22
夏が終わり涼しくなると共に秋の訪れを感じ、秋になったと思えばすぐさま肌寒くなる。
そうなれば受験はもう目の前で、以前までは賑やかで誰もが好き好きに過ごしていた休憩時間にさえも、一人また一人と教科書を読みふける者が出始める。授業の他にも放課後に勉強会を開いたり、中には塾の特別講習に出るため休みなしの日々を強いられる子も居るのだという。
幸い私はそこまで勉強漬けにならずに済みそうで、希望校のA判定を早々に手に入れて余裕のある受験生活を過ごしていた。時には友人達と放課後を遊んで過ごしたり、猫カフェにも顔を出していた。もちろんA判定だからといって油断はしないが、それでもやはり心の余裕は違うものだ。
現に、土曜の朝をこれでもかと眠り、洗濯物を持ってきたお母さんに呆れられ、それに対する間延びした反論にさえ溜息をつかれてしまう程であった。
「そろそろ起きたらどうなの? もうお昼になるわよ」
「昨日の夜勉強してたから眠いのぉ」
「夜更ししないで朝早く起きて勉強すれば良いのよ。ほら、洗濯物ここに置いておくから自分でしまいなさい。あらパブロ、部屋に入りたいの?」
「パブロ入れないでぇ」
「ほら早く入りなさい、扉に挟まっちゃうわよ」
「入れないでよぉ」
「部屋に入れられたくないならさっさと起きて洗濯物を受け取りにくれば良いのよ。あらパブロ、ベッドに入りたいのね」
「おもーい」
お母さんがベッドに−−というか私の身体の上に−−パブロを置く。
ズシリとしたその重さにわざとらしく呻いてみせるも、お母さんはさっさと部屋を出て行ってしまった。もちろん、パブロを置いて。
そんなパブロは私の上でもぞもぞと動いている。これはきっと布団に入れろということなのだろう。
「寒いならリビングに行けばいいのに……」
そう文句を言いつつパブロを布団に入れてやれば、ほぼそれと同時に枕元に置いてあった携帯電話が鳴りだした。
友達からの遊びのお誘いか、もしくは塾三昧の子から愚痴でも届いたか、そんなことを考えつつ携帯電話を手にとり、そして跳ね上がるように勢いよく起き上がった。もちろん、パブロにはそっと布団をかけてあげつつ。
「……俺も猫になりたい」
とは、久々に猫カフェを訪れた志摩君がポツリと漏らした呻き声のような訴え。ちなみに訴えの先はキャットタワーの中段で毛繕いをしていたパディ。
元々丸い瞳をさらに丸くさせ「どうしたの?」と言いたげに志摩君を見つめ返している。毛繕いの途中だったからか、片足を高らかに上げピンクの舌を出したまま固まるパディは普段以上に愛らしい。
「志摩君、疲れてるね」
「部活組は皆より出遅れてるから必死だよ。引退して放課後も勉強、家に帰っても勉強、休み時間も勉強……はじめて肩凝りを経験した」
「今までは毎日運動してたもんね」
今まではサッカーを中心に生活してきたのに、終わるやいなや勉強漬けなのだ。志摩君からしてみれば日々の生活が一転したとさえ言えるだろう。
志摩君が自分の肩を擦りながら窮屈さを訴えれば、それを見ていたパディが再び毛繕いを始めた。そうしてある程度毛並を整えるとコロンと横になってしまうのだ、その自由さは確かに羨ましい。
そんな話をしながらキャットタワーの猫達を撫でる。上段にいるアメリアは尻尾だけをたらんと垂らしており、ふかふかの尻尾を軽く撫でるとふぉんふぉんと大きく揺する。下段ではアルドが爪を研いでおり、バリバリと豪快な動きに思わず見入ってしまう。
そうして十分すぎるほどアルドの爪研ぎを眺め、席へと戻る。私は相変わらずの紅茶で、志摩君はコーヒー……ではなく、志摩君も紅茶だ。それも珍しいことにお砂糖を入れている。
「コーヒーは家で飲み飽きた。甘いものが飲みたい……」
「疲れてるねぇ」
「引退したらあっという間っていうのは聞いてたけど、まさかここまでなんて……。本当、七瀬と猫カフェに来ることだけが俺の癒しだよ」
志摩君が盛大に溜息をつきながら紅茶を飲む。
それに対して私は少しだけ肩を振るわせ、それでも平静を取り繕って苦笑を浮かべて返した。
私と居ることで志摩君が癒される、そう考えるとなんだか歯がゆくて気恥ずかしい。胸が高鳴りどう返していいのか分からずにいると、返答が返ってこないことを疑問に思ったのか志摩君がチラと私を見て……そしてムグと口を噤んだ。
そうして慌ててテーブルの上のクッキーに手を伸ばす。サクサクと豪快に食べ進めるのはもしかして照れ隠しなのだろうか。アイシングで猫に施されたクッキーが一匹また一匹と彼に食べられていく。
三毛猫、ハチワレ、ウィンクする猫……。それらが柄も見られずに食べられていく様はなんだか可哀想で、そしてこの気恥ずかしい空気を誤魔化すには最適だろう。そう考え、私は心の中でクッキーの猫達に感謝しつつ彼に倣うようにお皿に手を伸ばした。
「志摩君、ちゃんと猫の柄見てあげなきゃ」
「え、あ、そうだな」
「見ずに食べちゃうなんて酷いよ。ねぇ、三毛猫ドライフルーツ乗せちゃん」
「見て話しかけたうえで食べるのも残酷な気もするけど」
私の言葉に志摩君が苦笑を浮かべる。それでも冗談めいて手に取った一つに対し「俺の受験を応援してくれよ」と話しかけて口に放り込むのだ、今度は私が笑ってしまう。
時に頬を染めながら、時に笑い合いながら、紅茶とお菓子と猫を堪能する私達の姿は傍目にはどう映るだろうか。それを考えれば自然と頬に熱が灯り、誤魔化すようにまた一つクッキーに手を伸ばした。
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