1章 5話

「ヒロキ。えー、見習い…」

 愕然とした。

「ちょっと待ってくれ、リーダーが見習いって何それ。どういうこと!?」

「ばかもの、おぬしは一番最後にここに来た者。先人の方が学んでいることが多いのは当然じゃ!」

「…それはそうかもしれないけど」

「試練を受ける者に否やは認められん」

 じーさんには取付く島もなく、どこか腑に落ちない気持ちだったが仕方ない。諦めて渋々頷くと、その先の言葉を甘んじて受けるべく姿勢を正した。

「見習いー」

「わかったよ、見習いなのはもういいからさ。早く言ってくれよ」

 ごにょごにょと口ごもるじーさんに、俺は口を尖らせる。

「見習いー…」

 まさかあの世の住人がボケたとも思えないけれど、一向に見習いから先の冠位とやらが出てこない。

「だからその先は?」

「見習いゆー…」

 なるほど、そこまで来たらこれしかないだろう。

「見習い勇者?」

「…いや、それがわからないのじゃ」

 不明瞭な答えを返すじーさんに歩み寄り、手元を覗き込む俺に他の三人も続いた。

「どれ?」

「こりゃ、これは気易く触れていいものじゃない」

 遠ざかろうとするじーさん。

 その時、一番じーさんの近くにいたマサトがあっと声を上げた。

「確かに、それじゃわかんないよな」

「え、なんで?」

 ただ読み上げているだけじゃないのか?

「だって字が書かれてないし」

【有馬大樹 見習い勇 】

 マサトが指さす先は確かに、自分の名前と役割が記されてはいたが…勇の文字の後がなぜか真っ白に抜けていた。

「役割がないと、旅立つことはできんのじゃが…」

 手にしたものを透かしたり裏返したりしながら、じーさんはぼやく。

「じゃあ俺、どうすればいいんですか」

「はて。どうしたもんかのう」

 不備だとか不手際の挙句、更にそんなことが待ち受けているとは…。

 俺からすればなんだか色々と滅茶苦茶なことばかりで、到底納得はできない。ただ、困り果てたように紙を見つめているじーさんが少しだけ気の毒になった。

 昔からどうも、困った顔をしている人に弱いのだ。

「試練と向き合うには何かの役が必要だけど、俺のはわからないってことなんだよな。どうせ何もかも仮なら、もう見習い勇者でいいよ」

 最大限の譲歩をしたつもりだったのに、じーさんは首を傾げながら勇者?と呟いている。不満はそこかよ。

「なあ、待ってるのもう飽きたよ」

傍らのマサトが不意にぼやいた。

 さきほどの大人びたイメージとはえらい違いだ。

 コイツ、案外子どもらしいところもあるじゃないかと、少々意外に思った。

 ふわりと手の甲に触れるものを感じて目を落とせば、アイリが俺にしがみつきながらうんうんと頷いている。

 あまりにかわいい仕草に頭をなでようと手を伸ばすと、一瞬びくりと反応し、身を引く素振りを見せた。

だが、すぐに自分から俺の手のひらに近づくようにして髪をぐしゃぐしゃにし、嬉しそうに目を細めた。

「そうだね、あんまり長くここにいると、試練をこなす時間がなくなりそうで不安だよ」

 カエが続ければ、じーさんはしばし考えていたが渋々頷いた。

「よかろう。ヒロキは見習い勇者仮としよう」

 俺は諦め顔で頷く。

 つきまとう仮は、勘違いでこんなところに来てしまった以上に余計な気がしたけれど。

ごちゃごちゃ言ったところで話が進まないなら、もうなんでもいいやって気分だった。


 旅に出る前にしばしの猶予をもらい、改めて皆で名乗り合った。

 カエは『小野寺佳恵』二十三歳、マサトは『瀬口正人』十二歳、まだ言葉の不自由そうなアイリは、じーさんから聞き出したところ『田中愛梨』五歳とのことだった。

「あんまりモタついてるから見ててイライラしたよ。あのじーさんを急かしたところで通じるかわかんないと思ったけど、言ってみた甲斐があったな」

 にやりと笑うマサトの先ほどの行為は計算づくだったのだと、俺は呆気に取られる。

「あんた人が悪いね」

 同じことを思ったのだろう、至極まっとうなカエの言葉に内心で頷いた。

動じる様子もなくマサトはうそぶく。

「それにしても、ヒロキみたいな頼りないのがリーダーとはなあ」

「おい、仮にも年上に対して呼び捨てはないんじゃないか?」

 子どもらしいなんて思ったのは間違いだった。こいつは単なる生意気なガキだ。

「心狭いなあ。ここでは年功序列みたいなのはないし、俺たちは対等なんだよ」

 むっとした表情を返す俺などどこ吹く風、涼しげな目を向けてくる。

「まあまあ。まだ何もしてないうちから、そんなにお互いつんけんする必要ないじゃない。ねー?」

 にこやかに取りなすカエは、胡坐あぐらをかいた俺の膝にちゃっかりと収まっているアイリに話しかける。

「ねー」

 この年頃の女の子って、男よりもはるかに賢くてませているものだと思っていたけど、むしろ語彙ごいの少ないアイリは幼子そのままに、にこにこと笑いながら、わかっているのかもわからない頷きを返した。

「ヒオキー」

 響きが気に入ったのか、つたない声で名を呼ぶ。

思わず肩の力が抜ける。

 …まあ、仕方ないか。

 楽しげな子どもに言い含めたりして水を差すのも、大人げないもんな。

 自分の忍耐一つで済むのなら、ただでさえ不条理なこの世界で小さなことにこだわってもろくなことはないだろう。

 呼び捨て問題は不問とすることにした。

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