2章 2話
「ちっちゃな亀みたい!かわいい!」
楯を背負ったアイリは、カエの声に照れくさそうにもじもじしている。
当のカエはガンベルトのように剣帯を斜めに腰へと落とした姿勢が、実に決まっていた。
それに比べ、俺ときたら…。
杖を携えたマサトは、ベルト通しを広げるようにして差し込んだ、両峰の剣を体の脇にブラブラとさせている俺を見て笑った。
「結構似合ってるな、ヒロキ」
ほっとけ。
やりとりをそ知らぬ顔で眺めるじーさんの前に並べば、じーさんは俺たち一人ひとりに目を向けた。
「これから四つの闇が巡り、五つの昼を抜ける間、お主たちは旅をする」
「要するに五日間を乗り切ればいいってこと?」
カエが尋ねると、勿体をつけた動きで頷き返す。
「自分が何を為すべきなのかは、旅のうちに自ずと見えるだろう。じゃが、気をつけろ。魂の存在は常ある肉体よりもはるかに
「夜は寝ろって…なんか随分と悠長なんだなあ」
思わず口にして、じーさんに睨まれた俺は首を竦めた。
「みんないつでも行けるぜ、ヒロキ」
「だからさ、一応俺がリーダーだろ。どうしてお前が仕切るんだよ」
「細かいなあ。同じ目的の仲間なんだし、こんな時くらい
「…お前、浮世なんて難しい言葉を良く知ってるもんだなあ」
何に対しても先んじて動くマサトに対し、少々苛立ちを感じていたことも忘れて思わず感心する。
「マサト、あたまいい?」
「オレ、勉強できるんだ」
合いの手を入れてきたアイリの頭を、マサトはぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「中学でスキップして海外の医学部に行くって、ヒロキくんが来る前に言ってたよね」
「医師免許を取って、ウィルスや病理学の研究者になる」
さも当然というように頷く姿に、俺は何気なく疑問を口にした。
「スキップって、頭良くなきゃできないんじゃないのか?」
ぽかんとしたカエを目にして、しまったと思う。
「だからオレ、頭良いんだってば」
「でも海外に飛び級なんて本当にできるのか?お前のIQどんぐらいなんだよ」
引っ込みのつかなくなった俺を見抜いたように、マサトは意地悪げな笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。
「ていうかさあ、それ適当に言ってない?聞いたところで実際にIQの数値がどうすごいのかって、ヒロキにわかんの?」
「…平均が百程度とか」
図星を突かれて思わず
「それじゃあ、たとえ二百あるって言われても普通の二倍くらいにしか思ってないよな」
「人より二倍頭がいいって言われても、全然わかんないし」
「それ、意味違うから」
延々と続きそうだと判断したか、カエがため息交じりに割って入る。
「別に勉強ができるなんて今はどうでもいいでしょ。頭いいけど時々バカってことでさ」
「誰がバカだ!」
「だって、完璧なだけの人間なんてつまんないし」
マサトが目を
「そんな理由?」
「そんな理由。本当に頭がいいって言うならこれからの旅で存分に生かしなさい」
「…わかったよ」
マサトは腑に落ちない表情ながらも沈黙する。口ではカエに勝てないと判断したらしい。
「よし!ということでヒロキくん、どうする?」
改めて水を向けられ、言葉に詰まる。
「そうは言われても、どうしたらいいかなんて全然わかんないんだけど」
はなはだ情けないとは思いつつも、俺はじーさんを見やった。
眠たげな目を向けたじーさんは、謎かけにも似た語調で問いかける。
「ここはうつつの境目じゃ。何を願う?」
「何を願うって言われても、皆で試練を越えるんだろ?」
「その中でお主たちは何を願う?」
首を傾げる俺に、再びじーさんは繰り返した。
「願い、欲すればおのずと試練への道は開かれる。ただし、ここに至るまでの時を覗くことも変えることも叶わん」
「それは、人生を振り返ったり正そうとかしてもムダってことだよな」
たとえかつての出来事を客観的に見たところで、変えられないならがっかりするのがオチだし、思い出を
三人を見回せば、皆問題ないようで各々頷いている。
「で、もう一度最初の質問に戻るけど、結局俺たちはどうすればいいの?」
「強く思えば歯車は回り出す」
さきほどまでの
「強く願えばって言っても、何を願えばいいんだよ」
「道はどこにでもある。試練の舞台を選ぶのもまた選択」
「それって、自分たちが思ったものでいいってこと?」
一人真剣に考え込んでいたマサトが、じーさんに尋ねた。
「そういうことじゃ。何を選んでもお主たちが向き合うものの形は変わらん」
結局はぐるぐると同じところを回るだけで、一向に意味がわからない。
何だかなあ…。
俺は、仕事の締め切りが同時期にいくつも重なって、本当は何よりも一番にやりたいものを、時間や優先順位の関係でお預けを喰らった時のような気持になっていた。
「だから、具体的にどうすりゃいいのか教えてくれよ」
頭を抱える俺の視界の端を何かが掠めた。
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