26

 改札を通ってホームへと向かう。もちろん、志摩君から貰ったカードを手にしたまま。

 何度も鞄にしまおうと思ったが、どうしても手にしていたかったのだ。

 それどころか、鞄にしまえば直ぐにでも「もしかして見間違いでは?」という不安が過ぎり、すぐさま鞄を開いて取り出してしまう。そうしてカードを封筒から取り出し、書かれている文字を確認し……そして安堵と高揚感を覚えて再び鞄にしまい、また視界からカードが映らなくなると不安になってしまう。

 それを何度も繰り返し、我ながら埒が明かないと思えて手にしたまま帰ることにしたのだ。幸い鞄は肩から下げるタイプで両手が開く、だから片手にカードを入れた封筒を持てば良い。……なのだが、片手で持つのもまた不安な気がして、結局私はカードの入った封筒を後生大事に両手で持ちながら帰ることになった。


 たとえ愛らしい猫のカードが入っていようが、そしてその裏面に志摩君からのメッセージが書かれていようが、傍目にはただの封筒だ。それを大事に持つ私の姿は不審に思われただろうか?

 もっとも、そんなことを気にする余裕など今の私にあるわけがない。時折はチラとカードを確認し、そのたびに胸のうちに湧き上がる何とも言えないくすぐったい気持ちに頬を緩め、そして慌てて冷静を取り繕って……と繰り返していた。


 きっと周囲の人には不思議に思われただろう。

 そう思うも胸の内の高鳴りは収まらず、今のこの私の落ち着きの無さと挙動を話せば志摩君は笑ってくれるだろうか……と、そんなこと考えればまた頬が緩んでしまう。



 幾度となくカードを確認し頬を緩めてを繰り返しながら家に帰る。

 浮足立った私の様子にお母さんもお兄ちゃんもさして気付かなかったようで、「おかえり」と台所とリビングから声が掛かってきた。出迎えてくれ、なんて文句は流石に言わず、こちらも出来るだけ声をあげて「ただいまー」と返しておいた。

 そうして自室に戻ろうと階段をあがりかけたところ、お兄ちゃんに声をかけられた。


「お前が好きそうなシュシュ買っておいたから」

「私に?」

「パブロに噛まれるっていつも言ってるだろ」

「それで買ってくれたの? ありがとう、どんなのだろう! どこにあるの!」

「お前の部屋。さっき母さんに渡して部屋に置いて貰ったから」

「……ところでパブロは?」

「その時にお前の部屋に入ってった」


 さらっと言い切ってリビングへと戻っていくお兄ちゃんに、思わず「止めてよぉ」と情けない声で訴える。

 お兄ちゃんが買っておいてくれたというシュシュ、それが私の部屋にあり、そして私の部屋にはパブロ……となれば、どうなっているかなど考えるまでもない。

 これじゃ買って貰った意味がない、むしろパブロに買ってあげたようなものだ。そう訴えつつ階段を上がり、そして部屋に入り……。


「だろうと思ったよぉ」


 と項垂れた。もちろん、私の部屋のベッドにパブロが寝そべっているからだ。その口には見覚えのない水色のシュシュ。これがお兄ちゃんが買ってくれたシュシュなのは言うまでも無く、新しいシュシュにパブロもちょっと嬉しそうである。

 ……ちなみに、以前私があげたお気に入りのシュシュもきちんと足元に確保している。それどころかクッションまでも傍らに添えており、部屋の一角を乗っ取られた気分だ。これはそろそろ『私の一人部屋』から『パブロとの相部屋』に変えたほうがいいかもしれない。


「まぁいいや、今日は許してあげる」


 そう話しかけ、パブロの隣に腰かける。

 次いでそっと頭を撫でれば、猫とは違う感触が手に伝わった。少しざらっとして、柔らかいとも硬いとも言えない。なんて不思議な感触だろうか。

 それを堪能するように撫でていれば、パブロの瞳がゆっくりと閉じられた。表情は少しも変わっていないのに、どことなくうっとりとしているように思える。きっと気持ちがいいんだ、そう勝手に判断して頭から流れるように背を撫でる。

 前に志摩君にパブロの喜怒哀楽を見せたところ、彼は不思議そうに首を傾げつつ「よく分からないな」と告げた。確かに、喜怒哀楽の分かりやすい猫と違い、爬虫類は心の機微が表情には反映しにくい。猫のように尻尾も細かに動かないし、当然だが垂れたりピンと立ったりするような耳も無い。

 それでも私には分かるのだ。

 なんて不思議……。そしてそんな不思議な生き物は嫌いじゃない。いや、そろそろ正直になろうか。


「志摩君に返事をする時のために、素直に気持を伝える練習をしなくちゃね」


 そう話しかけ、パブロの横に寝そべる。

 相変わらずパブロは微動だにせず、私がツンと突っついても動きもしない。

 グルグルと喉を鳴らしたりもっと撫でてと強請ってくる猫と違い、可愛くない……とは思わない。


「ふかふかな猫も好きだけど、ざらっとしたイグアナも大好きよ。パブロ」


 ゆっくりと頭から背中を撫でながら告げれば、ほんのちょっとだけパブロが笑った……ような気がする。



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