25
「あ、スタンプ溜まった」
そう志摩君が呟いたのはお会計をしている時。それとほぼ同時に、店員さんがレジの横に立てかけてあるアルバムを彼に渡した。
もちろんスタンプとはこのお店のカードに押されるもので、それが溜まると次回来店時に割引の特典があり……そして猫のカードが貰えるのだ。
プロのカメラマンが撮った写真は猫の愛らしさをこれでもかと引き出しており、只でさえ目移りしてしまうのに定期的に新作が入荷される。一匹のブロマイドをコンプリートするも良し、古いものと新しいものを入手して猫の成長を眺めるも良し、全ての子を一枚ずつ集めるも良し。最初こそ割引目的でスタンプを集めていたお客さんも、二度三度と来るうちにカードが目的になってしまう魅惑のアイテムである。
懐かしい。
志摩君が初めてこの猫カフェに来た時、ちょうど私のスタンプが溜まり彼にコモモのカードをあげたのだ。
それを思い出して懐かしんでいると、志摩君も同じことを思い出したのか鞄から定期入れを取り出して見せてきた。中にはもちろん、コモモのカード。マンチカン特有の丸みを帯びた体にリボンを巻き付け、ピンクのクッションの上で寝転がる姿は相変わらず愛らしい。
「前までは生徒手帳に入れてたんだけど、皆に猫カフェ通いがばれてからこっちに移したんだ」
「大事にしてくれてるんだね」
自分があげたものを大事に持ち歩いてくれている、それが嬉しく、そして自分の頬がほんの少し熱くなるのを感じ取った。赤くなっていないだろうか……いや、きっと赤くなってしまっているだろう。
だからこそそれを誤魔化すために私もアルバムを一冊手に取り、彼に顔を見られないようにと少し俯きながら猫達の写真を眺めた。
志摩君が選んでいる間、私が別のアルバムを見て待つ。
まるであの日の逆のようだと考えていると、台の上にアメリアが乗ってきた。私の胸下あたりまである高さの受付台に助走をつけるでもなく軽々と飛び乗ってしまうのだから、やはり猫というものは身軽な生き物だ。そうして彼女はふかふかの尻尾を優雅に揺らしながらアルバムを捲る志摩君に近付き、その手にツンと鼻先で突っつけた。
「ん?」
どうした? と志摩君が手を止めてアメリアの頭を撫でる。
それに対して、アメリアがさらにグイと彼の手のひらに強めに鼻先を押し付けた。まるで何かを訴えているように……。
「私のにしなさい、って言ってるんじゃない?」
「アメリアの?」
「今回アメリアの新しい写真が入ったんだよ。ほら、星のシールが貼ってあるやつが新作なの」
そう説明すれば志摩君が再びアルバムへと視線を戻す。
並ぶ猫の写真の中、いくつかに星のシールが貼られている。目印のついたそれは新作であり、その中にはアメリアの写真も一枚あった。
ツバの広い帽子を頭に乗せ、蒼い瞳でこちらを見つめる姿はまるで避暑地のお嬢様。長毛の風格も合わさって気高ささえ感じさせるその愛らしさに魅了され、先日スタンプが溜まった私はこの写真を貰ったのだ。
ちなみに、その際もアメリは今のように選んでいる私の手を鼻で突っついてきた。その愛らしさが写真を決める後押しになったのは言うまでもなく、それを話せば志摩君がクツクツと笑いながら「確かによく撮れてるな」とアメリアの頭を撫でた。
そんなことを話しつつ足元に擦り寄ってきたパディを撫でていると、その間に志摩君は写真を決めてしまい、私は結局彼がどの子を選んだのか分からず終いだった。その後も店員さんと何やら話をしてメモをしていたようだが、それも詳しくは分からない。
そうして二人で建物を出たのだが、私がどの写真にしたのかを聞いても志摩君は「後で」の一点張りである。後で見せてくれるのか、後でとはいったいいつのことなのか、隠されると余計に気になってしまうのだが、封筒に入ったままでは盗み見ることも出来ない。
それでも諦めずに尋ね続け、気付けば駅である。
元々駅から徒歩数分のお店なのだ、「どの子にしたの?」「後で」「どの写真にしたの?」「後で分かる」と繰り返しながら歩いていてもそう時間はかからない。
そうしてバス停を通り過ぎて駅の改札まで向かう。いつからか、志摩君は改札まで私を見送ってくれるようになっていた。
「次に会うのは卒業式になっちゃうかな。旅行、楽しんできてね」
今日もまた普段通り改札前で少し話し、電車が来る頃合いにそろそろと別れの挨拶を告げる。
だが次いで首を傾げてしまったのは、普段なら別れの挨拶に返してくる志摩君が今日に限っては引き留めるように私の名を呼び、手にしていた封筒を差しだしてきたからだ。
猫のイラストが描かれた封筒、スタンプで押されたロゴにも猫、封を留めるのも猫のシール。猫まみれのこれは、もちろん先程まで居た猫カフェのものである。となれば中身など確認せずとも分かるのだが、それでも差し出してくる理由が分からない。
「志摩君、どうしたの?」
「七瀬、これ……。前にコモモのくれただろ、今更だけどそのお礼に」
「貰っていいの?」
「新しいのから選んだから……。多分、七瀬も持ってないやつだと思う」
「嬉しい、ありがとう! どの子かな、どの写真かな」
「あっ、ま、待って」
封筒を開けようとした私を志摩君が慌てたように止める。
なぜかその顔は赤く、再び私が首を傾げて問えばより一層赤くなってしまった。
「ここで開けちゃ駄目なの?」
「駄目というか……。せめて、俺が離れてから開けてくれ」
「よく分かんないけど、分かった。別れてから開けるね」
「そうして貰えると助かる。……それで、返事は卒業式で良いから」
「返事?」
いったい何の返事なのか。封筒の件もあり尚更わけがわからないが、志摩君は答えるどころか「気を付けて帰れよ」と告げて踵を返してしまった。問おうとしていた私も慌てて彼に別れの挨拶を返し、足早に去っていくその背を見届ける。
よっぽど急いでいるのか、志摩君の姿はすぐさま見えなくなってしまった。
「……どうしたんだろ?」
一人残された気分で呟く。
そうして手元の封筒に視線をやり、中を見れば少しは分かるだろうかとそっと破かないようにシールを剥がし……、
「コモモだ」
と小さく声をあげてしまった。
封筒の中から姿を現したのはコモモ。レースの布を頭に被り、コテンと首を傾げて見つめてくる様はなんとも愛おしい。キラキラの丸い瞳がジッとこちらを見つめ、写真と分かっていても撫でたい衝動に駆られてしまう。
思わず「可愛い」と呟き、何気なくカードの裏面を見て……そして息を呑んだ。
可愛らしい文字で印刷されたコモモの名前とプロフィール。そしてその下には……、
『俺と付き合ってください』
と、青いボールペンの文字で書かれている。
その文字を誰が書いたのかなど考えなくとも分かる。そして分かるからこそ私の中で一瞬にして熱が灯る。
心臓が途端に早鐘を打ち、書かれた文字から目が離せない。駅の中で一人真っ赤になっている私を通りがかった人はどう思うだろうか……だがそれを気にする余裕など無く、写真を封筒に戻し、ふわふわと浮くような高揚感で改札を通った。
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