大人からの覚えも良かったように思うけど」
「それは
「そうかなぁ?」
残念ながら天才にも秀才にも一度もなったことがない俺には、マサトの言うような苦悩などまったくわからない。
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