21
「コモモ?」
「どうしたんだろう、コモモが鳴くなんて珍しい」
高く鳴いたコモモはそのあとも逃げるでもなく鳴き続けるでもなく、志摩君の膝に乗り彼に身体を擦り寄せている。その姿は普段通りの愛らしいコモモだが、だからこそ高く鳴いた理由が分からたい。
もしかしてどこか痛めて訴えているのだろうか、そうだとしたら店員さんに話さなくちゃ……そう考えて私はコモモを気遣いながら周囲を見回し、そして目を丸くさせてしまった。
キャットタワーで眠っていたアメリアとパディが、いつの間にかタワーから降りて窓辺で外を眺めていたアルドが、店員さんの足にまとわりついて遊んでいたログが、それどころか他の猫達までもが顔を上げ、そして一匹また一匹とこちらに近付いてきたのだ。
コモモに倣うように志摩君の膝に乗ったり、隣に座ったり。足元に身を寄せてちょこんと座って身を寄せる子もいる。アルドに至ってはひょいと背もたれに乗り、そのまま志摩君の肩に移った。
まるで猫のおやつを買った時のようではないか。だが私も志摩君もおやつの注文はしておらず、当然だがササミの入ったタッパーも手にしていない。
なのに猫達は志摩君の周りに集い、彼の腕や足に擦り寄っている。食いしん坊でタッパーを持っていないお客さんには興味もないと言いたげなあのログでさえ、今は志摩君の隣に座ってそっと体をくっつけている。
「どうしたんだ? 俺、おやつ持ってないぞ?」
「なんだろうね。皆コモモの鳴き声に反応したみたいだけど……あ、もしかして」
ふと思い至って小さく呟くと、志摩君がどうしたのかと尋ねるように見つめてきた。
その視線に、私は志摩君の膝に乗るコモモを撫でながら考えを口にした。
「もしかして、コモモが呼んでくれたのかも」
ねぇ、と話しながらコモモの首元を指先で擽る。
愛らしい瞳が心地よさそうに細まり、もっと撫でてと言いたげに首を上げて喉を晒す。先程の高い鳴き声は今はもう出す気はないようで、首筋を軽く掻くように撫でればゴロゴロと喉を鳴らすのが指先に伝ってきた。
「コモモが呼んだって、猫達を?」
「志摩君が悲しんでるから、コモモが皆に伝えて、それで慰めに来てくれたんじゃないかな」
そう話しながら、志摩君の肩に乗るアルドに「そうなの?」と問いかけた。
そんな私の問いに対し、ふかふかの尻尾を志摩君の肩から垂らしながらアルドが瞳を閉じる。返事も何もなく、首を横にも縦にも振りはしない。肯定も否定もアルドの素振りからは覗えないが、それでも不思議とそうとしか考えられないのだ。
猫カフェの猫達は自由気ままで、コモモやパディのような人懐こい子も居れば、撫でようとするお客さんの手をスルリと抜けてしまう子も居る。
人懐こい子だって必ずしも自分のところに来てくれるわけでもなく、コモモだっていつも志摩君の元に来るわけではない。他のお客さんの膝で眠っている時もあれば、猫ちぐらや猫ハウスの中で眠って顔を見せない時もあるのだ。
そんな猫達だからこそ、一人のお客さんのもとに集うなんてそれこそ猫用おやつを買わなければ有り得ない。現に、周囲に居たお客さん達は私達が猫用おやつを買ったものだと勘違いし、猫達に群がられるさまを羨ましがりおやつを買おうかと検討し始めているのだ。
だけど、私達の手にはおやつはない。
なのに、こうやって猫達が集っている……。
その不思議さに、それでも志摩君が小さく「そっか」と呟いて膝の上のコモモの頭を撫でた。
「ありがとうな、コモモ。俺もう大丈夫だから」
そう話しかければ、コモモが再び志摩君を見上げた。
次いで、まるで返事をするかのように頭を撫でる志摩君の手に自ら擦り寄っていく。額を寄せて鼻先を押しつけて、彼の手が目の前にくると頭ごと突っ込むように撫でろと強請る。
その仕草はいつものコモモだ。だけど不思議なことは続くもので、そんなコモモを見た他の猫達が一匹また一匹と離れていった。
パディはお客さんの気配を察していそいそと出入り口へと向かい、ログは猫用おやつを買ったお客さんの元へと寄っていく。猫ちぐらに向かおうとしていたアメリアはその途中でお客さんに手招きされ、ふかふかの尻尾をふぉんふぉんと豪快に揺らしながらそちらへと歩いて行った。
みんなあちこちに散らばり好き好きに過ごす。これが数分前までの光景で、そして普段通りの猫カフェの光景なのだ。
だからこそ先程まで一箇所に集っていたことが猫達の気遣いのように感じられ、志摩君の肩から降りて私の隣に座るアルドに「ありがとうね」と声をかけた。
鼻筋をくすぐればアルドの瞳が細まり、閉じると真っ黒の顔の中で目がどこかわからなくなる。ちょんと鼻先を突けば、ピンクの舌が現れてペロリと鼻を舐め上げた。
猫は気まぐれだ。アルドが今ここに居て撫でさせてくれているのも彼の気分によるもの。それでもコモモの鳴き声を聞いてここに来たのは、きっと志摩君を励ますため……。
なんて愛らしく、そして不思議な生き物なのだろうか。
「みんな集まって可愛かったけど、ちょっとビックリしたね」
「あぁ。でも部活じゃ仲間と慰めあって後輩に励まされて、ここでも猫に慰められて……さすがにもう立ち直らなきゃな」
そう話す志摩君はまだどこか辛そうだけど、それでもコモモを撫でながら笑っている。
声も落ち着きを取り戻しており、拭った目元が少し赤らんでいるが涙の跡もない。きっと試合の事を知らずに会っていれば普段通りの志摩君だと思うだろう。
それでも彼は小さく「だけど」と呟くと、ゆっくりと俯き、そしてほんの少し寄りかかってきた。重くない程度に、だけど力なくもたれかかってくる。
普段通りの笑顔で話していたが、ハンカチを握る志摩君の手は小さく震えていて、それに気付いていた私は驚くことも慌てることもなく彼の体を受け止めた。
「悪い、七瀬……もう一回、あと一回だけ泣かせてくれ……」
「……うん、良いよ」
「もっと頑張れたのにって、もっと上手くやれなかったのかって……そんなことばっか考えるんだ……でも、あと一回泣いたら、もう大丈夫だから……」
訴えるような志摩君の声に合わせ、ポタポタと雫が落ちる。
その一滴が彼の膝で丸くなるコモモの背に落ち、驚いたのかクルルルッと小さな音をあげてコモモが顔を上げた。
そうして丸い瞳で志摩君を見上げる。再び鳴いて皆を呼び寄せるだろうか……そんなことを考え、私はそっと手を伸ばしてコモモの小さな背を撫でた。
大丈夫だよ、と伝えるように柔らかな毛を撫でて落ち着かせる。アルドにも視線をやれば、彼はまるでわかっているとでも言いたげに瞳を閉じていた。そんなアルドの頭を撫でてやり、そして最後にとそっと志摩君へと手を伸ばした。ボタボタと涙が落ち、よりかかってくる体越しに深く息を吐くのが分かる
さすがに彼の頭を撫でたりはしない。彼の腕をそっと擦るだけだ。
それでも、少しでも彼の気持ちが落ち着いてくれればと、胸の内に残るものを少しでも吐き出せればと、そう願うように擦り続けた。
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