27


 そうして迎えた卒業式。

 今日の日のためにと飾られた体育館で式典を終え、昇降口で生徒達が別れを惜しむ。

 式典で早々とホロリと泣いてしまった私はその後も泣き止むタイミングを得られず、同じように泣く友達と抱きしめあったり、冷静な友達に笑われたりと卒業生らしく過ごしていた。そんな卒業式らしい光景の中とりわけ志摩君達のグループは輪も大きく、一人また一人と駆け寄り別れを惜しみ、時には先生までも輪に加わり賑やかである。

 それを横目に見ていると、隣に立つ友人に肘で突かれた。


「行かなくていいの?」

「……なんで私に言うのさ」

「だってねぇ、待ってたら誰かさんいつまでたっても一人にならなさそうだし。二人で校内見て回るんでしょ?」

「二人でって……」

「そりゃ、うちの学校の卒業式といったらカップルが」

「ところで昨日お兄ちゃんがパブロに付け髭つけてシルクハット被せてたの。その写真が凄く紳士的で、是非見てほしいんだけど」

「それじゃ、うちらこの後カラオケ行くから」


 またねー、と手を振って友人達が去っていく。足早なその姿は逃げているようにさえ見える。

 卒業式にしてはその去り際はあっさりとしていて白々しくさえ感じられるが、彼女達とは春休み中に遊ぶ約束もしているし、旅行の予定も立てているのだ。今この場で卒業を悲しみ別れを惜しむ必要はない。

 むしろ今日という日に至っても冷やかされたことへの恨みが募り、あとで全員にパブロの写真を送ってやる……と、そんなことを考えてしまう。引っくり返ってお腹を見せている写真が良いか、正面からの写真が良いか、ご飯の最中の写真が良いか……。

 だがそんな悪巧みが一瞬にして消え去ったのは、背後から「七瀬」と声を掛けられたからだ。聞き慣れたその声に振り返れば、輪の中から志摩君がこちらに駆け寄ってくる。

 友人達に対して「さっさと帰れよ!」と声を荒らげているのは、きっと彼もまた冷やかされているのだろう。それを考えるとなんだか恥ずかしくなってしまう。


「七瀬、今いいか?」

「……だ、大丈夫だよ」

「友達は?」

「皆もう帰っちゃった。……志摩君こそ友達は?」

「あいつらもすぐ帰るだろ。それに、他に会う子がいるやつはいつの間にか居なくなってる」

「私も。冷やかされそうな子は気付いたら帰ってたよ」

「俺達、逃げ損ねたな」


 参ったと言いたげな志摩君の言葉に、私も苦笑と共に肩を竦めて返す。だが次いで彼が表情を真剣なものに変えジッと見つめてくるので、途端に私の心臓が跳ねあがってしまった。

 心音が体中に響いて、心臓がせり上がってくるように弾む。

 先程まで志摩君を冷やかしていた子達もいつの間にか居なくなり、気付けば周囲に残る生徒の数も少なくなっていた。徐々に漂う静けさが余計に緊張を増させ、誰かが友達を呼ぶ声も、賑やかな声も、どこか別世界のように遠く聞こえる。


「七瀬、この間の事なんだけど」

「……うん」

「コモモに伝言頼んだけど、ゃっぱりちゃんと言った方が良いよな」


 コモモの名前を口にして多少緊張が和らいだのか、志摩君がふっと小さく笑みを零した。

 そうして改めて私を見つめ、名前を呼ぶ。


「俺、これからも七瀬と一緒に過ごしたい。猫カフェとか、いろんなところに二人で行きたい……。だから、俺と付き合ってくれ」


 真っ直ぐに告げられる言葉に、私は痛みを覚えそうなほど早鐘を打つ胸を押さえそれでも「はい」と上擦った声ながら答えた。

 私も何か言わなくちゃ。志摩君が勇気を出して告白してくれたのだから、もっと自分の気持ちを言葉で伝えなきゃ……と、そう考えても上手く言葉が出てこない。

 せっかくパブロと練習をしたのに、口を開けば言葉よりも心音が漏れてしまいそうで、精一杯出した声が紡いだのは「嬉しい」の一言。

 だけどそれでも良かったのか、志摩君が嬉しそうに笑う。その眩しいほどの笑顔に私も応えたいと思い、元より緊張で強く握りしめていた手に更に力を入れた。


「……あ、あの、志摩君。この後もし時間があったら、その、猫カフェに行かない?」


 そう誘う私の声は随分と震えており、この緊張が知られてしまうと考えると余計に鼓動が早まる。

 思い返せば、私から猫カフェに行こうと誘うのは今日が初めてだ。今まで私の予定を伝えこそしていたものの、志摩君はサッカー部の練習で多忙だろうと考えてどうしても「一緒に行こう」が言い出せずにいた。いつだって、私は彼からのお誘いを待っていたのだ。

 だけど、これからは……。


「今までずっと、志摩君から誘ってくれたけど……でも、これからは私も志摩君のこと誘って良いよね……?」


 そう窺うように問えば、志摩君がコクコクと何度も頷いて返してくれた。

 どうやら私から誘われることは考えていなかったようで、言葉も出ないと言いたげなその表情はどことなく可愛らしい。そうして彼は数度頷くと、


「七瀬から誘われるの、すげぇ嬉しい」


 と表情を綻ばせた。

 他の人が、それこそ先程まで彼を冷やかしていた友人達が見れば『しまりない』とでも言っただろうその表情は、それでも私にとっては魅力的だ。サッカー部エースの志摩君でもなく、人気者の志摩君でもない、私の恋人である志摩君の笑顔……。

 そんなことを考えれば胸が高鳴り、自然と私の表情も緩む。


「俺も、七瀬が付き合ってくれるならこのあと猫カフェに誘おうと思ってたんだ」

「本当?」

「あぁ、だってほら。付き合ってる奴らは卒業式の後に校内見て回るって言うだろ、でも俺と七瀬はあんまり学校内での思い出って少ないし」

「志摩君が階段駆け上がってきたのは覚えてるよ。駆け上がりながら『また明日な』って挨拶してくれたけど、言い終わる頃にはもう志摩君見えなくなってたの」

「階段ダッシュか、懐かしいな。それも思い出と言えば思い出なんだけど、でもやっぱり猫カフェだろ」


 だから、と話す志摩君に、私も同じ考えだと頷いて返す。

 いったい誰が言い出しいつから言われているのか分からないが、それでも高校に伝わるジンクスの一つに『卒業式の後にカップルで校舎を見てまわると別れない』というものがある。なんとも学生らしいジンクスであり、初めて聞いた時は信憑性の薄い話だと考えていたが、いざこうやってその立場になると胸を高鳴らせるから不思議なものだ。――不思議というより私がミーハーなだけかもしれないけれど――

 そんなジンクスを、志摩君は私と……と考えていると、彼がそっと手を伸ばし私の右手を掴んできた。軽く包むように握られれば私の胸がまた鼓動を早める。だけどそれに臆さぬよう、彼の手に応えるようにそっと握りかえした。

 繋いだ手がほんの少し熱い。

 いつも猫を撫でている手が今は私の手を握っている、それが嬉しくて堪らない。


「俺達まだ思い出の場所って言うと猫カフェしかないけど、これから二人でいろんなところに行こう」

「うん、私も志摩君と一緒にいろんなとこに行ってたくさん遊びたい。……でも」


 一番は、と告げて志摩君を見上げれば、言わんとしていることを察したのか彼が頷いた。

 そうしてどちらともなく歩き出す。向かう先はもちろん、猫カフェ……。



 二人で手を繋いでお店に入ったら、ふかふかで愛らしいあの子達は気付いてくれるだろうか?



 そんなことを話せば、志摩君が楽しそうに笑った。




…end…

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ふかふかなカフェでゆるやかに恋を さき @09_saki_12

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