2章 袖すり合うも…

2章 1話

「もういいのかね」

 尋ねるじーさんの声に、俺たちは頷く。

「よろしい。それでは、旅に出る前に武器をつかわす」

「へ?」

 思わず声を上げた俺を、四つの視線が振り返った。

「なんじゃ」

 じーさんが着物の身ごろから新たな巻紙を取り出して広げる。膨らみもないのにどんだけ入ってるんだ?という疑問はさておき、その様は腹立たしいほどに鷹揚おうようで泰然としていた。

「え、だって武器って…試練ってテストとか協力して何かをするみたいなのじゃなくて、戦わなきゃなんないってこと!?」

「あるだけの罪を清算するために必要なことだ、と先に申したはずじゃが?それに…」

 あまりの驚きに、のんびりしたじーさんの声を最後まで聞く余裕はなかった。

「無理だよ、俺自信ない!殴り合いだってロクにしたことないのに、他に方法はないわけ?」

「他に方法はないのう」

 戸惑いなど意にも介さない様子で、いとも容易くそんなことを口にのぼせる。

「ヒロキが日和ひよるのは構わないけど、選択肢がないなら諦めるしかないじゃん。そもそも学校だろうが社会だろうが、どこにいたって大なり小なりの争いはあるもんだろ」

 マサトが肩を竦める。

 確かに間違ってはいないけど…子どもらしくない以前に、その意見もどうかと思う。

「間違ってはないけどさ、基本的に何かを本気で殴ったり蹴ったりなんて、小さい頃の兄弟喧嘩くらいしかしたことないのは普通じゃないか。武器を持つとかって、そんなレベルじゃないのに皆平気なのか?」

 試練の旅ならのんびり観光気分なんてつもりはなかったけれど、武器を持って戦うということは、倒すだけじゃなく倒される可能性だってあるってことだろう?

「そりゃあ良くはないけど、マサトが言うように、おじいちゃんが試練に否は認められないって言ってたし、あたしたちには拒否できないんでしょ」

 カエが困惑した表情で応じる。

「へいき、だいじょうぶ。みんないっしょ」

 歩み寄ってきたアイリが背伸びをして俺の手を掴んだ。

「でも…」

 幼いアイリに励まされるのを情けなく思いつつも、俺には何とかできる自信なんてない。

 ほわああ、と長い欠伸のような音が聞こえて目を向ければ、呆けた顔でじーさんが大きな口を開け、ため息を吐いていた。

「随分と面倒臭いのをリイダアにしてしまったものじゃのぅ」

 ここがあの世なのかその中間なのかわからないけれど、脱衣姐さんもじーさんも神様に近いところにいるはずなのに…誰もが想像していたよりはるかに人間臭い。

「無論、戦いは必要なものじゃ。じゃがそれは、己の罪を振り払い、背負う重みをぎ落す儀式。対峙たいじすることが肝心で、なにも凄まじい怪物を倒せなどと要求するわけではない」

「…そんなのが試練?力自慢じゃなく?」

「誓って嘘は言わん」

 なら別にやらなくてもいいんじゃあ…なんてとても言える雰囲気ではなかったし、半信半疑だったけれど、正直なところその言葉に少しだけ安堵した。

「まあ、振り払うことで得る答えが重要になるがの」

 そう言ったじーさんの謎めいた言葉を、その時の俺が理解することはなかったけれど。


「では、改めて申し渡す。マサト、ぬしには風の力を」

 進み出たマサトの前でじーさんは手にした巻紙を手繰たぐる。ものすごく適当な感じに広げたところから、どういう原理かはわからないが綺麗な青い石のついた杖が現れた。

「アイリ、退けし力。カエ、切り込む力」

 アイリにはその小さな体を守るような楯が与えられ、カエは柄から刃まで背丈の半分くらいはありそうな太刀に似たものを剣帯ごと受け取った。

「ヒロキ、立ち向かう力」

 不謹慎ながら少し胸を躍らせていたら、おもむろに両手を上に向けるように言われる。

「どういうこと?」

 きょとんとして手の平を差し出せば、皆の時とは大違い。じーさんが巻紙を逆さまにしてばさばさ振ると、柄から先まで長さは四十五センチくらいの、鞘すらない短剣がぽろりとこぼれた。

 俺は愕然とする。

「小さい…」

「うまく攻撃と守護に分かれたな。魔法や楯はそのものだけでは弱い。基本的に力よりも補助を目的としていると思え」

じーさんの言葉も耳に入らぬまま、落胆を隠しもせず剣を眺めていた俺は、あることに気づき声を上げた。

「これ、刃がないよ」

 き出しの短剣は厚みさえあるものの、なだらかな鈍色にびいろの板きれ…言ってみれば先端の細いバターナイフのような形状だった。

「それは両峰りょうほうの剣じゃ」

「両方って、二通りの使い方でも?」

「そのリョウホウではなく両の峰を持つ、つまり刃のない刀じゃな」

「はあー…」

 それ以上の声も出ず、俺は絶句する。

「刃がないからと馬鹿にするものではない。立派に役目は果たす」

「峰しかないって?」

 覗き込んだマサトがこらえきれないように笑いだした。

 つられたアイリがにこにこしているのがどうにも切ない。

「俺には身を守る資格もないってことか」

 情けない思いでこぼすと、カエの呟きが聞こえた。

「でも、深く傷つけずに済むなら幸せだよね」

「うーん…どうだろう。鈍い痛みが続くより、鋭い方がいっそましかもしれないこともあるよな。まあ、俺はどっちもイヤだけどさ」

 何気なく返したつもりが、まじまじと見つめられる。

「俺、何か変なこと言った?」

「ううん。確かに、そういう考え方もあるかと思って」

 あっさりと発言をひるがえし、カエは笑った。

 その時は何とも思わなかったけれど、あの言葉は多分、何より自分自身に向けて言ったことだったんだって、後々俺は気づくことになる。

 知らずに与えてしまう痛みもあることを、旅を終えるまでの俺は深く考えていなかった。

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