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当然だが猫カフェは受験勉強とは無縁だ。
進捗を聞いてくる先生も居なければ模試の結果も返ってこない、推薦で早々に合格し自由に過ごす生徒もいない。それどころか勉強をする者も居ない。
猫を愛で、猫と戯れて長閑に過ごす、それこそが猫カフェなのだ。
そんな猫カフェの空気は志摩君にとって癒しになるのだろう、コンビニに合格祈願のお菓子が並ぶ時期になっても彼は時間を見つけては私を猫カフェに誘ってくれた。曰く、猫カフェに行くことが励みになって受験勉強を頑張れているのだという。
「母さんに『猫カフェまで禁止したら、あんたサッカーボール持ってブラジルにでも逃げそうだから』って言われた」
そう話す志摩君の口調は冗談ではない真剣味を帯びており、思わず笑ってしまった。
もっとも、勉強の励みや癒やしになるとはいえ丸一日過ごすというわけではなく、空いた時間に少しだけだ。
だがそれも次第に少なくなり、受験が目前に迫る頃には彼からのお誘いはなくなってしまった。
……だけどその頃には、猫カフェに関係なく志摩君は頻繁に学校で話しかけてくるようになっていた。
開き直って猫の話をしてくる時もあるし、勉強の進捗を聞いてくる時もある。それどころかパブロの話をして写真を見たがり、そして自分の友達にまで私がイグアナを飼っていることを話すのだ。
猫や犬ならまだしも、パブロはイグアナ、爬虫類。それもなかなかに大きい。
おかげで皆に驚かれてしまったが、写真を見せると案外に「可愛い」とか「恰好いい」という意見もあり、これには私も嬉しくなってしまう。
それどころか、今まで怖がっていた友達に「ほらね、パブロ可愛いでしょ!」とつい誇ってしまった。――余談だが、パブロの写真に一番食い付いていたのは泉谷さんだった。彼女は最初こそ高い悲鳴をあげていたが、その高い悲鳴が写真を捲っていくうちに緩やかになり、最終的には「イグアナカフェってないの?」という一言に変わった――
最初こそ私が志摩君と仲よくしていると女の子達から冷ややかに見られていたが、それも次第に少なくなっていき、受験が終わり、残すは卒業となる時には殆ど誰も注視しなくなっていた。
友達曰く「どうぞご勝手にって感じになったんじゃない?」とのこと。これには色々と言いたいこともあるのだが、言えば墓穴を掘るだけなのは目に見えて明らかなので黙っておいた。
そうして受験が終わり、発表に一喜一憂する頃には学校は自由登校となっていた。これといって用事のない私は学校には行かず、対して志摩君はこれで自由になったとサッカー部に連日のように顔を出していたという。
。
私も志摩君も晴れて希望する大学に合格し、発表からしばらくして猫カフェで二人でお祝いをすることになった。彼から提案が携帯電話に入ってきた時は、大学合格の通知を受け取った時と同じくらいに喜んでしまった程だ。
願掛けとして断っていた猫用おやつを解禁し、食いしん坊達に群がられながら祝い合ったのだ。
ログは相変わらず一番におやつの気配を察知し、アルドは志摩君の肩に乗って強請る。ちょうどお腹を空かしていたのかアメリアは私の膝に乗って普段よりちょっと大胆にアピールし、対してパディはお腹いっぱいだったようで一欠けら食べるとお客さんのお出迎えに行ってしまった。
他にも、腕を突いて、タッパーを鼻で押して、額をコツンとぶつけ……と、猫それぞれの可愛らしいアピールを堪能する。
だがその中にコモモの姿が無く、店員さんに聞けば猫ちぐらの中で眠っているという。それを聞いた志摩君が猫ちぐらへと近付き、おやつをあげたのだろう「一瞬起きて食べたけど、また眠った」と笑いながら戻ってきた。
それに私も笑って返す。だけど時々胸の内がしめつけられるのは、受験が終わればいよいよ残すイベントが卒業のみだからだ。それもきっと、あっという間だろう。
卒業したら私達は別々の大学に進む。そうしたら志摩君と私の繋がりはどうなるのだろうか。この猫カフェを介してまだ繋がっていられるだろうか……。
そんなことを考えれば、胸が痛む。
「七瀬は卒業旅行参加しないんだよな」
「うん。まだ結果出てない子もいるから。皆がちゃんと決まったら私達だけで行くの」
「そっか。……なんか買ってくるよ」
「わ、私も、まだ決まってないけど春休み中に皆とどこか旅行に行くから。そうしたらお土産交換しよう」
「あぁ、そうだな。……それと、卒業祝いもしないか?」
「卒業?」
「その後も、入学祝いとか進級とか、お互いの誕生日とか……そういうの、二人で」
話ながら志摩君の声がじょじょに小さくなっていく。そんな彼の声を聞き、私は自分の胸の鼓動が早まっていくのを感じながらも続く言葉を待った。
以前にも志摩君はこうやって話してくれた。受験が終わったらいろんなところに行こうと言ってくれた。
そして受験が終わった今、彼の話は以前より具体的になっている。そしてその具体的な話は、只のクラスメイトと交わす約束以上の予感を感じさせた。
それぞれ別の大学に進学しても、それでも二人でこうやって過ごそうという約束。それは、もしかして……。
「だから、その、俺、七瀬のことが……」
「……志摩君」
「あの、七瀬、俺とっ……」
ニャーン!
……と、まるで志摩君の言葉に被さるように高い声が響き、これには私も志摩君も揃えたように目を丸くさせてしまった。
そんな私の膝に、声の主がヒョイと乗ってくる。私の膝にはアルド、志摩君の膝にはログ。どちらもしれっとした態度で、それどころか何事も無かったかのようにツンと澄ましている。
先程の鳴き声ははたしてどちらのものか……。だがアルドの鳴き声にせよログの鳴き声にせよどのみち張りつめていた空気は完全に壊れ、志摩君が恨みがましそうに「お前ら……!」と膝に乗るログの耳を揉んだ。
「ひとがせっかく勇気出したのに……! ログ、お前いつもはおやつが無いと膝に乗ってこないだろ!」
「猫は空気読むって言うもんね……」
「空気を読んで壊しにきたのか!」
照れ隠しも兼ねているのか、志摩君がログの耳やら頬を揉む。もっとも、言葉でこそ恨みを感じさせるが手の動きは痛がるような強さではなく、現にログは心地よさそうに瞳を閉じている。それを見て私もアルドの耳をマッサージするかのように揉めば、黒毛で覆われた喉がゴロゴロと鳴りだした。
リラックスしている表情は相変わらず可愛くて、そして今だけはちょっと恨めしい。
だって、志摩君が言おうとしていた言葉はきっと……。と、そこまで考え、自分の予想とそして思った以上に期待していたことを自覚してポッと頬に熱が灯った。誤魔化すようにアルドの首筋を揉めば、今度は頭を撫でてくれと手の平に擦り寄ってくる。
「ね、猫カフェに居るんだから、自分達に構えって言ってるのかな……!」
「そ、そうか。せっかくの猫カフェだもんな!」
慌てて私が冗談めいて告げれば、志摩君もまた頬を赤くさせながら同意する。
そうしてお互いに赤くなりながら雑談を交わしつつログとアルドを撫で、彼等が他のお客さんのおやつに惹かれて去っていくとまるでつられるように立ち上がった。
このまま二人で座って過ごすなんて無理だ。心臓がもたない……。そう考え、どちらからともなく当たり障りのない理由をつけて下の階を見に行き、それが終わると上の階に戻る。そんなことを何度も繰り返し、長閑な猫カフェを忙しなく歩き回っていた。
先程の空気を思い出すとなんとも恥ずかしく、それでいてまだ帰りたくないという思いもある。かといってこの気恥ずかしさの中で二人で話を出来るわけでもない。
そんな状態なのだ、店内を歩き回れる猫カフェで良かったと心から思う。これが座ったままの普通のカフェであったなら、私はきっと緊張と気恥ずかしさでどうにかなっていただろう。
……もっとも、ここが普通のカフェであったなら、悪戯猫の妨害を受けずに済んだのだろうけれど。
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